基幹システム/ERPのモダナイゼーションにおける保守・運用費用は、対象システム種別を問わない「システムのモダナイゼーション」総論や、ゼロから基幹システムを新規導入する「基幹システム開発」「ERP導入」とは異なる論点を含みます。本記事が扱うのは、会計・人事給与・生産管理・販売管理・在庫管理といった全社の背骨を担う基幹システム/ERPのうち、老朽化したオンプレミス環境や旧バージョンのパッケージを刷新するプロジェクトです。すでに稼働している全社基盤である以上、保守・運用費用は移行前後の両方で発生し続け、しかもSAP ECCの2027年問題やインボイス制度・電子帳簿保存法といった法改正対応の圧力がコスト構造に直接影響を及ぼす点が、他のモダナイゼーション案件と大きく異なります。
本記事では、基幹システム/ERPのモダナイゼーションにおける保守・運用費用・ランニングコストについて、移行前のレガシー放置による高コスト構造、グリーンフィールド・ブラウンフィールド・ブルーフィールドという移行アプローチ別のコスト差、移行によるコスト削減効果の事例、定着化フェーズから安定稼働後までの費用内訳とTCO(総所有コスト)、そしてコストを最適化するための実務ポイントまでを体系的に解説します。基幹システムの刷新にどの程度の予算を確保すべきか判断材料を探している経営層・情報システム部門の方に役立つ内容です。
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基幹システム/ERPのモダナイゼーションにおける費用論点の位置づけ

基幹システム/ERPのモダナイゼーションにおける保守・運用費用を正しく捉えるには、まず「なぜ今、費用をかけてまで刷新する必要があるのか」という前提を理解しておく必要があります。この前提こそが、他のモダナイゼーション案件にはない独自のコスト構造を生み出しています。
対象を全社基幹システムに限定する理由
「システムのモダナイゼーション」総論が対象システム種別を問わない汎用的な費用感を扱うのに対し、本記事は会計・人事給与・生産・販売・在庫といった全社共通の基盤である基幹システム/ERPに対象を限定します。また、ゼロから基幹システムを構築する「基幹システム開発」「ERP導入」が新規のライセンス費用や開発費用を中心に語られるのに対し、本記事は既存の老朽化した基幹システムを刷新するブラウンフィールドの文脈であるため、移行前に発生していたレガシー維持コストと、移行後に発生する新しい運用コストの両方を天秤にかけて評価する必要がある点が最大の違いです。基幹システムは全社の業務データが集約される中核であるため、費用対効果を見誤ると経営全体の投資判断にまで影響が及びます。
モダナイゼーション前(レガシー放置)のコスト構造
経済産業省の「DXレポート」によれば、既存システムの維持管理費が企業のIT予算の8〜9割を占めているケースも少なくないとされています。老朽化した基幹システムのオンプレミス保守費用は、一般にライセンス費用の年15〜22%程度が相場ですが、これに加えてインボイス制度や電子帳簿保存法といった法改正のたびに発生する改修費用(対応費用)が積み重なり、IT予算の大半が「過去の資産の維持」に消えてしまう構造的な課題があります。この状態を放置した場合、いわゆる「2025年の崖」問題として、2025年以降、日本全体で年間最大12兆円の経済損失が生じる可能性があると経済産業省は警告しています。基幹システムはブラックボックス化が進むほど法改正対応のたびの改修工数が膨らみやすく、モダナイゼーションを先送りするほど、移行前コストと移行後コストの差は開いていく傾向にあります。
モダナイゼーション後のランニングコスト構造

基幹システム/ERPのランニングコストは、インフラの持ち方と、選択した移行アプローチによって構造そのものが変わります。刷新後にどのようなコスト構造になるのかを事前に把握しておくことが、予算計画の精度を左右します。
オンプレ型とクラウド型のコスト構造の違い
オンプレミス型の基幹システムを維持する場合、SAPのようなERP標準の保守サポートとして年間ライセンス費用の約22%が発生し、これに加えてSIerやコンサルティングファームへの日常運用保守の外注で年間数千万円の追加費用が発生するケースも珍しくありません。一方、クラウド型(S/4HANA Cloudなど)のERPへ刷新した場合はサブスクリプションモデルとなり、中小企業で月額300万円程度、大企業では月額1,000万円以上となるのが一般的な相場感です。クラウド型はインフラ管理コストやバージョンアップ費用が月額料金に含まれるため費用が平準化・予測しやすい一方、オンプレ型はハードウェア更新や法改正対応の都度、追加コストが発生しやすいという違いがあります。自社の予算執行スタイル(初期投資型か月額運用型か)に応じて、どちらの構造が適しているかを見極めることが重要です。
移行アプローチ別(グリーンフィールド/ブラウンフィールド/ブルーフィールド)のコスト差
業務プロセスを一から再設計するグリーンフィールドは、初期構築費用こそ高くなりますが、既存のアドオンを標準機能へ置き換えるため、将来の保守コストはシンプル化されやすいという特徴があります。対して、既存システムをその場でコンバージョンするブラウンフィールドは、初期の移行費用を抑えられる一方、既存のカスタマイズをそのまま引き継ぐため、長期的な保守コストは高止まりしやすい傾向があります。バージョンアップのたびにアドオン部分の改修が個別に必要になり、法改正対応も遅れがちになるためです。一部のプロセスやデータのみを選別して移行するブルーフィールドは、この両者のちょうど中間に位置するコスト構造となるのが一般的です。どのアプローチを選ぶかは、開発期間だけでなく、5年・10年スパンのTCO(総所有コスト)でも比較検討することをお勧めします。
移行によるコスト削減効果(事例で見る削減幅)

ここまで見てきたコスト構造を踏まえ、実際にモダナイゼーションによってどの程度のコスト削減が見込めるのか、目安と事例を確認していきましょう。
削減効果の目安と代表的な企業事例
基幹システム/ERPのモダナイゼーションによって、一般に年間運用費の20〜40%削減が見込めるとされています。メインフレーム基盤からクラウドネイティブ環境への移行を支援するクラウドベンダーの移行基盤を活用することで、レガシーシステム固有の高額なハードウェア保守費用や運用人件費を最大60〜90%削減できるとされる事例もあります。ある大手電子部品メーカーは、約30年運用したメインフレーム(PL/I言語)の基幹システムをJava言語ベースのクラウド環境へ全面移行し、運用コストを約50%削減しました。また、ある専門商社は老朽化した独自開発のワークフローシステムをクラウドパッケージ(SaaS)へリプレースしたことで、年間400万円のダイレクトな維持・業務経費削減を達成しています。これらの事例に共通するのは、単なるインフラの置き換えにとどまらず、運用体制そのものを見直したことで削減効果を最大化している点です。
FinOps・コスト最適化の罠
注意すべきは、「とりあえずクラウドに移行すれば安くなる」という発想が必ずしも成立しない点です。既存システムをそのまま引き継ぐブラウンフィールド的な移行だけでは、オンプレ時代の過剰なサーバーサイジングをそのままクラウド上に引き継いでしまい、かえってコストが増えるケースも報告されています。基幹システムの真のコスト削減効果は、稼働直後ではなく運用フェーズに入ってから顕在化するため、稼働前の段階からFinOps(クラウド費用の継続的な最適化活動)の設計や、パフォーマンス監視・運用自動化の仕組みをセットで計画しておくことが欠かせません。稼働後6〜12ヶ月は、継続的なモニタリングとインスタンスサイズの見直しなどのリソース最適化を行う期間として、あらかじめ予算とスケジュールに組み込んでおくことをお勧めします。
定着化フェーズ〜安定稼働後の費用内訳とTCO

本番稼働はゴールではなく通過点です。稼働直後から安定稼働に至るまでの費用の変化を理解し、予算を段階的に配分する視点が求められます。
ハイパーケア期間の費用(伴走委託・専任工数)
本番稼働直後の3〜6ヶ月、長ければ1年程度は「ハイパーケア期間」と呼ばれる集中的なフォロー体制が必要になります。この期間は、導入パートナーへの継続的な伴走委託費用に加え、社内の業務リーダーやシステム管理者を専任配置する人的コストが集中的に発生します。基幹システムは会計の月次・四半期・年次締め処理といった業務サイクルを一巡してはじめて本当の意味で安定稼働したと言えるため、稼働開始から半年以上、周辺システムとの連携運用が安定するまでを見込んでおく必要があります。導入予算を検討する段階から、この定着支援コストを1〜2年分あらかじめ組み込んでおくことが、稼働後の想定外のコスト超過を防ぐポイントです。
安定稼働後の年間ランニングコスト内訳
安定稼働に入った後の年間ランニングコストは、初期投資額に対する比率で見ると、保守料が5〜10%、運用支援費用が5〜7%、ライセンス更新料が3〜5%、インフラ利用料が2〜3%程度で、合計すると初期投資額のおおむね15〜20%、最大でも22%程度に収まるのが一般的な目安です。クラウド型で試算すると、初期費用約10万円に加え月額1.2万〜1.8万円/ユーザーというモデルの場合、30名規模で3年間の総費用は約1,300万〜1,950万円、100名規模では約4,330万〜6,490万円、300名規模では約1億3,000万〜1億9,500万円程度が目安になります。この内訳を事前に把握しておくことで、ベンダーから提示された見積もりが適正な水準かどうかを判断しやすくなります。
コストを最適化するための実務ポイント

最後に、基幹システム/ERPのモダナイゼーションにかかるコストを継続的に最適化していくための、実務的なポイントを整理します。
Fit to Standard徹底とアドオン最小化
基幹システム/ERPのコストを最適化するうえで最も効果が大きいのは、業務をシステムの標準機能に合わせる「Fit to Standard」を徹底し、アドオン開発を最小限に抑えることです。標準機能に業務を合わせず独自のカスタマイズを積み重ねてしまうと、初期の開発費用が膨らむだけでなく、将来のバージョンアップのたびにアドオン部分の改修コストが発生し続け、長期的なTCOを押し上げる要因になります。特にグリーンフィールドのアプローチを選択した場合は、業務プロセスを再設計する好機でもあるため、既存の業務慣行に固執せず標準機能への適合を積極的に検討することが、初期費用とランニングコストの両面で最も効果的なコスト最適化策となります。
内製化・複数年契約・保守契約SLAの見極め
コスト最適化のもう一つの柱は、社内での内製化投資です。簡易な設定変更や受入テスト(UAT)を自社で担える体制を整えることで、ベンダーへの外部委託費用を段階的に抑制でき、特定パートナーへの過度な依存(ベンダーロックイン)も回避しやすくなります。また、段階的導入を採用する場合は、フェーズごとに必要なライセンス数を見直し、不要なライセンスの無駄払いを避けることも有効です。保守契約を結ぶ際には、料率の安さだけで判断せず、初動対応時間・恒久対策までの期限・改修範囲といったSLA(サービスレベルアグリーメント)の内容を明確化しておくことが重要です。複数年契約によるライセンス割引の活用や、クラウド利用料の見直しを定期的に行う仕組みを社内に組み込んでおくことで、安定稼働後も継続的にコストを最適化していくことができます。
まとめ

本記事では、基幹システム/ERPのモダナイゼーションにおける保守・運用費用・ランニングコストについて、レガシー放置のコスト構造、移行アプローチ別のコスト差、移行によるコスト削減効果、定着化フェーズから安定稼働後までの費用内訳とTCO、そしてコストを最適化するための実務ポイントを体系的に解説しました。オンプレ型の基幹システムを放置すればIT予算の8〜9割がレガシー維持に消える一方、モダナイゼーションによって年間運用費の20〜40%、事例によっては50〜90%の削減も見込めます。ただし、その効果を最大化するには「とりあえず移行」ではなくFinOpsの設計とFit to Standardの徹底が不可欠であり、稼働直後のハイパーケア期間の費用も含めた中長期のTCO視点で予算を組むことが欠かせません。自社の業務規模と法改正対応の期限を踏まえ、複数のパートナーに相談しながら現実的な予算計画を立てることをお勧めします。
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株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。
