業務システムリアーキテクチャのPoC・プロトタイプ・モックアップ開発について

業務システムリアーキテクチャにおけるPoC・プロトタイプ・モックアップ開発は、モノリスを分解する前に、1つの垂直スライス(特定の業務ドメイン)だけを切り出して検証する取り組みです。

通常のPoCは業務価値を、アーキテクチャPoCは構造の妥当性を確かめ、本格移行の判断材料を揃えます。

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  • アーキテクチャPoCの位置づけと、通常のPoCとの違い
  • EventStormingからストラングラーフィグパターン適用までの進め方
  • API設計のプロトタイピングの進め方

アーキテクチャPoCの位置づけ

アーキテクチャPoCを中心に、境界の切り方、サービス間の連携方式、技術基盤、組織の運用体制を示す図。
4つの観点を並べると、検証の焦点がシステム構造にあると分かります。

業務システムリアーキテクチャにおけるPoC・プロトタイプ・モックアップは、一般的なアプリケーション開発の検証工程とは目的が異なります。新規サービスのPoCは「市場に受け入れられるか」を検証します。一方、アーキテクチャPoCは「既存のモノリスを、この境界(Bounded Context)とこの連携方式(API・イベント)で分解して問題ないか」を検証します。

プロトタイプは、1つのサービスを本番相当の環境で実際に動かして検証する試作です。モックアップは、API仕様書やイベントスキーマといった「契約」を先に形にしたもので、両者は用途に応じて使い分けられます。ビッグバンアプローチ(一斉移行)の失敗を避けるには、この初期段階の技術検証を省略しないことが欠かせません。

通常のPoCとの違い(「動くもの」ではなく「境界設計」の検証)

通常の新機能開発のPoCは、機能を実装して現場に触ってもらい、業務効果やユーザー満足度を測ることがゴールになります。これに対し、アーキテクチャPoCのゴールは、構造の妥当性を確かめることにあります。

具体的には、境界の切り方(Bounded Context)が業務の実態と合っているか、サービス間の連携方式が性能・整合性の要件を満たせるか、選定した技術基盤を組織の運用体制で維持できるかを見ます。機能そのものは既存のモノリスと同じように動くのが前提で、検証の中心は「新しい構造で同じ業務要件を満たせるか」という点にあります。ここが、通常のPoCとの決定的な違いです。

垂直スライス方式によるスモールスタート

アーキテクチャPoCでは、システム全体を一度に分解せず、「1つの垂直スライス」だけを先に切り出すことが鉄則です。まず3〜5つのコアビジネスドメインを特定し、そのなかから、影響範囲が限定的で業務上の重要度も検証しやすい1つを選びます。たとえば、ユーザー認証やマスタデータ参照などが該当します。

最初から過剰に分解すると、境界設計の誤りが複数の箇所で同時に起き、どこに問題があるのか切り分けにくくなります。そのため、対象を絞り込むことが、検証の精度とスピードの両方を高める確実な方法です。

ポイント

業務システムの一部だけを先に切り出して確かめる作業なので、動く機能の出来栄えより、境界の切り方と連携方式が業務に合っているかで判断します。

アーキテクチャPoCの進め方(EventStormingからストラングラーフィグ適用まで)

EventStormingで境界を設計し、ストラングラーフィグパターンとAPIゲートウェイで実装を検証する流れ図。
境界の仮説を実装で試し、段階的に確かめる構成です。

アーキテクチャPoCは、ワークショップで境界を設計してから、実装で技術を検証する2段階で進めるのが基本です。

EventStormingによるBounded Contextの特定

境界設計の第一歩は、「EventStorming」と呼ばれるワークショップです。ドメインの専門家(現場業務に精通した担当者)、プロダクトマネージャー、エンジニアが1つの部屋に集まり、業務上の出来事(ドメインイベント)を付箋で時系列に貼り出して、ビジネスプロセス全体の流れを描き出します。

この作業を通じて、関係者が共通で使う用語(ユビキタス言語)を定め、業務のまとまりとして自然な境界を見つけ出すのが目的です。特に、実装に入る前にこのワークショップを丁寧に行うと、後工程でサービス境界を見直す手戻りを大きく減らせます。

PoC段階からのストラングラーフィグパターン適用

境界の仮説が固まったら、実装によるPoCに移ります。ここでも本格移行と同じく、既存のモノリスはそのまま稼働させ、その周囲に新しいマイクロサービスを試験的に作る「ストラングラーフィグパターン」を適用します。

APIゲートウェイで、対象機能へのトラフィックの一部だけを新サービスへ振り分けます。また、問題が起きたときは旧コードへすぐ戻せる状態を保ちながら、検証を進めます。この進め方をPoCの段階から徹底しておけば、本格移行でも同じ手法をそのまま広げられ、検証で得た知見を引き継げます。

ポイント

ワークショップで定めた境界が、実装での検証を経ても崩れないかどうかが、本格移行へ進めるかを判断する目安です。境界の仮説が崩れたときは、切り方を見直す判断も必要になります。

API設計のプロトタイピング(OpenAPI・AsyncAPIとモックサーバー)

サービス分割後の連携品質は、API設計の完成度に大きく左右されます。そこで、コードの実装を待たずに設計段階で検証を進める「API-first設計」のプロトタイピングが役立ちます。

API契約駆動のモック生成とコンシューマ駆動契約テスト

同期通信のAPIは「OpenAPI 3.0+」、非同期・イベント駆動通信は「AsyncAPI」で仕様を定め、実装の前にサービス間の「契約(コントラクト)」を書き出します。PrismやMockoonといったツールを使えば、この契約定義からモックサーバーを自動で生成でき、実際のバックエンド実装を待たずにAPIの呼び出し方や応答形式を確かめられます。

さらに、PactやSpring Cloud Contractといったコンシューマ駆動契約テストのツールを、CI/CDパイプラインに組み込めます。そうしておけば、将来サービス側の仕様が変わったときに、連携先が気づかないうちに壊れてしまう「破壊的変更」を検出できます。この体制は、PoCの段階から整えられます。

フロントエンド・バックエンドの並行開発

API契約を先に固めてモックサーバーを用意すると、フロントエンドの開発チームは、バックエンドの実装完了を待たずに画面連携の実装と検証を進められます。この並行開発の効果は大きく、後付けでAPI仕様を設計する従来の進め方に比べて、統合作業が3.9倍、仕様変更への対応が5.6倍速くなるという調査結果もあります。

アーキテクチャPoCの段階でこの並行開発の流れを一度体験しておくと、本格移行の段階で、開発体制やコミュニケーションルールを設計する際の具体的な知見として活かせます。

ポイント

API契約を先に固め、フロントエンドとバックエンドが並行して動けるかどうかが、API設計の完成度を見る目安になります。モックで画面連携を確かめられるかも、同じ目安として使えます。

イベント駆動基盤の技術検証(Push型・Pull型のSagaパターン)

Push型はミリ秒単位の同期、Pull型は5〜10分程度の遅延が許容される業務に対応する比較図。
許容できる待ち時間が、方式を選ぶ分かれ目になります。

サービス間に分散したデータの整合性をどう保つかは、リアーキテクチャのなかでも特に優先して検証すべき領域です。PoCでは、Push型とPull型の使い分けと、メッセージブローカーの選定を重点的に確かめます。

Push型(Kafka等)とPull型(バッチ照合)の使い分け検証

マイクロサービス間の分散トランザクション(Sagaパターン)には、Push型とPull型の2つの実装方式があり、業務要件に応じてPoCで検証すべき対象が異なります。Push型は、座席予約や在庫の即時確保など、ミリ秒単位での同期が求められる業務に適しています。

その一方で、Push型はイベントが失われた場合の補償トランザクション(取り消し処理)の実装が難しく、相応の運用リソースが必要です。Pull型は、請求書発行や出荷ステータスの更新など、5〜10分程度の遅延が許容される業務に合います。

Pull型の実装は、定期的にデータを照合するSpring `@Scheduled` のようなシンプルなスケジューラで足りるため、複雑なメッセージブローカーを必要としません。さらに、障害が起きても自己修復しやすいという利点があります。自社の対象業務がどちらの整合性要件を持つかは、PoCの中で業務担当者を交えて具体的に確かめることが重要です。

メッセージブローカー選定のPoC

Push型の連携を選ぶ場合は、KafkaやRabbitMQといったメッセージブローカーの選定もPoCの対象になります。スループット、メッセージの順序保証、運用の容易さといった観点から、対象業務の要件に合う製品を実際に構築して負荷を検証しておくことが望ましいです。いきなり本番に導入してから「思ったより運用が複雑だった」と気づく事態を、この段階で避けられます。

あわせて、通信の欠落に備えたリトライ機構や、処理に失敗したメッセージを退避させるDead Letter Queueの挙動も、この段階で実機検証しておきます。そうすると、本格移行後の障害対応の設計が、より確かなものになります。

ポイント

業務ごとに、ミリ秒単位の同期が必要か、5〜10分程度の遅延が許されるかを照らし合わせて、Push型とPull型のどちらを選ぶかを決めます。

Go/No-Go判断基準と費用・期間の目安

アーキテクチャPoCを終えたら、本格移行に進むか(Go)、設計を見直すか見送るか(No-Go)を、客観的な基準で決める必要があります。

組織・トラフィックの閾値とPoCの成功シグナル

No-Goの目安は、開発エンジニアが50人未満、または1日のリクエスト量が100万回未満の場合です。このような規模では、マイクロサービス化による運用オーバーヘッドが利点を上回るため、「モジュラーモノリス」に留める判断が推奨されます。

一方、Goの判断は、PoC期間である最初の3ヶ月以内に、対象モジュールがAPIとサービスへ明確に分解できたか、自動化されたCI/CDパイプラインが構築されたかを見ます。さらに、最初のコンポーネントがデグレ(機能retrogression)なく独立して本番相当環境で稼働できたか、開発チームのベロシティ(開発速度)が向上し始めたかも確かめます。

これらが達成できていれば、プロジェクトは順調に軌道に乗っていると判断できます。

費用・期間の目安

アーキテクチャPoC(パイロットフェーズ)の期間は、おおむね3〜6ヶ月が目安です。費用の考え方も、通常の機能PoCとは前提が異なるので注意が必要です。

このフェーズの期待ROI(投資回収率)は「0%〜マイナス100%」と位置づけられます。直接的なビジネス収益やコスト削減を生む期間ではなく、投資の期間として計画する必要があります。予算は、インフラの土台作り(Kubernetesクラスタや可観測性ツールの設定)、ドメイン分析、技術的実現性の検証に投じられます。

この投資を惜しんで検証を省略すると、後から分散システムの複雑さに対処できず、本格移行そのものが頓挫するリスクが高まります。そのため、経営層や関係部門にも、この位置づけを事前に伝えておくことが重要です。

ポイント

Go/No-Goは、開発規模や1日のリクエスト量の閾値と、PoCの3ヶ月で成功シグナルが出ているかを合わせて判断するのが目安です。

まとめ

アーキテクチャPoCの本質は、動くものを作ることではなく、境界設計・API契約・イベント連携方式という構造上の判断が正しいかを、限定した範囲で確かめることにあります。

このPoCは3〜6ヶ月、期待ROI0%〜マイナス100%という投資フェーズです。関係者間でこの位置づけを共有したうえで、開発者50名・1日100万リクエストといった閾値を基準にGo/No-Goを判断することが、本格移行の成否を分ける出発点です。

アーキテクチャ設計の実績が豊富なパートナーと組み、PoCの段階から丁寧に検証を積み重ねることをお勧めします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援し、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の最大化に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。