在庫管理システムのリアーキテクチャの選定ポイント/選び方/種類

選定では、自社の技術的負債と開発体制から移行範囲を決めることが要点です。移行方針の種類を知り、比べる軸を押さえると、選択肢を絞り込めます。候補の比較は、境界設計、イベント基盤、コスト対効果と体制の軸で行います。

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選定前に整理すべき自社の技術的課題

まず、製品や事例を集める前に、在庫管理システムのどこに技術的負債が集中しているかを特定します。負債の所在によって、必要なアプローチも投資の妥当性も大きく変わるためです。

在庫計算ロジックの密結合とバッチ依存の切り分け

在庫引当のロジックが受発注や決済の処理と密結合になっている場合は、ドメイン境界の再設計が優先課題になります。一方、拠点間の在庫連携が夜間バッチに依存し、日中の在庫数がずれる場合は、同期の即時性そのものが課題です。

この2つは技術的に重なる部分もありますが、どちらが自社にとって切実かで、最初に着手する範囲が変わります。特に、両方を同時に完璧に解決しようとすると、要件が膨らみすぎてプロジェクトが停滞しやすくなります。

負債の所在を切り分けるには、直近半年程度の障害チケットや問い合わせ内容を洗い出すと判断材料になります。そのうえで、在庫数の不一致に関する問い合わせが拠点間の連携に集中しているのか、改修のたびに関連機能まで動作確認が必要になっているのかを分けて集計します。こうすると、どちらの負債が業務をより圧迫しているかが見えてきます。

トラフィック規模と開発体制から見る投資の妥当性

イベント駆動アーキテクチャへの投資が見合うのは、在庫の二重販売が事業に大きな影響を与える規模で、アクセスが集中しやすく、相応の開発体制を維持できる企業です。

開発者の人数が少ない組織がフルスクラッチでマイクロサービス化を無理に進めると、組織構造とシステム構造が噛み合わず、分割そのものが破綻する要因になります。だからこそ、自社の規模が投資の見合う規模と、急がなくてよい規模のどちらに近いかを、選定の出発点として押さえておくことが大切です。

一方で、取引量がそれほど多くなく、既存の開発体制で日常の改修を回せている場合は、リアーキテクチャそのものを急ぐ必要はありません。その場合は、まず負債が最も深刻な一部分に絞った小規模な段階移行から着手し、効果を確認しながら投資判断を積み上げていく進め方が現実的です。

ポイント

密結合とバッチ依存のどちらが業務を圧迫しているかを先に見極め、取引量と開発体制に見合う範囲から着手するのが判断の目安です。

リアーキテクチャアプローチの3つの種類

段階移行型、ビッグバン移行型、コア・サテライト型の移行方法を3枚のパネルで示した図
移行範囲と切り替え方に、各方式の違いが表れます。

移行方針は大きく、段階移行型、ビッグバン移行型、コア・サテライト型のハイブリッドに分けられます。どの型を選ぶかで、リスクの取り方とプロジェクト期間の見立てが変わります。

ストラングラーフィグパターンによる段階移行型

既存のモノリスを稼働させたまま、その周囲に新しい在庫サービスを構築し、APIゲートウェイで一部店舗・一部チャネルからトラフィックを段階的にルーティングしていく方法です。並行稼働させながら整合性を確認できるため、問題が起きた際にすぐ旧システムへ戻せる点が利点です。さらに、現在のエンタープライズ・モダナイゼーションでは、標準的な進め方になっています。

段階移行にかかる期間はプロジェクトの範囲によって幅がありますが、パイロットからMVP、本番稼働までを合わせると1年前後を見込むケースが一般的です。そこで、移行対象の店舗やチャネルは、取引量が比較的少なく業務影響を限定しやすい拠点から選ぶと、想定外の不具合が出た場合の被害を抑えられます。

並行稼働の期間中は、新旧両方のシステムでデータを突き合わせるモニタリングの仕組みも用意しておくと、切り替え判断の材料になります。

ビッグバン移行型とコア・サテライト型のハイブリッド

一斉に切り替えるビッグバン移行型は、旧システムとの並行運用が不要な分だけ、短期間で完了できる可能性があります。ただし、切り替え後に問題が見つかった場合の影響範囲が大きいため、在庫管理システムのような基幹業務では避けられる傾向にあります。

コア・サテライト型は、独自の在庫引当ロジックなど競争優位に直結する部分だけを個別に作り込み、汎用的な決済処理や通知機能は既存のSaaSやAPIに任せる考え方です。そのため、すべてを同じ深さで作り替える方式に比べ、投資すべき領域を絞り込みたい企業に向いています。

実際には、3つの型を排他的に選ぶというより、コア・サテライト型の考え方を土台に、コア領域の移行手順としてストラングラーフィグパターンを採用する組み合わせが現実的です。自社の技術的課題と体制を踏まえ、無理のない移行速度を決めることが大切です。

ポイント

影響範囲の大きいビッグバン移行は避け、段階移行を軸に、競争優位になるコア領域だけを作り込む組み合わせを基準に考えます。

選定で比較すべき評価軸

境界設計、イベント基盤、コスト対効果と体制適合の3つの評価軸を並べた図
候補ごとに同じ観点を当てると、提案内容を見比べやすくなります。

方針の方向性が決まったら、実際に進める体制やパートナーを同じ評価軸で比べます。実績社数の多さだけでなく、提案内容を検証できる確認方法まで揃えておくことが大切です。

  • 境界設計:在庫ドメインを分ける単位
  • イベント基盤:重複や順序変更が起きたときの扱い
  • コスト対効果と体制:初期投資、保守負担、引き継ぎやすさを同じ条件で比べること

ドメイン境界設計とイベント基盤の信頼性

まず、在庫ドメインの境界をどのような手順で定義するか、ユビキタス言語の整理にどれだけの工程を割くかを見ておきます。そのうえで、実際にユビキタス言語の定義作業に立ち会い、机上の説明だけでなく、担当者が業務の言葉で境界を説明できるかを確かめます。

イベント基盤では、メッセージの順序保証と冪等性の担保、デッドレターキューの設計を確認します。あわせて、Sagaパターンによる補償トランザクションの実装実績も押さえておきます。「イベント駆動に対応」という説明からは、二重引当や売り越しを防ぐ仕組みが見えないため、具体策を求める必要があります。

デモでは、あえて疑似的な障害を発生させ、メッセージが重複配信された場合や順序が入れ替わった場合にどう振る舞うかを見ると、資料上の説明との差が見えてきます。

コスト対効果・体制適合・パートナー実績

初期投資の増加分と、独立スケーリングや保守効率化によって見込める中長期の削減効果を、同じ前提条件で比べます。加えて、投資回収までの期間感を提示できるか、自社の開発体制で運用を引き継げる設計になっているかも確かめておく必要があります。

外部パートナーを検討する場合は、類似の在庫ドメインでの境界設計やイベント基盤構築の実績があるか、PoC段階からアーキテクトが関与するかを確認すると、絵に描いた設計で終わるリスクを避けられます。なお、実績件数で判断すると、業種は近くても在庫ドメインの複雑さが大きく違うケースを見落とす恐れがあります。

可能であれば、提案時点で自社の複数拠点・複数チャネル特有の課題を簡単に共有し、どのような境界設計を想定するかの初期回答をもらうと、実力差が見えてきます。

ポイント

候補は同じ評価軸で比べ、実績社数だけで決めず、提案内容を検証できる確認方法まで揃っているかを判断の基準にします。

内製・外部パートナー・フルスクラッチの選び分け

内製と外部パートナーの役割分担は、どの部分を自社のコア業務とみなすかによって決まり、体制の組み方も変わります。

内製で対応できる範囲とスキルギャップ

ドメイン駆動設計やイベント駆動アーキテクチャの経験があるエンジニアが社内にいるかどうかは、内製で進められる範囲を大きく左右します。

経験が乏しいまま内製にこだわると、境界設計をやり直す手戻りが生じ、結果的に外部パートナーを後から巻き込むよりも時間がかかることがあります。そこで、設計初期だけ外部の知見を借り、実装以降を内製へ引き継ぐという役割分担も現実的な選択肢です。

社内に経験者がいる場合でも、日常の保守業務と並行して境界設計を任せると、どちらも中途半端になりがちです。専任に近い体制を一時的にでも確保できるかどうかで、内製の実現性も変わります。

コア業務とコモディティ業務の投資判断の分け方

独自の在庫引当ロジックや複雑なロケーション管理など、競争優位に直結するコア業務領域はフルスクラッチで作り込む価値があります。一方、一般的な決済処理や通知機能のようなコモディティ領域は、既存のSaaSやAPIをそのままカプセル化して利用する方が、開発と保守の負担を抑えられます。

すべてを同じ基準で自社開発しようとすると、投資対効果の低い部分にまで工数が割かれてしまいます。線引きは事業の成長にあわせて変わり、これまでコモディティ扱いだった機能が競争優位の源泉になることもあります。そのため、半年から1年ごとに区分を見直す機会を設けておくと、投資判断の精度を保てます。

ポイント

コア業務は自社で作り込み、汎用的な機能は既存のSaaSやAPIに任せる線引きを、社内の経験者の有無と合わせて決めるのが目安です。

RFPとPoCの進め方

RFPの対象範囲を定め、境界設計、二重引当防止、複数拠点間同期の3項目を検証する流れ図
RFPで決めた合格条件が、PoCの検証項目につながります。

RFPや比較資料の段階では見えにくい技術的リスクは、パイロットフェーズのPoCで洗い出します。ここで境界設計や整合性の甘さを見つけられるかどうかが、その後の手戻りの大きさを左右します。

RFPにおけるアーキテクチャスパイクの合格条件

RFPには、対象となる拠点・チャネルの数、現行の在庫連携方式、許容できる同期遅延の目安を記載します。想定トラフィックと開発体制の現状も書き添えます。

そのうえで、在庫ドメインの境界設計の妥当性検証、二重引当を防ぐ仕組みの検証、複数拠点間の同期プロトタイプ検証という3つのアーキテクチャスパイクを、どのような合格基準で確認するかを明記します。要件をすべて必須にすると評価が硬直するため、必須・推奨・将来検討の3段階に分けておくと運用しやすくなります。

あわせて、移行期間中の開発体制の稼働見込みや、既存の運用チームへの引き継ぎ計画もRFPに含めておくと、提案側が持続可能な体制を前提に見積もりを組み立てられます。

PoCでの境界設計とイベント整合性の検証

PoCでは、在庫ドメインが注文や決済から独立してデータを管理できているかをモックアップで検証します。続いて、残り1点の在庫を複数ユーザーが同時に購入しようとするケースで、Semantic Lockが機能するかと、後続処理の失敗時にSagaが在庫を安全に戻せるかを確認します。

検証では、ネットワーク遅延やプロセス強制終了を意図的に注入するカオスエンジニアリングの手法を使い、障害範囲がどこまで封じ込められるかも見ておくと、本番稼働後の不安を減らせます。

ポイント

RFPに合格条件を明記し、PoCで境界設計とイベント整合性を実際に動かして確かめたうえで、本格的な実装へ進むかどうかを判断します。

選定の失敗を避ける方法

よくある失敗は、技術トレンドや事例の華やかさに引っ張られ、自社の在庫ドメインの複雑さや開発体制の実情と切り離して手法を決めてしまうことです。

技術トレンドに頼らない手法選び

マイクロサービス化やイベント駆動アーキテクチャは、業務によって向き不向きがあります。たとえば、数分程度の同期遅延が許容できる業務であれば、常時稼働のイベント基盤を持たない定期バッチ同期の方が、複雑度とコストを抑えられる場合があります。

そのため、話題性の高い構成を選ぶ前に、自社が本当に即時整合性を必要としているかを見極める必要があります。具体的な製品・基盤の候補は、在庫管理システムのリアーキテクチャのパッケージ・クラウド製品一覧で紹介しています。

段階移行のロードマップと撤退基準

段階移行を選ぶ場合も、対象範囲を無計画に広げると、旧システムとの並行運用がいつまでも終わらなくなります。そのため、どの店舗・チャネルから始め、どの時点で次の範囲へ進むか、想定外の問題が見つかった場合にどこまで戻すかという撤退基準を、着手前に決めておくことが大切です。

撤退基準がないまま進めると、分散モノリス化の兆候が出ていても引き返すタイミングを逃しやすくなります。そこで、撤退基準には、想定外の性能劣化やデータ不整合が一定回数発生した場合に元の構成へ戻す、といった具体的な閾値を含めておくと、現場の判断に迷いが生じにくくなります。

導入前に確認しておきたいポイント

方針や比較軸を理解していても、着手の段になると細かい判断で迷うことがあります。

小規模な開発体制での段階移行

体制が小規模な場合は、対象範囲を一部の店舗や一部の機能に絞ったストラングラーフィグ型から始め、成果を確認しながら範囲を広げる進め方が現実的です。全社規模のフルスクラッチを一度に狙うと、体制とのミスマッチが生じがちです。

業務影響の大きさで決める着手範囲

在庫のずれや売り越しが最も業務に影響している範囲、あるいは変更頻度が高く改修のたびに全体へ影響が及ぶ範囲から着手すると、限られた投資で効果を確認しやすくなります。すべてのドメインを一度に分割しなくても、段階的に進められます。

パートナー選定における設計工程への関与度

実装の速さだけでなく、ドメイン境界の設計段階からアーキテクトが関与するか、PoCで境界設計の妥当性まで検証してくれるかを見ます。

設計を軽視して実装を急ぐパートナーは、後工程での手戻りの原因になりがちです。

まとめ

選定ではまず、在庫計算ロジックの密結合と拠点間バッチ依存のどちらが自社の技術的課題かを特定します。そのうえで、ストラングラーフィグ型、ビッグバン型、コア・サテライト型のいずれの方向性を取るかを決めます。

続いて、ドメイン境界設計、イベント基盤の信頼性、コスト対効果の軸で候補を比べ、体制と実績も確かめます。さらに、アーキテクチャスパイクを含むPoCで、境界設計と整合性の仕組みを実際に検証することが大切です。

課題診断からアプローチの絞り込みまで

在庫計算ロジックの密結合、拠点間の同期遅延、開発体制の規模という3つの視点から現状を診断し、段階移行を基本としながら、コア業務とコモディティ業務で投資判断を分けます。

評価軸を統一して候補を比べれば、話題性に左右されず進め方を決められます。

アーキテクチャスパイクを含むPoCでの最終確認

境界設計の妥当性、二重引当を防ぐ仕組み、複数拠点間の同期プロトタイプは、資料上の説明だけでなく実際に動かして検証し、最終判断してください。既存の枠組みの組み合わせで、自社独自の在庫ドメインや基幹システムとの連携を吸収しきれない場合は、個別のアーキテクチャ設計や実装支援が必要になることもあります。riplaは、選定段階の要件整理から段階移行の実装、既存システムとの連携までを支援しています。

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会社紹介

株式会社riplaでは、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを、構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルによる高い要件定義力・システム設計力を活かし、事業成果の最大化に伴走します。

また、当社独自の開発テンプレート「Boxシリーズ」による標準機能の高速開発と、AI駆動開発の独自フレームワーク「GoDD」による独自機能のAI実装を組み合わせることで、低コスト・短期間で開発を実現いたします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援し、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の最大化に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。