アプリ移行の保守・運用費用・ランニングコストについて

アプリ移行とは、既存のWebアプリ・モバイルアプリを新しいインフラ・新しいシステム環境へ移し替える取り組みを指します。技術手法(HOW)を主軸とする「アプリケーションのモダナイゼーション」、経営判断(WHY/WHEN)を主軸とする「アプリ刷新」、契約・EOS/EOL起点の「アプリ更改」、UX/UI起点の「アプリリニューアル」、アーキテクチャ技術深掘りの「アプリリアーキテクチャ」、製品・ベンダー乗り換え起点の「アプリリプレイス」、部分改修の「アプリ改修」における保守・運用費用が、それぞれ技術的負債の再発防止コストや投資対効果の説明コスト、期限管理コスト、デザイン鮮度維持コスト、分散アーキテクチャの複雑性コスト、製品乗り換え後のライセンスコスト、日常的な小規模改修の予算配分を主題とするのに対し、アプリ移行における保守・運用費用は「新旧環境を安全に切り替えるまでの移行実行フェーズそのものに発生する一時的・二重のコスト構造」を主軸に捉える必要があります。並行稼働期間中の二重運用費、旧環境の廃止(リタイア)コスト、データ移行後の検証コストという、移行プロジェクト特有の費用構造を理解しないまま予算化すると、実行段階で想定外の追加費用が発生しやすくなります。

本記事では、他7つの取り組みとの保守・運用費用の考え方の違いを整理したうえで、並行稼働期間中の二重運用コストの実態、移行完了後の旧環境の廃止・アーカイブによるコスト削減、データクレンジング・データモデル見直しにかかる継続コスト、クラウド移行後のランニングコストを左右するアーキテクチャ選定、そして保守運用費用を左右する依頼先選定のポイントまでを体系的に解説します。移行プロジェクトの予算をベンダーへの支払額だけで見積もり、想定外の費用超過に悩まされたくないPM・情報システム部門の方にとって、判断軸が身に付く内容です。

本テーマに関する全体ガイドは、以下の記事をご覧ください。

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アプリ移行における保守・運用費用の考え方(他7波との違い)

アプリ移行における保守・運用費用の考え方(他7波との違い)

アプリ移行の保守・運用費用を正しく見積もるには、他の7つの取り組みと何が違うのかをまず理解しておく必要があります。移行プロジェクトの費用構造は「作り直す前後」ではなく「切り替えている最中」に特有のコストが発生する点が最大の特徴です。

「移行実行フェーズに発生する一時的コスト」という視点

アプリケーションのモダナイゼーションの保守運用が技術的負債の再発防止に、アプリ刷新の保守運用が投資対効果の継続説明に、アプリ更改の保守運用がOS・フレームワークのライフサイクル管理に、アプリリニューアルの保守運用がデザイン鮮度の維持に、アプリリアーキテクチャの保守運用が分散アーキテクチャの複雑性マネジメントに、アプリリプレイスの保守運用が乗り換え後のライセンス費用構造に、アプリ改修の保守運用が日常的な小規模改修の予算配分に、それぞれ重心を置くのに対し、アプリ移行の保守運用費用は「移行プロジェクトの実行期間中だけに発生する一時的・二重的なコスト」と「移行完了後に旧環境をどう扱うか」という2つのフェーズに分けて捉える必要があります。移行そのものは一過性のイベントですが、その実行期間中の費用構造を見誤ると、移行プロジェクト全体の予算が当初見積もりを大きく超過します。

実質総費用は「ベンダー支払額の1.3〜1.5倍」を見込む

移行プロジェクトの予算化において、ベンダーへの開発・移行支払額だけを見積もると予算超過に陥りやすいという実務上の傾向があります。並行稼働期間中は旧システムのインフラ維持費と新システムのクラウド利用料が二重に発生するほか、自社側のテスト参加工数や、新しいクラウド・コンテナ環境を運用するための教育研修費も必要です。これらをすべて含めた実質総費用は、ベンダーへの支払額の1.3〜1.5倍程度を見込んでおくのが安全とされており、この係数を予算計画の段階から織り込んでおくことが、移行途中での資金ショートを防ぐポイントです。

並行稼働期間中の二重運用コストの実態

並行稼働期間中の二重運用コストの実態

業務停止リスクを避けるため、移行プロジェクトでは新旧システムを並行稼働させる期間を設けるのが一般的です。この期間中にどのようなコストが発生するのかを具体的に見ていきます。

旧インフラ維持費+新クラウド利用料の二重発生

並行稼働期間中は、旧システムのサーバー・ライセンス・保守契約といったインフラ維持費に加えて、新システムのクラウド利用料が同時並行で発生します。旧環境を即座に停止できない以上、この二重発生は避けられないコストですが、並行稼働の期間を必要最小限に抑える設計にすることで、二重に支払う期間そのものを短縮できます。並行稼働期間は月次・四半期の業務サイクルに応じて、主要な処理を最低1回以上確認できる数週間から数ヶ月というレンジで設計されるのが実務上の目安であり、この期間を延ばしすぎると二重運用コストが積み上がる一方、短くしすぎると十分な検証ができないというトレードオフを踏まえた設計が求められます。

自社テスト工数・教育研修費という見落とされがちなコスト

並行稼働期間中は、ベンダーに支払う費用だけでなく、自社の担当者が移行テスト・検証に割く工数もコストとして計上する必要があります。特にコンテナ技術やマイクロサービスといった新しい運用形態へ移行する場合、既存の運用チームがそのスキルを持っていないケースが多く、新環境の操作方法や監視方法を習得するための教育研修費が別途発生します。この教育研修費を見落として移行予算を組むと、並行稼働期間中に自社の運用体制が追いつかず、結果的に移行完了後もベンダーへの依存度が高いまま保守費用がかさみ続けるという事態を招きやすくなります。

移行完了後の旧環境の廃止・アーカイブによるコスト削減

移行完了後の旧環境の廃止・アーカイブによるコスト削減

移行プロジェクトは新環境を稼働させて終わりではなく、旧環境をどう処理するかまでを含めて初めてコスト削減効果が実現します。この最終工程を怠ると、二重コストが恒久化してしまいます。

塩漬け環境の放置がもたらす無駄なコスト

既存のレガシーシステムの維持管理費は、企業のIT予算の約8割を占めているケースも少なくないとされています。移行が完了したにもかかわらず、過去のデータを参照するためだけに旧環境をそのまま稼働させ続ける「塩漬け」状態にしてしまうと、移行によって得られるはずだったコスト削減効果が大きく薄れてしまいます。移行プロジェクトの計画段階から、旧環境をいつ・どのように停止させるかという「リタイア(廃止)計画」をスケジュールと予算の両面に組み込んでおくことが重要です。

法的要件データのアーカイブと旧システムのリタイア

長年運用していると、誰も使っていない機能や重複したデータが旧環境の中に蓄積されています。法的要件等でどうしても保管が必要なデータについては、稼働中のシステムとして残すのではなく、Amazon S3のような安価なクラウドストレージへアーカイブ(保管)したうえで、旧システム自体は完全に廃止(リタイア)することで、無駄な保守コストを大幅に削減できます。このアーカイブとリタイアの実行は、移行プロジェクトの正式なタスクとしてスケジュールと予算に明記しておかないと、後回しにされたまま旧環境が残り続けるリスクが高い点に注意が必要です。

データクレンジング・データモデル見直しにかかる継続コスト

データクレンジング・データモデル見直しにかかる継続コスト

移行そのものの費用だけでなく、移行後もデータ品質を維持するための継続コストを見込んでおかないと、保守運用費用が想定より膨らみ続けます。

データモデルを見直さないことによる運用負荷の残存

アプリのプログラムだけを新しくしても、背後にあるデータベースのテーブル設計(データモデル)が古い継ぎ足し状態のままだと、移行後も変更のしにくさやデータ整合性の問題が残り、保守費用は改善しません。旧システムで長年使い続けたデータには、表記揺れなどのイレギュラーな入力が蓄積されており、この整理・修正(クレンジング)には予想以上の工数がかかります。移行時にデータモデルの刷新とクレンジング工数をスケジュール・予算の両方にあらかじめ組み込んでおかないと、移行完了後も継続的にデータ不整合対応の保守コストを支払い続けることになります。

クラウド移行後のランニングコストを左右するアーキテクチャ選定

クラウド環境へ移行した後のランニングコストは、どのアーキテクチャで移行するかによって大きく変動します。アプリの構造を変えずにインフラだけをクラウドに移す「リホスト」では、オンプレミス時代の最大リソースを想定したサイジングをそのまま引き継いでしまうと、かえってクラウドの利用費が高騰するリスクがあります。一方、特定のイベント時のみ稼働する処理をサーバーレスアーキテクチャへ移行すると、実行された時間や回数にのみ課金される完全従量課金制となり、劇的なコスト最適化が見込めます。コンテナ技術やマイクロサービスを採用する場合は、自社の運用チームのスキルが追いつかないとトラブル対応コストが増大するため、技術選定と並行して内製化支援やリスキリングへの投資を行うことが、中長期的な運用コストの最適化につながります。

保守運用費用を左右する依頼先選定のポイント

保守運用費用を左右する依頼先選定のポイント

同じ移行内容でも、どのパートナー企業に依頼するかによって保守運用費用の総額は大きく変わります。移行実行フェーズと移行後のフェーズの両方を見据えた提案ができるかが分かれ目です。

並行稼働・リタイア計画まで含めた見積もりの透明性

依頼先を選ぶ際は、初期の移行開発費用だけでなく、並行稼働期間中の二重運用コスト、教育研修費、旧環境のリタイア作業までを含めた総額を見積もりの段階で明示してくれるかを確認することが重要です。単発の移行案件しか経験のないパートナーの場合、並行稼働やリタイアといった移行後工程の費用感を具体的に示せないことが多く、結果的に発注後に想定外の追加費用が発生しやすくなります。過去の移行プロジェクトで実質総費用がベンダー支払額の何倍になったかを具体的にヒアリングすることが、費用見積もりの信頼度を検証する近道です。

内製化支援・運用引き継ぎ体制の確認

移行完了後の保守運用費用を長期的に抑えるには、新環境の運用ノウハウを自社側に着実に引き継いでもらえるかどうかが重要な確認事項になります。移行プロジェクトの終盤にドキュメント整備や運用トレーニングを含めた内製化支援を行う体制を持つパートナーであれば、移行完了後にベンダーへの依存を最小限に抑えながら保守費用をコントロールできます。発注前に、運用引き継ぎのマイルストーンと成果物、自社側に求められる協力工数を具体的にすり合わせておくことをお勧めします。

まとめ

アプリ移行の保守・運用費用まとめ

本記事では、アプリ移行の保守・運用費用・ランニングコストについて、他7つの取り組みとの考え方の違い、並行稼働期間中の二重運用コストの実態、移行完了後の旧環境の廃止・アーカイブによるコスト削減、データクレンジング・データモデル見直しにかかる継続コスト、クラウド移行後のランニングコストを左右するアーキテクチャ選定、依頼先選定のポイントを体系的に解説しました。アプリ移行の保守運用費用が他と異なるのは、移行実行フェーズに発生する一時的・二重的なコストと、移行完了後の旧環境の処理という2つのフェーズで捉える必要がある点にあります。実質総費用はベンダー支払額の1.3〜1.5倍を見込み、旧環境のリタイアとデータモデルの刷新を計画に組み込んでおくことが、移行プロジェクト全体のコストを適正に抑える鍵になります。移行実行と運用引き継ぎの両方に実績を持つパートナーを早めに確保しておくことをお勧めします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。