業務システムリアーキテクチャのフルスクラッチ・オーダーメイド開発について

フルスクラッチ・オーダーメイド開発とは、既存のSaaSやパッケージの制約ではアーキテクチャの再設計が実現できない場合に、自社の要件に合わせてゼロから作り込む取り組みです。その中身は、モノリスからマイクロサービスへの分解、DDDによる境界設計、API-first設計、イベント駆動アーキテクチャです。

ただし、すべてをマイクロサービスで作ることは推奨されないというのが、2026年時点の業界の共通認識です。

▼全体ガイドの記事
・業務システムリアーキテクチャの完全ガイド

  • フルスクラッチを選ぶ判断基準(既存SaaSやパッケージとの境目)
  • Bounded Contextごとに、どこへ投資するかの切り分け
  • フルスクラッチでのマイクロサービス・イベント駆動基盤構築の費用感

フルスクラッチという選択(既存SaaS/パッケージの限界)

既存のSaaSやパッケージでは、カスタマイズの限界やベンダーロックインによって、ビジネスの成長スピードに拡張性が追いつかなくなることがあります。その時点こそ、フルスクラッチによるリアーキテクチャを検討すべき局面です。

標準機能(Fit to Standard)で対応できる業務なら、SaaSを使い続けるほうが合理的です。一方で、独自のプライシングロジックや複雑なサプライチェーン連携など、パッケージの設計思想の外側にある要件を抱える業務システムでは、構造そのものを自社で設計・実装できるフルスクラッチが唯一の解決策になります。

フルスクラッチを検討すべきタイミング

フルスクラッチでのリアーキテクチャを検討すべきなのは、パッケージのカスタマイズ費用の累積が、自社開発する場合の初期投資を上回りそうな見通しが立ったときです。また、ベンダーの技術的な制約によって、API-first設計やイベント駆動アーキテクチャへの移行そのものができないときも該当します。

既存パッケージが密結合な内部構造を前提に作られている場合は、外部からいくらAPIを被せても真の疎結合化は実現できません。そのため、中途半端な改修を重ねるより、構造から作り直す判断のほうが長期的には合理的になる場面があります。

ただし、判断を急ぐ前に、後述するBounded Contextごとの切り分けを行い、本当にフルスクラッチが必要な範囲がどこまでかを見極めることが欠かせません。

規模とトラフィックの閾値(モジュラーモノリスから始める判断)

2026年時点の業界の見方では、マイクロサービスがそのメリットを確実に発揮するのは、「開発者が50名以上」かつ「システムが1日100万回以上のリクエストを処理する」規模になったときとされています。

この規模に届かない業務システムは、SaaSやパッケージの制約から脱却する必要があっても、いきなり本格的なマイクロサービスへ分解しないほうが現実的です。まずは内部がモジュール化された単一システム、いわゆる「モジュラーモノリス」としてフルスクラッチ開発を始めれば、運用コストを抑えながら将来の分解余地を残せます。

ポイント

SaaSやパッケージで足りる業務は使い続け、競争優位に直結する業務や既存製品と相容れない要件があるかを見たうえで、フルスクラッチを検討します。

Bounded Contextごとの投資判断(コア業務 vs コモディティ領域)

コア業務ドメインとコモディティ領域の特性を左右に比べ、投資先の切り分けを示す図
差別化につながる領域と汎用領域で、開発投資の向き先が分かれます。

フルスクラッチ開発のROIを高める鍵は、システム全体を一律に作り直すのではなく、DDDで定義したBounded Contextごとに「どこへ開発資金を投じるか」を厳格に切り分けることにあります。

コア業務ドメインへの集中投資

コア業務ドメインとは、自社の競争優位性に直結し、頻繁に要件が変わる領域のことです。業務システムなら、独自の見積ロジックや特殊な承認フロー、他社に真似のできない在庫最適化の仕組みなどが該当します。

こうした領域には、トップクラスのエンジニアを配置し、独立したマイクロサービスとしてフルスクラッチで開発します。要件変更のたびに全体を巻き込む調整コストを避け、迅速に改修できる構造を確立するためです。フルスクラッチへの投資は、この「変化に強くしたい領域」に集中させてこそ意味を持ちます。

コモディティ領域のAPIによるカプセル化と再利用

一方、標準的な決済処理や一般的な在庫元帳、メール配信のように「ビジネスに必須だが差別化を生まない」コモディティ領域を、あえてフルスクラッチで再構築するのは「車輪の再発明」です。開発期間と費用の両面で、無駄な投資になります。

こうした領域は、API-first設計を用いて対応するほうが合理的です。具体的には、実績のある外部SaaS(Best-of-Breed)をAPI経由で接続するか、既存のレガシーシステムを「バックエンドAPI」としてそのままカプセル化・再利用します。この切り分けを設計初期の段階で明確にしておくことが、フルスクラッチ開発全体の費用対効果を左右する最も重要な意思決定になります。

ポイント

投資は、競争優位に直結するコア業務に集中させ、汎用的なコモディティ領域は既存のSaaSやレガシーをAPIで使うかどうかで切り分けます。

フルスクラッチでのマイクロサービス・イベント駆動基盤構築の費用感

初期投資、サービスメッシュ、パイロット、長期的なTCO削減を数値とともに4つのパネルに整理した図
パイロット期の投資から長期のTCO削減まで、費用の見方が移ります。

フルスクラッチでの分散システム構築には、インフラの初期構築と運用ツールの準備に相応のコストがかかります。具体的な費用感は、初期投資とパイロットフェーズの2つに分けて見ると分かりやすくなります。

初期投資の増加とインフラオーバーヘッド

マイクロサービスアーキテクチャの初期投資は、モノリシックなアプローチと比べて約40%高くなるとされています。加えて、サービス間通信を制御するサービスメッシュ(Istio等)の維持費も見込んでおく必要があります。

たとえばIstioを導入すると、各サービスに付随するサイドカープロキシが50〜100MBのメモリを消費します。そのため、仮に500のマイクロサービスを稼働させる規模になった場合、プロキシだけでクラスタ全体で25〜50GB以上の追加メモリインフラ費用がランニングコストとして上乗せされます。

フルスクラッチという選択は、開発費用だけでなく、こうした基盤維持費まで含めた総額で判断する必要があります。

パイロットフェーズの予算とROIの考え方

フルスクラッチでのリアーキテクチャに着手すると、最初の3〜6ヶ月は「パイロットフェーズ」に充てられます。このフェーズでは、Kubernetes環境や分散トレーシング(Jaeger等)の基盤構築、イベント駆動型通信(Kafka等)の技術検証を行います。

この期間の予算目安は10万〜50万ドル(約1,500万〜7,500万円)程度で、期待ROIは0%〜マイナス100%です。そのため、直接的な収益やコスト削減を生まない純粋な投資期間として、経営陣と合意しておく必要があります。

一方で、長期的(12〜36ヶ月以降)には、ターゲットを絞ったスケーリングによってTCOを20〜45%削減することが可能とされています。この時間軸を踏まえて投資計画を立てることが重要です。

ポイント

費用は開発費だけでなく、サービスメッシュなどの基盤維持費や、パイロットフェーズの投資期間まで含めた総額で見ておくと、判断を誤りにくくなります。

段階的にサービスを切り出すオーダーメイド開発の進め方

既存パッケージやモノリスを稼働させたまま、新しいマイクロサービスへトラフィックを段階的に移す流れ図
既存環境を止めず、機能単位で移行を進める構成です。

数年がかりで一気にフルスクラッチシステムへ移行する「ビッグバンアプローチ」は、失敗の典型パターンです。オーダーメイド開発であっても、段階的に価値を提供しながら進める設計が欠かせません。

ストラングラーフィグパターンとAPI-firstによる並行開発

オーダーメイド開発でも基本戦略になるのが、「ストラングラーフィグパターン」です。既存のパッケージやモノリスを稼働させたまま、フルスクラッチで開発した新しいマイクロサービスをその周囲に配置します。APIゲートウェイを用いて、特定機能へのトラフィックを徐々に新サービスへルーティングしていきます。

あわせて、コードを書く前にOpenAPI仕様等で契約(コントラクト)を定義する「API-first」を徹底すると、モックサーバーを介してフロントエンドチームとバックエンドチームが完全に並行して開発を進められます。その結果、オーダーメイド開発特有の長い開発期間を圧縮できます。

Sagaパターンによるデータ整合性の担保

フルスクラッチでシステムを分割すると、1つのデータベースで完結する従来のトランザクション(ACID特性)が使えなくなります。そのため、KafkaやRabbitMQといったイベント駆動基盤を使い、「注文成功」から「決済失敗」、そして「注文取り消し(補償トランザクション)」までの一連の状態を、サービス間でつなぎます。

この連携を、バケツリレーのように状態を受け渡す「Sagaパターン」として実装することが必須になります。この分散トランザクションの設計は、オーダーメイド開発のなかでも最も難易度が高い部分です。開発初期の要件定義で業務フロー全体を洗い出し、どの処理をどの順序で補償するかまで詳細に設計しておくことが、後工程のデータ不整合トラブルを防ぐ鍵になります。

ポイント

一度に全体を移行すると失敗しやすいため、切り出す範囲は段階ごとに決め、データ整合性は業務フロー全体を洗い出して設計します。

アーキテクト人材・体制構築

フルスクラッチでマイクロサービス化を進める際の最大の障壁は、テクノロジーそのものではなく「組織構造と人材」です。必要な体制は、人材と組織の2つの面から確認します。

必要な専門人材と希少性

堅牢な分散システムをフルスクラッチで構築するには、専門性の異なる3種類の人材が不可欠です。ドメインエキスパートは、複雑な業務要件をDDDで正しく境界分離します。プラットフォームエンジニアは、Kubernetesやサービスメッシュ、CI/CDパイプラインを自動化・運用します。

SREには、分散トレーシングを活用してシステム障害を局所化する力が求められます。こうした分散システムに精通したエンジニアは、市場で「極めて希少で高価」です。そのため、オーダーメイド開発を計画する段階で、この人材確保のリードタイムをスケジュールに織り込んでおく必要があります。

体制の損益分岐点とコンウェイの法則

開発組織が10〜15人未満の場合、高価な専門エンジニアが新機能というビジネス価値を生み出すより、複雑なインフラ(Kubernetesやメッセージブローカー)の維持・運用に時間を奪われる傾向があります。

組織とシステムの構造は互いに影響し合うという「コンウェイの法則」の通り、独立した小規模チームがそれぞれのサービスを自律して所有・運用できる体制を組めない限り、フルスクラッチでのマイクロサービス化を見送る判断も現実的です。

自社の組織規模とオーダーメイド開発の要求水準が見合っているかを、着手前に冷静に見極めることが、投資を無駄にしないための最後の確認事項になります。

ポイント

技術そのものより組織と人材が壁になるため、専門人材の確保に時間がかかる前提で、開発組織が10〜15人未満なら見送る判断も考えます。

まとめ

判断基準から投資判断、費用感、進め方、体制構築まで見てきたように、フルスクラッチでのマイクロサービス化は、モノリス比で約40%高い初期投資と、希少で高価な専門人材の確保という大きなコストを伴います。一方で、開発者50名・1日100万リクエストという規模に到達した企業には、高いアジリティとスケーラビリティをもたらします。

コア業務ドメインにのみフルスクラッチ投資を集中させ、コモディティ領域は既存SaaSやレガシーシステムをAPIでカプセル化して再利用します。この切り分けこそが、投資対効果を最大化する最も重要な判断です。

自社の組織規模と体制がこの投資に見合うかを見極めたうえで、アーキテクチャ設計の実績豊富なパートナーへ早めに相談することをお勧めします。

▼全体ガイドの記事
・業務システムリアーキテクチャの完全ガイド

会社紹介

株式会社riplaでは、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを、構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルによる高い要件定義力・システム設計力を活かし、事業成果の最大化に伴走します。

また、当社独自の開発テンプレート「Boxシリーズ」による標準機能の高速開発と、AI駆動開発の独自フレームワーク「GoDD」による独自機能のAI実装を組み合わせることで、低コスト・短期間で開発を実現いたします。

もし、システム開発やプロダクト開発に関するご要望がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

・サービス概要資料のURLはこちら >>>
・お問合せページのURLはこちら >>>
・お役立ち資料のURLはこちら >>>

執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援し、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の最大化に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。