医療・介護業界では、慢性的な人手不足と業務過多が深刻な課題となっています。医師の業務時間のうち約40%が電子カルテの記載に費やされているとされ、介護職員も記録作成や夜間巡視といった直接ケアに関わらない業務に多くの時間を割かれています。こうした構造的な課題を解決する手段として、AIエージェントの活用が急速に広まっています。
本記事では、医療・介護業界においてAIエージェントが実際にどのように活用されているかを、診療支援・記録の自動化・問い合わせ対応といった領域ごとに具体的な事例を交えてご紹介します。導入を検討している医療機関・介護施設の担当者の方にとって、現場のリアルな活用イメージと導入のポイントをつかんでいただける内容となっています。
AIエージェント開発・活用の全体像は、以下の完全ガイドで体系的に解説しています。
▼全体ガイドの記事
・医療・介護業界AIエージェント開発・構築の完全ガイド
医療・介護業界でAIエージェントが求められる背景

日本の医療・介護業界は、少子高齢化による患者・利用者数の増加と、働き手の不足という二重の課題に直面しています。2026年には医師の時間外労働上限規制が本格施行され、限られた人員でいかに質の高い医療・ケアを提供するかが、現場の最優先課題となっています。こうした背景から、AIエージェントを活用した業務効率化への関心が急速に高まっているのです。
医師・看護師が抱える業務負担の実態
医師が診療外業務に費やす時間は膨大で、電子カルテの入力・更新だけで1日の業務時間の約40%を占めるという調査結果があります。加えて、紹介状・診断書・各種証明書の作成、問い合わせへの電話対応、学会資料の準備など、医療行為以外の事務的業務が積み重なっており、「本来の診療に集中できない」という声は全国の医療機関で共通の悩みとなっています。看護師においても、服薬管理の確認や患者家族への説明、記録業務が業務時間の大きな割合を占め、直接的なケアに専念しにくい状況が続いています。
介護現場での人手不足と記録業務の負荷
介護業界では、2040年には介護職員が約69万人不足するとの試算も出ており、現場では少ない人員でより多くの利用者を支える「生産性向上」が急務となっています。介護職員の業務のうち、日々の介護記録作成やケアプランの更新、ヒヤリハット報告書の作成などの書類業務が大きな負担となっており、これがケアの質低下や職員の離職につながる悪循環を生んでいます。厚生労働省も2024年度介護報酬改定において、AIや介護ロボットの活用による業務効率化を政策として推進する方向を明確に打ち出しました。
診療支援でのAIエージェント活用事例

診療支援の分野では、AIエージェントが患者の状態を事前に把握する問診補助から、診察中の情報整理、さらには診断精度を補助する画像解析まで、幅広い場面に活用されています。医師が「本来の診療判断」に集中できる環境をつくることが、AIエージェント活用の核心的な価値といえます。
AI問診・トリアージ支援の実例
大阪国際がんセンターでは、患者がスマートフォンやタブレットを通じてAIアバターと対話しながら問診内容を入力できる「問診生成AI」を実運用しています。この仕組みにより、医師は診察前に患者の状態を把握しやすくなり、問診情報の整理時間が削減されただけでなく、緊急度の高い患者を早期に識別するトリアージ精度の向上にもつながっています。福岡和白病院でもUbieの「AI問診」を導入しており、来院前の事前入力でピーク時の受付がスムーズになったほか、薬情報の転記ミスによる安全リスクも低減されたと報告されています。AI問診の特徴は、患者が自身のペースで症状や既往歴を入力できるため、医師との対話時間を本質的な診断に集中させられる点にあります。
画像診断支援AIの活用と診療報酬加算
画像診断の領域では、AIが胸部X線やCT画像を自動解析し、がんの疑いのある病変や骨折・脳出血などの異常所見を素早く検出する活用が進んでいます。2024年度の診療報酬改定では、AIを活用した画像診断支援について新たな加算が設けられ、医療機関にとってAI導入のコストを回収しやすい制度的な後押しが整ってきました。Googleが発表したMed-Geminiは、医師国家試験レベルの問題で専門医を上回るスコアを記録しており、AIの診断補助能力は今後さらに向上が期待されています。AIエージェントはこうした画像解析結果を電子カルテに自動連携し、医師が診断根拠を確認しながら診察を進められる環境を提供します。
臨床サマリーの自動生成による診察前準備の効率化
AIエージェントは、問診票・既往歴・検査結果・処方履歴などを自動で集約・整理し、医師が診察前に把握すべき要点を短時間でまとめた「臨床サマリーレポート」を自動作成する機能も持っています。これにより、医師は患者の状態を診察室に入る前に把握した状態で診察に臨めるため、初診・再診を問わず一人ひとりの患者に対してより深い診療が可能になります。特に複数の慢性疾患を抱える高齢患者の診察では、情報量が多くなりがちですが、AIが要点を整理することで診察の質と速度を両立できます。
診療・介護記録の自動化事例

記録業務の自動化は、医療・介護双方において最もすぐに効果が出やすい領域の一つです。音声入力やAIによるテキスト化・整理を組み合わせることで、記録作業にかかる時間を大幅に削減しながら記録の質を均一に保つことが可能になります。
電子カルテ自動記載・要約の事例
「medimo(メディモ)」は、患者との会話をもとに約5秒でカルテを自動作成するAIクラークサービスで、全国300件以上の医療機関に導入されています。音声認識によって診察中の会話を自動でテキスト化し、SOAPフォーマットに沿って整理することで、診察後のカルテ記入作業をほぼゼロに近づけることができます。「カルテ残業ゼロを実現した」という声も寄せられており、特に一人医師のクリニックや忙しい外来診療では導入効果が顕著です。音声入力の精度はリアルタイムで向上しており、専門用語や医薬品名にも対応したモデルが提供されています。
介護記録の音声入力自動化とケアプラン作成支援
介護現場では、スタッフがウェアラブルデバイスやスマートフォンに向かって話すだけで、AIがその内容を自動でテキスト化し、施設指定の記録フォーマットに自動入力する仕組みの導入が広まっています。記録作業時間を最大50%削減した施設も報告されており、直接ケアに充てられる時間の増加につながっています。ケアプランの作成支援においては、CDIの「SOIN」が愛媛県で実証実験を実施し、約4.5万件のケアプランデータをAIに学習させた結果、最適なケアプランを自動提案できる水準に達しました。実証に参加したケアマネジャーの約9割が「客観的な視点を持てるようになった」と回答しており、属人化しがちなプラン作成に一定の標準化をもたらす効果が確認されています。
紹介状・診断書の自動ドラフト生成
電子カルテに蓄積されたデータをAIエージェントが自動取得し、紹介状や診断書・各種証明書の初稿を自動生成する活用も注目されています。医師は生成された初稿を確認・修正するだけでよいため、文書1件あたりの作成時間が大幅に短縮されます。大阪市立総合医療センターでは、SMS連絡の自動化によって1日の通話時間を130分削減し、診断書の交付率も改善した実績があります。書類業務の削減は、医師の時間だけでなく医療事務スタッフの負担軽減にも直結するため、病院全体の生産性向上に大きく寄与します。
問い合わせ・患者対応でのAIエージェント活用事例

医療機関への問い合わせは、予約・受付方法・料金・診療時間・処方薬の確認など、毎日大量に発生します。これらの一次対応をAIエージェントが担うことで、スタッフは複雑な患者対応や診療補助に集中できるようになります。
AIチャットボットによる24時間問い合わせ対応の実績
医療法人社団浅井耳鼻咽喉科医院では、毎月60〜100件程度の問い合わせをAIチャットが自動対応しており、スタッフへの負担軽減と患者の利便性向上を同時に実現しています。「初診の予約方法は?」「保険証を忘れた場合は?」「駐車場はありますか?」といった定型的な問い合わせへの自動応答により、診療時間外も含めた24時間の一次対応が可能です。あるクリニックでは、AIチャットボット導入後に受付スタッフの電話対応業務が約40%削減され、患者のキャンセル率が15%から9%まで低下したという報告もあります。NOMOCa-AI chatのように1,592件の問い合わせをAIが対応した実績もあり、「予約関連の質問に24時間対応できる」ことが新規患者の取りこぼし防止に直結しています。
予約管理・リマインド通知の自動化
AIエージェントによる予約管理の自動化では、患者が電話やWebから予約を申し込むと、AIが空き枠を確認しながら最適な日時を提案し、確定後は患者へSMSやLINEでリマインド通知を自動送信する仕組みが実現しています。このリマインド機能によって予約当日のキャンセルや無断欠席(いわゆるノーショー)が減少し、予約枠の有効活用につながっています。また、問診票の事前記入依頼や持参物の案内もあわせて自動送信できるため、当日受付での確認作業も効率化されます。医療機関にとっては、患者満足度の向上と業務効率化を同時に達成できる取り組みとして評価されています。
介護施設における家族・利用者対応の自動化
介護施設では、入居者家族からの「今日の様子はどうですか」「体調の変化はありますか」といった問い合わせへの対応も、スタッフの日常業務の中で一定の時間を占めています。AIエージェントを活用することで、センサーや介護記録と連携して入居者の当日の状態サマリーを自動生成し、家族への定期報告メッセージとして配信する仕組みが実現できます。これにより、家族は安心して施設に任せられるようになり、施設側もスタッフが対応に追われる状況を緩和できます。また、「見学の予約」「施設案内の資料請求」といった入居前の問い合わせをAIチャットが一次対応し、施設のWeb担当者や相談員の負担を軽減する活用も広がっています。
介護施設での見守り・転倒予防AIの活用事例

介護施設の夜間巡視や転倒・転落の防止は、限られた夜勤スタッフが抱える最大のリスクのひとつです。AIエージェントと連携したセンサーや画像解析技術により、利用者の状態をリアルタイムで把握し、異変を即座にスタッフへ通知する「スマート見守り」が現実のものとなっています。
AI見守りシステムによる夜間巡視回数の削減事例
西東京ケアセンターそよ風では、AIセンサーとカメラを組み合わせた見守りシステムを導入した結果、夜間巡視回数を40%削減することに成功しました。従来、夜間スタッフは一定間隔で全入居者の部屋を巡回する必要があり、スタッフの睡眠機会を妨げながらも転倒・転落を完全に防ぐことは困難でした。AI見守りシステムは、利用者の体動や離床・徘徊の動きをセンサーがリアルタイムで検知し、異常があればスタッフのスマートフォンやナースコールに即時アラートを送信します。これにより、スタッフは必要なときにだけ対応すればよくなり、夜間の疲労軽減と介護事故の予防を同時に実現できています。
排泄予測・バイタル変化の早期検知
介護AIの中でも特に注目されているのが、排泄のタイミングを予測して事前にスタッフへ通知するシステムです。体動センサーや生体データを分析することで、排泄のサインを事前に検知し、失禁前にトイレ誘導ができるようになります。これは利用者の尊厳の保護と介護スタッフの処理業務の軽減の両面で大きな意義を持ちます。また、AIが利用者のバイタル変化(体温・脈拍・血圧・SpO2)を継続的に監視し、通常範囲を逸脱した場合に素早く報告する仕組みも整備されており、病状悪化の早期発見と適切な対応につながっています。これらの機能は、利用者の安全を守りながら介護職員の心理的負担を軽くするうえでも重要な役割を担っています。
医療・介護業界でAIエージェントを導入する際のポイント

医療・介護業界でのAIエージェント導入は、一般的な業務用途と異なる固有の考慮事項があります。患者・利用者の個人情報や医療情報を扱う特性上、セキュリティ・法令対応・現場への定着が成功の鍵を握ります。
セキュリティ・個人情報保護と法令対応の確認
医療・介護データは個人情報保護法のみならず、医療情報システムの安全管理に関するガイドライン(厚生労働省)や介護情報の取り扱い基準に従って厳格に管理する必要があります。AIエージェントのベンダーを選定する際には、データの保管場所(国内サーバーか否か)・暗号化の方式・アクセスログの管理体制・第三者認証(ISMSなど)の有無を必ず確認しましょう。また、AIが生成する情報(カルテの記載内容や問診サマリーなど)には「ハルシネーション(誤情報の生成)」が発生するリスクがあるため、最終的な判断は必ず医師・看護師・介護職員が行う「人間による確認」プロセスを業務フローに組み込むことが不可欠です。IPA(情報処理推進機構)は2026年3月に「ヘルスケア領域におけるAIセーフティ評価観点ガイド」を公表しており、導入前のリスクアセスメントの参考にすることをお勧めします。
スモールスタートから始める導入ステップ
AIエージェントの導入は、一度に全業務を変えようとするのではなく、効果が出やすい領域から段階的に始めることが成功の近道です。介護施設であれば「AI見守りセンサー」から着手し、夜間巡視の負担軽減を体感してから次のステップに進む方法が推奨されています。医療機関では「AIチャットボットによる問い合わせ対応」や「AI問診票」が比較的導入しやすく、既存の業務フローへの影響が少ない入り口として適しています。まずは1つの業務課題にフォーカスして導入効果を定量的に測定し、現場の反応と改善点を確認したうえで展開範囲を広げる進め方が、定着率を高めるうえでも効果的です。
電子カルテ・介護システムとの連携設計
AIエージェントの効果を最大化するためには、既存の電子カルテシステムや介護記録ソフトとのデータ連携が不可欠です。AIが自動生成した記録や問診サマリーが既存のシステムに自動的に取り込まれる仕組みを設計することで、スタッフが二重入力する手間を排除できます。ベンダー選定の際には、自院・自施設が使用している電子カルテや介護ソフトとのAPI連携実績を必ず確認しましょう。2026年には電子カルテの標準化義務化が本格的に進展しており、標準化されたデータフォーマットを活用することでシステム間の連携がより容易になっていく見通しです。システム統合の設計段階でIT部門・現場スタッフ・ベンダーの三者が合意できる仕様を固めることが、導入後のトラブルを最小化するうえで重要です。
まとめ

医療・介護業界におけるAIエージェントの活用は、診療支援・記録の自動化・問い合わせ対応・見守りといった多岐にわたる領域で着実に実績を積み重ねています。AI問診による診察前準備の効率化、電子カルテの音声自動記載、AIチャットボットによる24時間問い合わせ対応、介護施設での見守りシステムによる夜間巡視の削減など、現場の課題に直結した具体的な成果が各地で生まれています。
重要なのは、AI導入を「コスト削減のツール」としてだけでなく、「患者・利用者の安全とQOL向上」のための手段として位置づけることです。スモールスタートで効果を検証しながら段階的に展開し、セキュリティ・法令・現場定着の3点を丁寧に押さえることが、医療・介護業界でのAIエージェント活用成功の鍵となります。自施設・自医院での導入を検討される方は、まず「どの業務課題を最初に解決したいか」を明確にし、専門パートナーとともに進めることをお勧めします。
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株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。
