基幹システム/ERP刷新のフルスクラッチ・オーダーメイド開発について

基幹システム/ERP刷新におけるフルスクラッチ・オーダーメイド開発を検討する際、本記事が扱う論点は「基幹システム/ERPのモダナイゼーション」が扱うフルスクラッチ(リビルド)とは重心が異なります。モダナイゼーション記事が扱うのは、リビルドという技術的手法をどう実装するか、コア業務領域とハイブリッド構成の技術的な組み合わせ方、カスタマイズ率と費用膨張の技術的なリスクという、いわば「どう作るか(HOW)」の論点です。これに対し本記事が扱う基幹システム/ERP刷新のフルスクラッチは、そもそもパッケージ再導入ではなく独自開発を選ぶべきかどうかという経営判断そのもの、そしてなぜ日本企業はしばしば合理的とはいえないフルスクラッチを選んでしまうのかという組織文化・商習慣の構造に重心を置きます。ゼロから基幹システムを構築する「基幹システム開発」「ERP導入」とも異なり、既存の老朽化した基幹システムを前提に、経営層が全社を巻き込みながらこの重い投資判断を下していくプロセスを扱う点も本記事の特徴です。

本記事では、基幹システム/ERP刷新におけるフルスクラッチ・オーダーメイド開発について、フルスクラッチという経営判断の位置づけ、なぜ企業がパッケージでなくフルスクラッチを選んでしまうのかという組織的・商習慣的な理由、全社ステークホルダー合意形成とFit to Standardを巡る現場との調整、フルスクラッチにおけるベンダー/SIer選定と多重下請け構造への対処、そして経営判断を誤らないための投資判断プロセスとガバナンスまでを体系的に解説します。技術的な実装方法やカスタマイズ率と費用の関係については基幹システム/ERPのモダナイゼーションの記事に譲り、本記事では「なぜ・どう経営判断すべきか」という実務に焦点を当てます。

本テーマに関する全体ガイドは、以下の記事をご覧ください。

▼全体ガイドの記事
・基幹システム/ERP刷新の完全ガイド

基幹システム/ERP刷新におけるフルスクラッチという経営判断

基幹システム/ERP刷新におけるフルスクラッチという経営判断

基幹システム/ERP刷新でフルスクラッチを検討する前に、本記事が扱う位置づけを明確にしておきましょう。

モダナイゼーション記事との違い(技術的リビルドと経営投資判断の軸)

「基幹システム/ERPのモダナイゼーション」が扱うフルスクラッチは、リビルドという技術的アプローチをどう実装するか、コア業務領域への適用範囲、パッケージとの技術的なハイブリッド構成、カスタマイズ率と費用膨張の関係というエンジニアリング視点の論点が中心です。一方、本記事が扱う基幹システム/ERP刷新のフルスクラッチは、その投資判断を経営層がどう下し、なぜ数多くの日本企業がFit to Standardという合理的な原則がありながらもフルスクラッチを選んでしまうのかという、より上流の経営判断・組織構造の問題に重心を置きます。同じフルスクラッチというテーマでも、モダナイゼーション記事が「作り方」を扱うのに対し、本記事は「なぜ作るという判断に至るのか、その判断は本当に正しいのか」を問う内容になっている点が最大の違いです。技術的な実装方法の詳細を知りたい方は、モダナイゼーション記事をあわせてご覧ください。

フルスクラッチという選択が経営に問う「なぜパッケージではないのか」

基幹システム/ERPを刷新する際、経営層がまず自問すべきは「なぜパッケージ再導入ではなくフルスクラッチを選ぶのか」という問いです。フルスクラッチは自社の業務に完全適合するシステムを構築できる反面、設計から開発まで莫大な費用と期間を要し、失敗した場合の投資規模とリスクは他のどの選択肢よりも大きくなります。この重い投資判断であるにもかかわらず、実務では技術的な妥当性の検討よりも先に、現場の「今のやり方を変えたくない」という感情的な要因でフルスクラッチに傾いてしまうケースが少なくありません。経営判断としてフルスクラッチを選ぶのであれば、その理由を「競争優位に直結する業務領域だから」という言葉で明確に言語化し、全社で共有できる状態にしておくことが、後々の投資判断の一貫性を保つ土台になります。

なぜ企業はパッケージでなくフルスクラッチを選んでしまうのか(組織文化・商習慣の構造)

なぜ企業はパッケージでなくフルスクラッチを選んでしまうのか(組織文化・商習慣の構造)

経営判断としては非合理に見えることもあるフルスクラッチの選択が、なぜ日本企業で繰り返されるのか。その背景にある組織文化・商習慣の構造を理解しておくことが、正しい経営判断への第一歩になります。

古い企業風土・現場の抵抗とSIビジネスの「低位安定」構造

大手企業があえてフルスクラッチを選択してしまう背景には、組織的・商習慣的な理由が存在します。一つは、長年変化していない古い企業文化や、昔ながらの業務プロセス・制度に縛られており、現行システムや業務フローを変えることに対して現場からの根強い抵抗感があることです。もう一つは、日本のソフトウェア産業特有の商習慣です。ユーザー企業が業務効率化のためのデジタル投資をベンダーに委託し、ベンダー企業は受託による「低リスク・長期安定ビジネス」を享受してきた歴史があり、その結果、ベンダー企業は汎用的な標準サービスを提供するのではなく、ユーザー企業ごとに個別にシステムを作り込むことが常態化してきました。この構造そのものが、フルスクラッチ的な個別開発を促進しやすい土壌を作り出しているのです。

ベンダーへの丸投げ体質とIT自律性の低下という悪循環

個別作り込みが常態化した結果、ユーザー企業側のITに対する自律性が低下し、ベンダーへの丸投げ体質が形成されてしまうという悪循環も見過ごせません。自社の業務がなぜその仕様になっているのかを情報システム部門自身が説明できず、ベンダーに聞かなければ分からないという状態に陥ると、標準パッケージへの移行を検討する際にも「今のシステムと同じものを作ってほしい」という発想しか持てなくなり、結果としてフルスクラッチ、あるいは過度なカスタマイズを伴うパッケージ導入に流れてしまいます。この悪循環を断ち切るためには、経営層がまず自社のIT資産のどこにビジネス価値があり、どこが単なる過去の経緯によるものかを棚卸しし、ベンダー任せにしない当事者意識を組織として持つことが不可欠です。

全社ステークホルダー合意形成とFit to Standardを巡る現場との調整

全社ステークホルダー合意形成とFit to Standardを巡る現場との調整

フルスクラッチかパッケージかという判断は、最終的には全社の関係部門との合意形成というプロセスを経て確定していきます。

「現行機能保証」へのこだわりが招く過度なカスタマイズとコスト高騰

現場部門から、既存システムに対する「現行機能保証」や「現行踏襲」を求める強い要望が出ることが、システム移行の大きな足枷となります。既存システムの機能をそのまま新システムで再現しようとすると、過度なカスタマイズが発生し、結果として新しいレガシーシステムを生み出してしまうリスクがあります。日常的な業務手順を新しいシステムに合わせて変更しようとすると、現場で抵抗や混乱が発生し、現場からの業務改善項目や要望が多くなりすぎると、刷新の計画自体が優先されなくなり、コスト面の制約も相まってプロジェクトの変更や中断を招く原因になります。こうした部門間調整の難航や現行踏襲の制約によってシステムが複雑化することで、開発・導入・運用コストが高騰し、計画の変更や中断(プロジェクトの長期化や頓挫)を招く直接的な原因となるのです。

BPR(業務プロセス自体の要否)を推進する経営層のリーダーシップ

経営層が標準化の検討プロセスに関与せず、現場部門に検討を丸投げしてしまうと、現行機能保証や現行踏襲の問題がそのまま残存してしまいます。これを避けるためには、機能の有無ではなく「その業務が本当に必要か」という本質的な議論(BPR=業務プロセス改革)を推進できるリーダーシップや、情報システム部門と経営層が一体となったガバナンスが不可欠です。フルスクラッチを選ぶかどうかという判断以前に、まず「その業務プロセスを維持することに価値があるのか」を経営層が問い直し、価値がないと判断された業務プロセスについては標準機能への適合を強く推進するという姿勢を示すことが、全社の合意形成をスムーズにし、結果として不要なフルスクラッチ投資を回避することにもつながります。

フルスクラッチにおけるベンダー/SIer選定と多重下請け構造への対処

フルスクラッチにおけるベンダー/SIer選定と多重下請け構造への対処

フルスクラッチという投資判断を下した後は、その規模の大きさに見合った慎重さでベンダー/SIerを選定する必要があります。

投資規模が大きいフルスクラッチにおける依頼先選定の勘所

フルスクラッチ・オーダーメイド開発は投資規模が大きいだけに、依頼先の選定は慎重に行う必要があります。基幹システムやERPパッケージとの連携実績、大規模プロジェクトのマネジメント実績、そして自社の業界特有の商習慣への理解度を確認したうえで、2〜3社以上から相見積もりを取り、期間・スコープ・リスク対応費用の前提が各社でどう異なるかを精査することをお勧めします。あわせて、社内に業務プロセスの意思決定を担うPMO(プロジェクトマネジメントオフィス)機能を設置し、ガバナンスを徹底することも重要です。フルスクラッチという大きな投資判断を行う以上、「なぜパッケージ再導入ではなくフルスクラッチを選ぶのか」という理由を、コア業務への該当性という観点から社内で明確に言語化し、経営層と合意形成しておくことが、プロジェクトを最後までやり切るための土台になります。

多重下請け構造・再委託リスクへの契約上の備え

フルスクラッチのような大規模開発案件では、元請けとなる大手SIerが受注した後に、実作業を二次請け・三次請けの中小SIerやフリーランスに再委託する多重下請け構造が生じやすくなります。多重構造の階層が深くなるほど中間マージンが何重にも中抜きされ、実際に手を動かす現場に支払われる費用が目減りするだけでなく、引継ぎ不足・品質管理の不一致によるトラブル拡大のリスクも高まります。開発完了後に実作業を担った下請け企業のメンバーがプロジェクトから離脱してしまうことも多く、キーパーソン交代時の引き継ぎが不十分だと、リリース後の運用や不具合対応が困難になる属人化・ブラックボックス化を招きます。契約段階で再委託の可否・範囲・責任の所在を明確に定義し、発注者自身が常にプロジェクト全体をコントロールできる状態を維持する当事者意識が、フルスクラッチのような長期・大規模案件では特に重要になります。

経営判断を誤らないための投資判断プロセスとガバナンス

経営判断を誤らないための投資判断プロセスとガバナンス

最後に、フルスクラッチという重い投資判断を経営層が誤らないための、判断軸とガバナンス体制を整理します。

ポートフォリオマトリクスによるコア/非コアの経営判断

コンサルタントが提示すべき判断軸は、「投資対効果(ROI)」「プロジェクト期間」「移行リスク」の3軸、および「システムのビジネス価値(競争力への寄与度)」と「改修の難易度(技術的負債)」による4象限のポートフォリオマトリクスです。フルスクラッチを選ぶべきなのは、ビジネス価値が高く自社の差別化の源泉となるコアシステム領域に限られ、総務・人事・会計等のバックオフィスやコモディティ(非競争)領域にフルスクラッチを適用すると過剰投資となりROIが著しく悪化します。経営資源が限られる中堅・中小企業では、原則としてパッケージ/SaaSを優先すべきであり、大企業であっても全システムを俯瞰したポートフォリオマトリクスを作成し、どの領域にフルスクラッチの投資を集中させるべきかを可視化したうえで経営会議に諮ることが、感情論に流されない投資判断を可能にします。

ステアリングコミッティ・変更管理による投資超過の防止

フルスクラッチ開発における費用超過の最大の原因は、要件定義後に発生する仕様変更・追加要件です。これを防ぐには、要件定義フェーズに十分なリソースを集中させ、現場ヒアリングを徹底してスコープクリープを未然に防ぐことが第一歩です。それでも発生する仕様変更については、口頭での「ちょっとした追加」で済ませず、必ず変更要求として起票し、影響範囲の調査、工数・費用の見積もり、経営層を含むステアリングコミッティでの審議・承認というプロセスを経てから実施するルールを徹底することが重要です。あわせて、予備費として全体予算の10〜20%を確保しておくことで、想定外の仕様変更が発生した場合にもプロジェクト全体の予算超過を防ぐバッファとして機能し、経営層が投資判断の一貫性を保ちながらプロジェクトをコントロールし続けられる体制を築くことができます。

まとめ

基幹システム/ERP刷新のフルスクラッチまとめ

本記事では、基幹システム/ERP刷新におけるフルスクラッチ・オーダーメイド開発について、フルスクラッチという経営判断の位置づけ、なぜ企業がパッケージでなくフルスクラッチを選んでしまうのかという組織的・商習慣的な理由、全社ステークホルダー合意形成とFit to Standardを巡る現場との調整、フルスクラッチにおけるベンダー/SIer選定と多重下請け構造への対処、そして経営判断を誤らないための投資判断プロセスとガバナンスを体系的に解説しました。技術的な実装方法やカスタマイズ率と費用の関係は基幹システム/ERPのモダナイゼーションの記事に譲るとして、本記事で強調したいのは、フルスクラッチという選択は技術的な最適解である以上に、経営層のリーダーシップと組織文化の問題であるという点です。ポートフォリオマトリクスで投資領域を明確にし、ステアリングコミッティによる変更管理を徹底しながら、コア業務にのみフルスクラッチ投資を集中させることが、基幹システム/ERP刷新を成功に導く鍵となります。

▼全体ガイドの記事
・基幹システム/ERP刷新の完全ガイド

株式会社riplaでは、IT事業会社出身のプロフェッショナルが「Impact-Driven型支援」を通じて、プロダクトやシステムの納品・提供を目的とせず、お客様と同じ目線で、事業成果の達成をゴールとして、高品質なDX/開発支援をいたします。

また、当社独自の開発テンプレート「Boxシリーズ」による標準機能の高速開発と、AI駆動開発の独自フレームワーク「GoDD」による独自機能のAI実装を組み合わせることで、低コスト・短期間で開発を実現いたします。

もし、システム開発やプロダクト開発に関するご要望がございましたら、お気軽にお問い合わせください。

・サービス概要資料のURLはこちら >>>
・お問合せページのURLはこちら >>>
・お役立ち資料のURLはこちら >>>

執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。