業務システム移行をフルスクラッチ・オーダーメイド開発で行うとは、見積管理や案件管理、勤怠管理、経費精算など特定の部門や少数の部門で使う業務システムの移行先を、自社の業務要件に合わせてゼロから開発することです。パッケージやSaaSの標準機能に業務を合わせず、旧システムのデータと業務を、その新システムへ移し替えます。
同じ業務システムの作り替えでも、先行する6記事群は、技術手法、経営判断、契約の起点を扱っています。さらに、操作体験やアーキテクチャ設計、製品乗り換え、部分改修についても取り上げています。一方で、業務システム移行が扱うのは、旧環境から新環境へデータと業務を安全に移し替える「実行フェーズ」です。
本稿は、その実行フェーズのなかでも、フルスクラッチで移行先を構築する場合に固有に生じる論点に絞ります。
扱う範囲は、既存データモデルと新データモデルのマッピング設計、段階移行と並行稼働の設計難易度、移行専用バッチと移行APIの開発工数です。あわせて、ロールバック設計の柔軟性と、フルスクラッチ移行とパッケージ移行(SaaS等)の移行プロセスの違いも取り上げます。自社の独自業務をそのまま引き継ぎたい企業が、移行の実行段階でどの論点に向き合うかを判断する材料として、ご活用ください。
- 対象:移行対象と業務条件
- 工程:計画から切替まで
- 確認:データと本番作業
本テーマの全体像は、下の全体ガイドの記事で詳しく解説しています。
▼全体ガイドの記事
・業務システム移行の完全ガイド
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業務システム移行をフルスクラッチで実行する場合の位置づけ(7波との違い)
自社スクラッチを続けるか、別製品に乗り換えるかという意思決定は、「業務システムリプレイス」の記事で扱っています。本稿が取り上げるのは、その意思決定が「フルスクラッチで作り直す」と決まったあとの、実行段階です。
フルスクラッチ開発(リビルド)は、システムをゼロから作り直すため、極めて高い自由度と拡張性を得られます。その反面、投資コストが高く、長期間のプロジェクトになりやすい特徴があります。
この自由度の高さは、移行の実行段階では諸刃の剣になります。パッケージ移行にはない、メリットとデメリットの両方が現れるためです。
フルスクラッチ移行とパッケージ移行(SaaS等)の違い
パッケージやSaaSへの移行では、標準のデータインポート機能を使えるケースが多いため、開発の難易度は低く、移行にかかるコストも最も低く抑えられます。
この場合の最大のポイントは、標準機能に自社の業務プロセスを合わせる「Fit to Standard」のアプローチをとることです。技術的な難易度よりも、従来の独自プロセスを変えることへの現場の抵抗をいかに抑えるかという組織変革のマネジメントが、プロジェクトの成否を分けます。
これに対してフルスクラッチ移行は、自社の独自業務や現場の細かな要望をすべて新システムに組み込める自由度があります。ただし、新旧システムをつないでデータを変換し、流し込む仕組みを自社専用にゼロから開発しなければなりません。そのため、移行の実行そのものが独自のプロジェクトとして立ち上がり、ここがパッケージ移行との最大の違いです。
フルスクラッチだからこそ生じる移行特有の論点
フルスクラッチ開発の最大のメリットは、長年の継ぎ足しで不整合や複雑化が生じた古いテーブル設計(データモデル)を、根本から再設計できる点です。ただし、この利点には「移行の複雑さ」という代償が伴います。
古いデータモデルと新しく最適化されたデータモデルでは構造が大きく変わるため、パッケージ移行では生じない固有の実行課題が次々と現れます。並行稼働中の同期の仕組みや、移行専用の使い捨てプログラムの開発も、そのひとつです。こうした論点を、次の見出しから順に詳しく見ていきます。
データ移行設計(既存データモデルと新データモデルのマッピング)

フルスクラッチ移行の設計は、まず「データモデルがどれだけ変わるのか」を正確に把握することから始まります。
マッピングの複雑化と項目の断捨離
パッケージ移行と異なり、フルスクラッチでは構造が大きく変わるため、単純な「1対1」のデータ移行ができません。そのため、複数テーブルの結合や分割、不要な項目の「断捨離」などを伴う複雑なマッピング定義が必要になります。
この断捨離の判断は、技術的な作業というより業務分析に近いものです。「その項目は本当に業務で使われているのか」を、現場にヒアリングしながら見極める必要があります。したがって、開発チームだけでは完結しない工程になる点に注意してください。
クレンジングの壁と期間感(3〜5ヶ月)
データモデルを刷新するため、既存の表記揺れや不正なデータを、新システムに合うよう整理・修正(クレンジング)しなければなりません。これには、予想以上の工数がかかります。
中小規模の部門システムであっても、データ構造の解析、マッピング定義、クレンジング処理の実装には、数ヶ月(目安として3〜5ヶ月程度)を見込むのが安全です。
この期間は、パッケージ移行に比べて長くなる傾向があります。ただし、その分、移行後のデータ品質は、パッケージの標準フォーマットに縛られず、自社の業務に最適化された形に仕上げられます。
段階移行・並行稼働の設計難易度(新旧データモデルの同期)

ビッグバン方式は、障害時の業務停止リスクが高すぎます。そのため、業務への影響が小さい領域から徐々に移行する段階移行(インクリメンタル方式)が推奨されます。ただし、フルスクラッチ移行では、この段階移行の設計難易度が跳ね上がります。
逆変換・逆同期という技術的課題
新旧のデータモデルやアーキテクチャが全く異なる場合、並行稼働中のデータ同期の設計が特に難しくなります。
並行稼働の間、新システムで更新されたデータを、旧システムの古いデータ構造へどう逆変換して同期させるかが問題になります。データの整合性を保つための分散制御は、極めて複雑になります。
パッケージ移行では、標準のAPIやコネクタで双方向連携を実現できる場合もあります。一方で、フルスクラッチでは同期の仕組みそのものを独自に設計・開発しなければなりません。この点が、並行稼働期間の長さと難易度を左右する最大の要因になります。
過渡期を乗り切るアーキテクト視点の設計
フルスクラッチ移行では、開発そのものよりも「過渡期の並行稼働状態をどう乗り切るか」の設計に、高度なアーキテクトのスキルが求められます。
たとえば、どのデータをマスタとするか(旧システムか新システムか)や、更新が競合した場合にどちらを優先するかといった判断が必要です。同期をリアルタイムにするか、バッチ処理にするかも設計判断で、並行稼働期間中の業務の正確性を左右します。
部門特化型の業務システムであれば、対象範囲を絞り、同期対象のデータ項目を最小限にできます。このため、この設計難易度を実務の範囲でコントロールしやすくなります。
移行専用バッチ・移行APIの開発工数

前述のデータマッピングと並行稼働中の同期を実現するために、フルスクラッチ移行ならではの追加工数が生じます。
使い捨てプログラムという隠れた工数・コスト
パッケージやSaaSでは、標準のデータインポート機能を使えるケースが多いのに対し、オーダーメイド開発では事情が異なります。新旧システムをつないでデータを変換し、流し込むため、「移行専用のETLバッチ処理」や「一時的な連携API」を自社専用に開発しなければなりません。
これらは本番移行が終われば不要になる「使い捨てのプログラム」です。しかし、複雑な変換ロジックを正確に実装し、テストする必要があります。そのため、プロジェクトの隠れた大きな工数・コストとなって、スケジュールを圧迫します。
見積もりの段階で、この移行専用プログラムの開発工数を独立した項目として計上しておけば、後工程での予算超過を防げます。
変換ロジックの正確性を担保するテスト設計
移行専用バッチや移行APIは使い捨てであっても、動作が不正確であれば本番データの破損や不整合を招きます。したがって、通常の機能開発と同等以上に厳密なテスト設計が求められます。
具体的には、単体テスト、等価性テスト、性能テストという3段階のテストを、本番移行前に確実に行っておく必要があります。単体テストは代表的なデータパターンごとに行い、等価性テストは旧システムと新システムで同じ結果になるかを比べます。性能テストは、大量データを流し込んだ際の処理時間とエラー率を測るものです。
この工程を省くと、本番移行の当日に想定外のエラーで作業が止まりかねません。限られたダウンタイム内に切り替えが終わらないリスクが高まります。
フルスクラッチだからこそ可能なロールバック設計の柔軟性
移行中に致命的なトラブルが起きた際、元の旧システムへ安全に戻すロールバック(切り戻し)の柔軟性は、フルスクラッチならではの強みです。
ブラックボックスの排除というメリット
パッケージやSaaSへ移行する場合、データ構造やインフラの裏側はベンダー側のブラックボックスになっています。このため、移行の途中でデータを自在に引き抜いて旧環境に差し戻すような高度な制御が、困難な場合があります。
一方で、フルスクラッチ開発では、データベースからインフラまで全て自社のコントロール下にあります。したがって、ロールバックの手順そのものを、自社の業務要件に完全に合った形で設計できます。
この「ブラックボックスがない」特性は、平時の開発効率だけでなく、有事のリスク管理でも大きな強みになります。
デシジョンポイントの柔軟な設計と過剰投資への注意
フルスクラッチ開発であれば、どの業務プロセスのどのトランザクション処理が終わった時点をデシジョンポイント(切り戻し判断基準)とするかを、柔軟に設計できます。有事の際には、自作の逆同期バッチを回して旧データベースへ戻すこともできます。これらを組み合わせて、自社の業務要件に合った確実な撤退ルート(ロールバック計画)を作れます。
自由度の高さは、現場の「現行踏襲」の要望に引きずられ、カスタマイズを過剰に盛り込む誘惑にもつながります。
開発規模が肥大化し、プロジェクトが遅延・泥沼化しないよう、また競争力に直結しない非コア業務に過剰投資しないよう、対象部門システムのビジネス上の重要度を見極めておく必要があります。この見極めは、ロールバック設計と並行して進めることが欠かせません。
まとめ
本稿では、業務システム移行のフルスクラッチ・オーダーメイド開発について、パッケージ移行との違いを示しました。あわせて、データマッピング設計、並行稼働の設計難易度、移行専用バッチ・移行APIの開発工数を解説しました。さらに、フルスクラッチだからこそ可能なロールバック設計の柔軟性も取り上げました。
フルスクラッチ移行は、データ構造を根本から再設計できる自由度を持つ一方で、新旧データを逆同期させる並行稼働や、移行専用の使い捨てプログラムという隠れコストも併せ持ちます。そのため、実行管理の難易度が最も高い移行パターンといえます。ただし、ブラックボックスのない自社コントロール下でロールバック設計を組めるという強みもあります。
まずは、自社の業務がフルスクラッチに値するコア業務なのかを見極めましょう。そのうえで、データマッピングと並行稼働設計の実績を持つパートナーに、早めに相談することをお勧めします。
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会社紹介
株式会社riplaでは、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを、構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルによる高い要件定義力・システム設計力を活かし、事業成果の最大化に伴走します。

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株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援し、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の最大化に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。
