OMSのリアーキテクチャのフルスクラッチ・オーダーメイド開発について

OMSのリアーキテクチャとは、ECモールや自社ECなど複数の販売チャネルの受注情報を扱ってきた既存OMSを、アーキテクチャそのものから作り替える取り組みです。

フルスクラッチ・オーダーメイド開発は、その作り替えを自社の業務に合わせて一から行うことです。

  • 既製品の制約に縛られず、自社の競争力の源泉であるコアドメインを設計できる点に、フルスクラッチの意義があります。
  • モノリス構造を、受注・在庫・決済・配送のビジネスドメイン単位のマイクロサービスへ分解し、DDDで境界を定義します。
  • API-first設計で周辺システムとの連携仕様を先に固め、複数チャネルの受注を統合するイベント駆動アーキテクチャとクラウドネイティブな基盤を採用します。
  • OMSのモダナイゼーション、OMS刷新、OMS更改とは、フルスクラッチの扱いと経営判断の論点が異なります。
  • OMSのリニューアルとも異なり、DDD・API-first設計・クラウドネイティブな構造変更を扱います。

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OMSのリアーキテクチャの位置づけ(アーキテクチャ設計をフルスクラッチで行う意義)

同じ「フルスクラッチ」という言葉でも、判断の中身はまったく異なります。そのため、OMSのリアーキテクチャでフルスクラッチを検討するには、まず本記事の論点が隣接する記事群とどう違うのかを整理しておく必要があります。

モダナイゼーション・刷新・更改・リニューアルとの違い

「OMSのモダナイゼーション」は、フルスクラッチ(リビルド)を、既存OMSを廃棄してクラウドネイティブに再構築する技術的アプローチの1つとして捉えます。他の4つの手法(リホスト・リプラットフォーム・リファクタリング・リプレース)と並べて扱う総論です。

「OMS刷新」は、フルスクラッチかパッケージ・SaaSかという経営判断と、その意思決定を全社でどう合意形成するかに重心を置きます。「OMS更改」は、保守契約やハードウェアリースの期限が迫る中で、限られた時間内にビルドかバイかを判断する話です。「OMSのリニューアル」は、コールセンター受注画面や複数チャネル統合画面などのUI/UXをフルスクラッチで作り込む判断基準を扱います。

これに対し、本記事が扱う「リアーキテクチャ」のフルスクラッチは、経営判断や契約制約がクリアされた後に残る問いです。DDD・API-first設計・クラウドネイティブなマイクロサービスという構造そのものを、なぜ、どうやって自社でゼロから作り込むのかという、技術的な意義と難易度に焦点を当てます。

OMSがコアドメインである理由

OMSは、ECフロントエンド、在庫、決済、配送といった複数のシステムの中心(ハブ)となり、企業のビジネス競争力に直結するコアドメインです。受注受付から在庫引当、出荷指示に至る一連のロジックには、企業ごとの商習慣や分割出荷のルール、セット商品の在庫分解方法が含まれます。

このほか、複数チャネル間の在庫優先順位付けもあり、これらのロジックは業種や事業モデルによって大きく異なります。既製のSaaSやパッケージ製品は、多くの企業に共通する標準機能をカバーします。一方で、こうした自社固有の業務ロジックやスケーリング要件に完全に合わせることには、構造的な制約があります。

フルスクラッチ・オーダーメイドでリアーキテクチャを行う選択は、開発費の差という表面的な違いだけでなく、戦略的な意味を持つ判断です。自社の競争力の源泉であるコアドメインのロジックを、既製品の制約に縛られず自由に設計できるためです。

ポイント

同じフルスクラッチでも、経営判断や契約制約がクリアされた後に残る構造の設計として論点を見ると、他の記事で扱う判断と取り違えずに済みます。

DDDに基づくドメインモデリングをフルスクラッチで行う意義

ドメインモデリングを中央に置き、境界づけられたコンテキスト、ユビキタス言語、分散モノリスを注釈する図。
境界と共通語彙の設計が分散モノリスの回避に関わります。

フルスクラッチでOMSをリアーキテクチャする最大の意義は、DDDに基づくドメインモデリングを自社の実態に合わせてゼロから設計できる点にあります。その価値は、境界の引き方と業務用語の扱いという2点に表れます。

「分散モノリス」の回避と真の自律性の獲得

システムをマイクロサービス化する際、境界の設計を誤ると、あるサービスを変えるたびに他のサービスも修正・同時デプロイしなければならない「分散モノリス」に陥ります。既存パッケージの構造に引きずられて境界を引くと、この分散モノリス化のリスクが特に高まります。

フルスクラッチであれば、DDDの「境界づけられたコンテキスト(Bounded Contexts)」の考え方を用いて、区切りをゼロから定義できます。その区切りは、パッケージ製品の都合ではなく、自社の実際のビジネスプロセスに沿って引けます。たとえば「注文受付」「在庫引当」「出荷手配」といった単位です。

こうして境界を自社で決めると、各サービスは他サービスの実装詳細に依存せず、真に独立してデプロイ・拡張できる構造を実現しやすくなります。既存のパッケージやSaaSをベースにすると、境界の引き直しに構造的な制約が伴うことが多く、フルスクラッチならではの自由度が、長期的な保守性という点で大きな差を生みます。

ユビキタス言語によるビジネスと技術の直結

フルスクラッチでDDDを実践するときは、開発者と、現場の受注オペレーターやカスタマーサポート担当者などのビジネス担当者が共通の語彙、いわゆるユビキタス言語を定義します。それをコードやデータベースの設計に直接反映させるため、「分割出荷」「引当保留」「セット商品分解」といった現場の業務用語が、クラス名やAPIのフィールド名と一致した状態になります。

この一致の効果は大きく、ビジネス要件が変わったときに、どこを直せばよいかを業務用語から直感的に特定でき、迅速かつ正確に適応できます。

既存のOMSでは、パッケージ製品の内部構造がブラックボックスであるため、現場の言葉とシステムの実装が乖離しがちです。それと比べると、この直結性はフルスクラッチならではの明確な優位性です。

ポイント

境界の引き方と業務用語の扱いを、パッケージの都合ではなく自社の業務に合わせて設計できるかどうかが、判断の目安になります。

API-first設計で在庫・配送システム連携基盤をゼロから設計するメリット

APIのインターフェースを中央に置き、OMSのバックエンドと在庫・配送・フロントエンドの各チームを結ぶハブ図。
契約を先に共有すると各チームの作業を並行できます。

OMSは、在庫管理システムや配送管理システムといった周辺システムと絶えず通信します。そのため、この連携基盤をどう設計するかで、開発スピードと将来の柔軟性が大きく変わります。

開発の並行化と統合の高速化

API-firstでは、コードを書き始める前にAPIのインターフェース(契約)を定義し、関係者間で合意します。これにより、OMSのバックエンドの実装完了を待たずに、在庫システムチームや配送システムチーム、フロントエンドチームがモックサーバーを使って並行して開発を進められます。

フルスクラッチでこの連携基盤を設計する場合、既存パッケージのAPI仕様に縛られず、自社のドメインモデルに合った契約を最初から定義できます。そのため、パッケージ製品の標準APIを自社仕様へ無理に変換するアダプタ層を作り込む必要がありません。

最新の指標では、API-first開発を採用することで、従来のアプローチに比べて統合が3.9倍、変更への対応が5.6倍高速化されることが実証されています。これは、フルスクラッチの初期投資を正当化する効果の一つです。

将来のリプレイスに耐える疎結合設計

API-firstでは、APIを内部実装の付随物ではなく「第一級のプロダクト」と位置づけます。連携先の在庫システムや配送システムを消費者と見立て、消費者中心の設計を行います。

この設計思想を徹底すれば、将来、在庫システムや配送システムが別の技術スタックへリプレイスされても、契約(コントラクト)さえ維持されていればOMS側の実装には影響が及びません。堅牢な疎結合を保てます。

フルスクラッチで自社が主導してこの契約を設計しておくと、特定ベンダーのパッケージ仕様に依存しない、長期的なアーキテクチャの独立性も確保できます。さらに、周辺システムの入れ替えサイクルをOMS本体の改修サイクルから切り離せる点は、ゼロからのAPI設計がもたらす、見えにくいものの戦略上の大きなメリットです。

ポイント

連携の契約を自社で最初から定義できるか、周辺システムの入れ替えとOMS本体の改修を切り離せるかが、判断の目安になります。

内製化に伴う技術的難易度と必要なスキルセット(A-Team編成)

フルスクラッチでクラウドネイティブなマイクロサービスアーキテクチャを構築・維持する難易度は「非常に高い(Very High)」と評価されています。さらに、モノリスと比べると、初期のインフラ構築コストも40%高くなるとされています。

これを自社のエンジニアリング組織で成功させるには、専門人材をどう揃えるかが鍵になります。

プラットフォームエンジニア・SREに求められる専門性

フルスクラッチで内製化を成功させるには、高度なスキルを持つ専門人材の編成、いわゆる「A-Team」が欠かせません。プラットフォームエンジニアには、Kubernetesによるコンテナオーケストレーションや、Istioなどのサービスメッシュの設計と運用が求められます。さらに、CI/CD(継続的インテグレーション/継続的デプロイ)の完全な自動化パイプラインを構築する、深い専門知識も必要です。

Site Reliability Engineer(SRE)には、分散システムで単一の障害が全体に波及するのを防ぐサーキットブレーカーの実装が求められます。加えて、リクエストの軌跡を追う分散トレーシング(OpenTelemetry・Jaeger等)や複雑なログ集約といった「可観測性」スタックを構築・維持するスキルも必須です。

これらの役割を担える人材を社内に確保するか、育成するかの判断は、フルスクラッチを選ぶ際に必ず検討すべき事項です。

分散システムに精通したソフトウェアエンジニアの必要性

A-Teamには、分散システムに精通したソフトウェアエンジニアも欠かせません。複数のデータベースにまたがる処理を整合させる「Sagaパターン」や「CQRS」、KafkaやRabbitMQなどを使う非同期通信のイベント駆動アーキテクチャを扱えることが必要です。さらに、同じイベントを2回処理しても安全な冪等性を実装できることも求められます。

こうした人材は市場でも希少で、採用競争も激しいものです。そのため、内製化を選ぶ企業の多くは、コアとなる数名を採用または社内で育成します。初期のアーキテクチャ設計だけは、実績豊富な外部パートナーと伴走して進める、ハイブリッドな体制が現実的な選択肢になります。

フルスクラッチを選んでも、すべてを自社人材だけで完結させる必要はありません。DDDやイベント駆動アーキテクチャの設計知見を外部から取り込みながら、運用フェーズに向けて徐々に内製比率を高めていくことが、リスクを抑えた内製化の進め方です。

ポイント

プラットフォームエンジニア、SRE、分散システムに精通したエンジニアを社内で確保できるか、外部と伴走しながら育てられるかが、内製化の判断の目安になります。

フルスクラッチを選ぶべき組織規模とROIの損益分岐点

エンジニア組織50名以上、1日のリクエスト数100万回超、コアドメインとしての競争優位性を示す3つのパネル図。
数値の目安と事業上の強みを合わせて見ます。

フルスクラッチによるリアーキテクチャが投資対効果を生むのは、どの程度の組織規模からなのかを、目安とともに見ておきます。

組織規模50名・日次100万リクエストという推奨閾値

フルスクラッチで構築した高度な技術基盤には、運用の負担(プラットフォームエンジニア・SRE・分散システムエンジニアの人件費を含む「マイクロサービス税」)がかかります。これを吸収して投資対効果をプラスに転じさせるには、「エンジニア組織が50名以上」で、かつ「1日のリクエスト数が100万回を超える」規模のトランザクションがあることが条件になります。

この組み合わせが、エンタープライズ領域における明確な推奨閾値とされています。Conwayの法則、すなわちシステムの構造が組織のコミュニケーション構造を反映するという原則にも沿った基準です。小規模な開発チームがこの規模の技術基盤を抱えると、機能開発よりも保守運用にリソースを奪われるリスクが高まります。

自社のエンジニア組織の人数と、日々処理している受注トランザクション量を照らし合わせ、この閾値に届いているかを、フルスクラッチの妥当性を判断する最初のチェックポイントとして見るべきです。

パッケージ・SaaSとの比較で判断する視点

組織規模やトランザクション量が閾値に届かない企業でも、OMSのコアロジックが競争優位の源泉である場合や、既製パッケージのAPI仕様では在庫・配送システムとの連携要件を満たせない場合があります。そうした事情があるなら、対象範囲を絞った部分的なフルスクラッチと、標準機能をパッケージ・SaaSに任せるハイブリッドなアプローチを検討する余地があります。

逆に、標準的な受注処理フローで業務が十分に回る企業や、エンジニア組織の採用・育成に時間的余裕がない企業もあります。そうした企業では、無理にフルスクラッチを選ばず、パッケージ製品のカスタマイズやリプラットフォームといった、より運用負荷の低い技術的アプローチを取るほうが合理的です。

フルスクラッチは、あくまで手段の一つです。自社の組織規模、技術投資の余力、コアドメインとしての競争優位性という3つの観点で総合的に判断することが、後悔のないアーキテクチャ選定につながります。

ポイント

エンジニア組織の人数と日々の受注トランザクション量が推奨閾値に届いているかを見てください。届かない場合は、部分的なフルスクラッチやハイブリッドも検討の対象になります。

まとめ

ここまで、OMSのリアーキテクチャにおけるフルスクラッチ・オーダーメイド開発を、位置づけから組織規模の判断まで順に見てきました。

フルスクラッチの意義は、既製パッケージの制約に縛られず、DDDによる自然な境界設計とAPI-firstによる将来にわたる疎結合を、自社のコアドメインとして作り込める点にあります。

一方で、内製化の難易度は非常に高く、初期インフラ構築コストもモノリス比で40%高くなります。そのため、エンジニア組織50名以上・日次100万リクエスト超という推奨閾値に照らし、A-Teamの編成可否も含めて慎重に判断する必要があります。

自社の組織規模とコアドメインとしての競争優位性を見極めたうえで、DDD・API-first設計・クラウドネイティブアーキテクチャの実装実績が豊富なパートナーに、早めに相談することをお勧めします。

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会社紹介

株式会社riplaでは、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを、構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルによる高い要件定義力・システム設計力を活かし、事業成果の最大化に伴走します。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援し、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の最大化に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。