TMSのモダナイゼーションのPoC・プロトタイプ・モックアップ開発について

TMSのモダナイゼーションにおけるPoCは、既存の輸送業務を新しい環境で正確に再現できるかを確かめる検証です。特に、データ移行、連携切替、並行運用の3点を本番相当の条件で確認する必要があります。

対象は、オンプレミス環境や個別化したEDI連携で稼働している既存TMSを、クラウドネイティブな環境や最新アーキテクチャへ刷新するブラウンフィールドの取り組みです。新規導入のPoCとは違い、次の論点を中心に整理します。

  • 移行の正確性:輸送実績データと運賃マスタを、新しい環境へ誤りなく移せるか。
  • 連携の継続性:配送業者・傭車先との既存の連携を、無理なく切り替えられるか。
  • 業務の継続性:新旧システムを並行運用しても、結果がずれずに揃うか。

この3点を確かめずに本開発へ進むと、運賃計算の不一致やEDI連携の停止につながるおそれがあります。加えて、PoCの位置づけや失敗時の影響範囲、5つの技術的アプローチ(5R)ごとの検証内容も説明します。

本テーマの全体像は、以下の記事をご覧ください。

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・TMSのモダナイゼーションの完全ガイド

TMSのモダナイゼーションにおけるPoCの位置づけ

新規導入PoCの業務フローの実現可能性と、TMSモダナイゼーションPoCの移行の正確性を左右に比べた図。
既存業務を引き継ぐ方式では、移行の確かさが検証の中心になります。

モダナイゼーションのPoCが何を検証するのかを理解するには、新規導入のPoCや総論記事が扱うPoCとの違い、そして失敗した場合の影響範囲を押さえておく必要があります。

新規導入PoC・総論モダナイゼーションPoCとの違い

「TMS開発」記事が扱う新規導入のPoCは、まだ存在しない業務フローを対象にします。「この配車ロジックで本当に現場の業務が回るか」「配送ルートは実際の道路事情・納品先の制約に合っているか」を、実データを使って一から検証するものです。

一方、「システムのモダナイゼーション」総論が扱うPoCは、対象システムの種類を問わず、選定した技術的アプローチ(5R)が技術的に実現可能かどうかを検証するものです。いわば移行手法そのものの実現可能性検証に重心を置いています。本記事が扱うTMSのモダナイゼーションPoCは、この両者の中間に位置づけられ、「移行の正確性」を検証することが最大の目的になります。

すでに存在する輸送実績データ・運賃マスタ、配送業者・傭車先との取引ルールは、前提として扱います。そのうえで、それを新しい環境へ正確に移せるか、旧EDI連携が新環境でも問題なく機能するか、新旧並行運用で配車計画・運賃計算の結果がずれないかを確かめます。単に画面が動くかどうかではなく、今と同じ輸配送オペレーションを新環境で再現できるかを見る点が、特有の視点です。

失敗時の影響範囲(配車停止・運賃誤請求・取引先連携への波及)

TMSのモダナイゼーションでPoCを軽視できないのは、失敗した際の影響が単一システムにとどまらないためです。TMSは上位のWMS(倉庫管理システム)から出荷指示データを受け取り、配送業者・傭車先へ配車指示を出し、実績データを会計・販売管理システムへ渡します。この連携が正しく機能して初めて、出荷から配送完了・請求までの全体プロセスが成立します。

移行後の運賃計算にわずかなずれが生じれば、荷主・取引先への誤請求や、逆に自社の収益を損なう過小請求につながりかねません。さらに深刻なのは、配送業者・傭車先とのEDI連携が引き継げず、配車指示や実績データのやり取りが止まってしまうことです。TMSは単独で稼働することが稀なため、連携先の一つでトラブルが起きても、輸配送業務全体が滞りかねません。

新規導入なら稼働前に検証期間を取りやすい一方、モダナイゼーションでは既存の輸送業務を止められないため、限られた時間で実効性の高いPoCを設計することが成否を左右します。道路の幅員制限や納品先の暗黙のローカルルールなど、配車担当者の頭の中にしかない暗黙知が多く、机上での要件定義は困難です。このため、運用実態を無視した検証では、移行時に「想定外の例外パターンで配車計画が破綻する」事態を招きかねません。

ポイント

PoCで確かめるのは、画面が動くかではなく、今と同じ輸配送業務を新しい環境で再現できるかです。失敗時に誤請求や連携の停止まで広がる規模なら、その影響に見合うだけ検証を手厚くするのが判断の目安です。

輸送実績データ・運賃マスタ移行のPoC・リハーサル

データ移行PoCの確認対象として、本番相当のデータ、データクレンジングルール、I/F・データ変換仕様、実際の請求パターンを並べた図。
移行検証では、データの中身から請求計算まで確認範囲が広がります。

モダナイゼーションPoCの中核をなすのが、既存の輸送実績データ・運賃マスタを新環境に移すデータ移行の検証です。本番移行での失敗を防ぐために、事前のリハーサルで何を確認すべきかを見ていきます。

マスタデータ・実績の移行検証

データ移行のPoCでまず検証すべきなのは、顧客データ、配送マスタ、独自の運賃ルールといった既存の輸送実績データ・運賃マスタが、過去のルート設定を含めて新システムへ正確に移行できるかという実機検証です。デモ用の綺麗なダミーデータではなく、実際に運用してきた本番相当のデータを使うと、机上の検討では見えなかった課題が浮かび上がります。

長年運用してきたTMSでは、既存システムやExcel・紙伝票で属人的に管理されている顧客情報や複雑な運賃ルールが散在し、フォーマットも統一されていないことが珍しくありません。この検証を省略して机上の想定だけで本開発に進むと、新システム稼働後に配車計画の精度が下がり、システムが使い物にならなくなるトラブルが起きます。

PoCの段階で実際にデータクレンジングルールを適用すると、どの程度のデータが自動処理で整理でき、どの程度を人手で確認する必要があるかを定量的に把握できます。この実測値は、本開発のスケジュールと費用を精緻化するうえで、非常に価値のある情報になります。

I/F・データ変換仕様の確認

データ移行のPoCで次に重要なのは、既存の基幹、会計、販売管理システムとの間で、データの受け渡し方法(API、EDI、CSVなど)やデータ変換仕様に食い違いがないかを確かめるI/F検証です。特に運賃マスタは、顧客・拠点・車両サイズ・配送距離の組み合わせで金額が決まり、構造が複雑になりがちです。

旧システムの計算ロジックを新システムでどう再現するかの変換仕様が、実データに対して正しく機能するかを検証する必要があります。複数拠点・事業部で運賃ルールを個別に運用してきた場合、この変換検証は想定の数倍の工数になることも実務上よく見られます。また、旧システムのデータベースへ自社から直接アクセスできない契約も多く、移行テストのたびに旧ベンダーへデータ抽出を依頼する必要があります。

その抽出のたびにスポット費用が発生することもあるため、PoCの計画段階で抽出条件を旧ベンダーと事前に確認しておくことが望ましいです。標準的な運賃体系だけでなく、燃料サーチャージ・待機料金・附帯作業料といった変動要素を含む実際の請求パターンを網羅的に検証することが重要です。これを省くと、稼働後にイレギュラーな請求で計算が合わず、荷主・取引先からの信頼を損なうおそれがあります。

ポイント

本番相当のデータで変換を流し、旧システムの結果と合うかを確かめることが判断の目安になります。抽出条件や変動要素を含む請求パターンを省くと、稼働後に計算が合わないおそれがあります。

配送業者・傭車先との連携切替リハーサルと並行運用検証

データが正しく移行できたら、次は実際の運用に近い形で新旧システムを並行運用し、稼働中の輸送業務を止めずに検証します。TMS特有の検証ポイントは2つあります。

連携モジュールの動作確認とExit Criteria

段階移行を行う場合は、新旧双方のシステム間を中継・同期する一時的な「連携モジュール」が正常に機能するかの検証が欠かせません。並行運用では、新旧両方のシステムに同じ配車データ・運賃データを反映させ、配車計画や運賃計算の結果が一致し続けるかを継続的に監視します。

並行運用を成功させる鍵は、検証項目と合格基準(Exit Criteria)を数値であらかじめ定義しておくことです。具体的には、並行稼働中に新旧システムで出力された配車計画・運賃計算の結果が完全に一致するか(データ整合性の完全一致)を検証項目にします。これらの合格水準を事前に決めておくと、PoCの結果を感覚ではなく事実に基づいて評価できます。

もう一つは、実データ移行から現場の操作、配送業者・傭車先とのシステム間連携までを、本番と同じ手順で模擬環境において完遂できるか(本番同様の移行リハーサルの完遂)です。配車担当者・ドライバーへの指示は新TMSからのみ出す「指示系統の一本化」を並行運用中も徹底し、どちらのシステムの数字を正とするかを現場・取引先に明確に伝えておくことも欠かせません。

切り戻し(ロールバック)計画の検証

万が一致命的な問題が起きた場合に備え、旧システムへ切り戻す「ロールバック計画」では、誰が判断するか、戻す手順が機能するか、戻した後の連絡をどう回すかを、PoCの段階で確かめておきます。

  • 判断者と手順:切り戻すかを判断する意思決定権限者をあらかじめ合意し、切り戻し手順が機能するかをリハーサルで確かめる。
  • 契約の維持:旧システムのライセンス契約・回線契約は、新TMS稼働後も最低3ヶ月は解約せずに残す。
  • 当日の連絡体制:切り替え当日に連携が機能しない場合に備え、休日も直通で対応できるオンコール体制とエスカレーションルートを、取引先も含めて取り決める。
  • 連絡と指示系統:旧システムに戻す場合に配送業者・傭車先へどう連絡を回すか、当日配送中の車両の指示系統をどちらに一本化するかを、シミュレーションする。

これは、想定外の事態に備える現実的な対策です。特に見落とされがちなのが、旧TMSのサーバーや旧EDI回線を、新TMS稼働後どのタイミングまで維持するかという点です。

この維持期間中の二重コストも、PoCの段階でプロジェクト予算に織り込んでおく必要があります。技術的に戻せるかの確認だけでは足りません。

ポイント

並行運用では、合格基準を数値で事前に決めておくことが判断の目安です。切り戻しの判断者と手順、旧システムや回線を残す期間もあわせて決め、予算に織り込んでおきます。

技術的アプローチ別に見るPoCの違い・成功のポイント

3つの技術的アプローチごとに、PoCで検証するデータ構造と処理速度、機能等価性、Fit to Standardを示した図。
選択する方式によって、PoCで確かめる論点が分かれます。

リホスト・リプラットフォーム・リファクタリング・リビルド・リプレースという5つの技術的アプローチ(5R)は、どれを選ぶかによってPoCで検証すべき内容が変わります。加えて、PoCを成功させるための体制づくりも取り上げます。

マイグレーション系とリファクタリング・リビルドでのPoCの違い

リホストやリプラットフォームは配車・運賃のロジックを変えないため、従来どおりのデータ構造と処理速度が移行先で保てるかを確かめます。既存の運賃マスタ・輸送実績データベースを新しいインフラ上に構築し、配車件数に近い負荷で処理速度が業務に耐えるかを検証します。既存のバッチ処理や連携インターフェースがエラーなく動くかの確認も、中心になります。

一方、リファクタリングやリビルドはロジックに手を入れるため、旧システムと同じ処理結果を返すかという機能等価性(回帰検証)が問われます。同一の配車条件・運賃条件を新旧両方に投入し、配車計画や運賃金額が一致するかを網羅的に検証します。手作業では工数が膨大なため、本番相当のデータから検証スクリプトを自動生成するツールやAIを使い、効率化する動きも広がっています。

リプレース(SaaS・パッケージへの移行)では、既存の運賃計算ロジックをどこまで標準機能で再現できるか(Fit to Standard)の検証が主眼になります。標準機能で対応できない部分をアドオン開発で補うか、業務側のルールを標準機能に合わせるかを、PoCの結果を踏まえて早期に判断することが、後工程の手戻りを防ぐポイントです。

PoCを成功させるための体制づくり(現場の反発対策)

PoCを実りあるものにするには、配車担当者・ドライバー・情報システム部門、配送業者や傭車先の担当者を早期に巻き込む体制が欠かせません。配車業務は、道路の幅員制限や納品先の暗黙のローカルルールなど、担当者の頭の中にしかない暗黙知が多い業務です。このため、机上だけで移行仕様を固めると、「実際の現場では使えないシステム」ができ上がるリスクが高まります。

現場の反発をどう抑えるか、関係者をどう巻き込むかが、体制づくりの要になります。

  • 反発の強さ:使い慣れた既存システムから変える理由への反発が、モダナイゼーションでは強くなりやすい。
  • 現場目線の成功体験:「手書きの運賃計算が不要になった」といった小さな成功を、PoCの段階で示せるかが定着化の鍵です。
  • 関係者の巻き込み:情報システム部門やベンダーだけで完結させず、検証の設計や参加を関係者に求める。

システム導入で現場から反発を受ける企業は約50%に達し、そのうち15%は現場拒絶でシステムがお蔵入りするというデータもあります。現場の視点が抜けたままだと、「これでは現場で使えない」と本開発の途中や稼働後に発覚しがちです。計画段階から関係者を巻き込むことが、稼働後の混乱を防ぐ前提になります。

特に配送業者・傭車先は社員ではないため、切替スケジュールや検証で得られるメリット(連携作業の簡素化・請求データの正確性向上等)を丁寧に説明し、協力を得られる体制を早期に整えます。

ポイント

PoCで重点を置く内容は、選んだ技術的アプローチによって変わります。関係者を早い段階から巻き込めるかどうかも、本開発に進む前の判断材料になります。

まとめ

TMSのモダナイゼーションにおけるPoC・プロトタイプ・モックアップについて、PoCの位置づけや失敗時の影響範囲、データ移行や連携切替の検証、5つの技術的アプローチ別の違いを解説してきました。

TMSのモダナイゼーションのPoCは、新規導入のように「何を作るか」を確かめるのではありません。既存の輸送実績データ・運賃マスタを正確に移し、連携システムと並行運用が問題なく機能するかという「移行の正確性」を検証することに主眼があります。

マスタデータ・実績の移行検証、I/F・データ変換仕様の確認、切り戻し計画の検証が、稼働後のトラブルを未然に防ぐ鍵となります。合格基準(Exit Criteria)は数値で定めておき、データ整合性の完全一致と本番同様リハーサルの完遂を見ます。

まずは対象を絞ったPoCで、自社の輸送実績データ・運賃マスタと配送業者・傭車先との連携の移行手順を検証し、確かな判断材料を得てから本開発に進むことをお勧めします。特に、複数拠点・複数事業部を抱える企業ほど、最も課題が大きい1拠点・1事業部に絞ってPoCを行い、そこで得た知見を横展開するのが現実的です。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援し、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の最大化に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。