開発内製化の保守・運用費用・ランニングコストについて

システム開発の内製化(インソーシング)を検討する際、初期の開発費用以上に重要なのが「保守・運用費用やランニングコストがどう変わるのか」という点です。多くの企業がシステムの保守運用を外部ベンダーに委託していますが、その結果として日本企業のIT関連費用の約80%がレガシーシステムの維持・運営に費やされているといわれます。これを放置すれば2025年以降は保守費がIT予算の9割以上を占めるようになり、最大で年間約12兆円もの経済損失が発生すると予測されています(いわゆる「2025年の崖」)。保守運用を外部に丸投げし続ける体制は、ベンダーロックインやブラックボックス化を招き、保守費用が際限なく高騰する構造的なリスクを抱えています。開発の内製化は、この保守運用の主導権を自社に取り戻し、ランニングコストを中長期で最適化する取り組みでもあるのです。

本記事では、開発内製化という観点に絞って、保守・運用費用とランニングコストがどう変化するのかを体系的に解説します。外注保守がなぜ高騰しやすいのか、内製化することで何のコストが消えて何のコストが新たに発生するのか、内製化のTCO(総所有コスト)をどう評価すべきか、そして採用・育成にかかるコストを助成金などでどう抑えるのか。具体的な数値や事例を交えながら、内製化が保守運用コストに与える影響を多面的にお伝えします。これから保守運用の内製化を検討する企業担当者はもちろん、外注保守の費用に課題を感じている方にとっても、コスト構造を見直す判断軸が得られる内容です。

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保守・運用費用を内製化の視点で捉える全体像

保守・運用費用を内製化の視点で捉える全体像

保守・運用費用を内製化の観点で考えるとき、まず押さえるべきは「コストの主導権を誰が握っているか」という視点です。外注保守の体制では、システムの中身を理解しているのがベンダーだけになりがちで、保守費用の妥当性を発注者側が判断できません。改修や障害対応のたびにベンダーの見積もりを受け入れるしかなく、コストは相手の言い値で決まっていきます。一方、内製化された保守運用では、自社がシステムの構造を把握しているため、どの作業にどれだけの工数が必要かを自分たちで判断でき、無駄なコストを削ぎ落とせます。内製化はランニングコストを「ベンダーに支払う変動費」から「自社でコントロールできる固定的な人件費」へと性質を変える取り組みであり、この構造転換こそが中長期のコスト最適化を可能にするのです。

IT予算の8割を奪うレガシー保守の現実

日本企業の保守運用コストがいかに重いかは、統計が雄弁に物語っています。現在、国内企業のIT関連費用の約80%が、古く複雑化したレガシーシステムの維持・運営に費やされているとされます。これは裏を返せば、新しい価値を生む攻めのIT投資に回せる予算がわずか2割しか残っていないということです。経済産業省の「DXレポート」が警鐘を鳴らした「2025年の崖」では、この問題を放置すると2025年以降はメンテナンスコストがIT予算の9割以上を占めるようになり、最大で年間約12兆円の経済損失が発生すると予測されています。保守運用を外部に依存し続ける限り、企業はこの「維持費の沼」から抜け出せません。開発の内製化は、保守の中身を自社で理解・整理し、不要な維持コストを削減して、浮いた予算を新規のIT投資へ振り向けるための重要な手段となります。

外注保守が高騰する構造的な理由

外注保守の費用が高騰しやすいのには明確な構造的理由があります。第一に、日本特有の多重下請け構造により、外注のシステム開発・保守費には平均して30%以上の中間マージンが含まれています。発注者が支払う費用の3割が、実際に手を動かすエンジニアではなく、間に立つ各社の取り分に消えているのです。第二に、保守運用を完全に外部へ依存していると、システムを構築したベテランエンジニアが定年退職などで離職した場合、中身が誰にも分からない「ブラックボックス」と化します。こうなると改修や障害対応の難易度が跳ね上がり、ベンダーの言い値で高額な費用を払わざるを得なくなります。第三に、丸投げ体制では社内にノウハウが蓄積されないため、自社の課題を適切に要件へ落とし込めず、不要な機能まで含んだ「長期間・多額の費用がかかる見積もり」を鵜呑みにしてしまいがちです。これらが重なり、外注保守のランニングコストは構造的に膨張していきます。

内製化で変わるコストの内訳

保守運用を内製化すると、コストの内訳そのものが変わります。外注時に発生していた「ベンダーへの保守委託料」「改修ごとの見積もり・契約コスト」「中間マージン」が消える代わりに、新たに「内製エンジニアの人件費」「採用・育成費」「開発・監視ツールのライセンス費」「クラウドインフラ費」といった自社で抱えるコストが発生します。重要なのは、外注時のコストの多くが改修のたびに膨らむ変動費であるのに対し、内製化後のコストは比較的見通しの立つ固定費・準固定費に近づくという点です。たとえば、月次のセキュリティアップデートやバグ修正、フレームワークのバージョンアップ対応といった定常的な保守作業は、内製チームの通常業務の中で吸収できるため、作業ごとに追加費用が発生しません。一方で、採用や育成には初期投資が必要になるため、内製化の保守コストは「初年度は高く、年を追うごとに下がる」という特徴を持ちます。この内訳の変化を正しく理解することが、内製化のコスト判断の出発点になります。

内製化のTCO(総所有コスト)の考え方

内製化のTCO(総所有コスト)の考え方

内製化の保守運用コストを正しく評価するには、単年度の支出ではなく、数年間にわたるTCO(総所有コスト)の視点が不可欠です。内製化は初年度こそ採用費や教育費がかさんで外注より高くつくことが多いものの、中長期で見ると外注では見えにくかった様々なコストが削減され、トータルでは大幅な抑制が可能になります。ここでは、初年度のコスト増の正体、中長期での回収メカニズム、そして「見えない調整コスト」の削減効果という3つの観点からTCOを掘り下げます。

初年度はコスト増になる理由

内製化のTCOを考えるうえで最初に受け入れるべき事実は、「短期的に見れば外注よりもコストが高くなる」のが一般的だということです。内製化の初年度には、エンジニアの採用費、教育・育成費、開発環境の構築費、各種ツールのライセンス費などがまとめてのしかかります。さらに、採用したエンジニアが即戦力になるまでには1〜2ヶ月以上のオンボーディング期間が必要で、その間も人件費は発生し続けます。既存社員を育成する場合は1年程度を要するため、この育成期間中の人件費もコストに含めなければなりません。つまり内製化の初年度は、外注保守費を払いながら内製体制への投資も並行して行う「二重コスト」の状態になりがちです。ここで「外注より高いではないか」と短絡的に判断して撤退してしまうと、内製化の本当のメリットを得る前に投資が無駄になります。初年度のコスト増は、中長期のコスト削減を買うための先行投資だと位置づけることが重要です。

中長期で回収されるコスト削減効果

初年度のコスト増を乗り越えると、内製化は投資回収フェーズに入ります。外注では支払っていたベンダーへの30%の中間マージンや、改修ごとの追加見積もり費用が不要になるため、保守運用にかかるトータルコストが着実に下がっていきます。具体的な数値として、社内に5名の開発チームを立ち上げ、従来外注していた業務システム改善を内製化したある製造業では、初年度は採用・育成コストで外注時よりも高額になったものの、プロセス標準化の仕組みを作ったことで2年目以降は年間コストを約30%削減することに成功しています。星野リゾートの事例でも、自社エンジニア主導でAWSのサーバー稼働時間を見直して初期に13%のコスト削減を実現し、伴走型パートナーの支援を受けてリザーブドインスタンスへの切り替えなどを行った結果、最終的にAWS利用コストを29%削減しました。これらの事例が示すように、内製化のTCOは「着手から2〜3年」という時間軸で評価してこそ、その真価が見えてきます。

見えない「調整コスト」の削減

内製化のTCO評価で見落とされがちなのが、「見えない調整コスト」の削減効果です。外注保守では、小さな改修であっても要望の整理、ベンダーとの打ち合わせ、見積もりの確認、社内稟議、発注手続きといった一連の調整作業が発生します。これらに費やされる社内担当者の工数は会計上の保守費には現れませんが、実際には相当なリソースを消費しています。この調整コストによってプロセス効率(実作業時間 ÷ リードタイム)は数%にまで低迷し、組織全体の生産性を圧迫します。内製化によってこの待ち時間と調整工数が排除されると、会計帳簿には表れない形で大きなコスト削減が実現します。たとえばカインズの脆弱性診断内製化では、契約事務手続きの時間が完全に消失してリードタイムが最大4週間短縮され、累計で数千万円規模の外注コスト削減を実現しました。TCOを評価する際は、こうした見えない調整コストの削減も必ず計算に含めるべきです。

採用・育成コストとその抑制策

採用・育成コストとその抑制策

内製化の保守運用コストの中でも、人材にまつわる採用費・育成費は最も大きな負担になりがちです。IT人材の獲得競争が激化するなか、優秀なエンジニアを採用するのは容易ではなく、育成にも時間がかかります。しかし、助成金の活用や既存社員のリスキリングといった工夫によって、この人材コストは大きく抑制できます。ここでは採用難の実態と、コストを抑えるための具体策を解説します。

IT人材不足と採用コストの実態

内製エンジニアの採用は、年々ハードルが高くなっています。IT人材は2030年に最大で約79万人が不足すると経済産業省が試算しており、AI・ロボット開発を担う専門人材に至っては2040年に必要数約498万人に対し供給が約172万人にとどまり、約326万人が不足するという衝撃的な推計も出されています。市場にデジタル人材が出回っていないなか、激しい獲得競争のなかで魅力的な処遇の提示が求められ、採用広告費や人材紹介費といった採用コストが企業にとって大きな負担となっています。さらに、スイスのIMDが発表した「世界デジタル競争力ランキング2024」では、日本の「デジタルスキルの習得」が67カ国中67位(最下位)という厳しい現実があります。こうした環境下では、外部採用だけに頼った内製化は採用コストが膨らみやすく、計画通りに人員が揃わないリスクもあります。内製化のコスト計画では、採用の難しさと高コストをあらかじめ織り込んでおくことが欠かせません。

助成金・補助金による育成コスト圧縮

外部採用が困難な状況では、既存社員の「リスキリング(学び直し)」による内製化が現実的な選択肢となります。そして、育成にかかるコストは国や自治体の助成金を活用することで大きく圧縮できます。代表的なのが「人材開発支援助成金」で、中小企業の場合は教育訓練経費の最大60%、訓練期間中の賃金の最大75%が助成されます。また「IT導入補助金」では、デジタル化推進枠で最大450万円(補助率最大4分の3)が支援されます。これらを組み合わせることで、たとえば総額500万円のDX人材育成プログラムを実質100万円程度(最大80%近い削減)で実施したITベンダーの事例も報告されています。リスキリングは外部採用に比べて自社の業務知識を持つ人材を育てられる点でも有利で、保守運用に必要な「自社システムへの深い理解」を併せ持つエンジニアを生み出せます。政府も個人のリスキリング支援に5年間で1兆円を投じる方針を示しており、こうした公的支援を最大限に活用することが、内製化の育成コストを抑える鍵となります。

ハイブリッド戦略でコストを最適配分する

保守運用コストを最適化するうえで、すべてを内製で抱え込む必要はありません。むしろ現実的なのは、コア業務とノンコア業務を切り分けるハイブリッド戦略です。自社の競争優位に直結する「コア領域(顧客向けプロダクトやデータ基盤など)」は設計から運用まで内製化して主導権を握り、業界共通の定型業務である「ノンコア領域(経費精算や勤怠管理など)」はSaaSの導入やパッケージへの移行、外注に任せます。これにより、限られた内製リソースを本当にコスト最適化の効果が大きい領域に集中投下できます。ノンコア領域をSaaSに切り替えれば、自前で保守する必要がなくなり、月額のサブスクリプション費用だけで最新の機能とセキュリティを維持できます。一方、コア領域を内製化すれば、ベンダーロックインによる保守費の高騰を避けられます。このように内製と外注・SaaSを賢く組み合わせることで、全体の保守運用コストを最も効率的な構成に近づけられるのです。

ブラックボックス化を防ぎ保守費を安定させる

ブラックボックス化を防ぎ保守費を安定させる

保守運用を内製化しても、やり方を誤れば新たなコストリスクを生みます。とりわけ注意すべきが、内製システムの「属人化」によるブラックボックス化です。ここでは、内製化で陥りやすい属人化のリスクと、それを防いで保守費を長期的に安定させるための仕組みづくりを解説します。

属人化が招く保守費の高騰リスク

内製化したシステムが特定の担当者しか理解していない状態になると、外注のブラックボックス化と同じ問題が社内で再発します。実際の失敗例として、ある製造業N社では社内のエンジニアが業務の合間にGoogle Apps Script(GAS)で独自の見積管理システムを開発しましたが、設計ドキュメントを一切残さなかったため、その担当者が異動した瞬間にシステムが誰も触れない完全なブラックボックスと化しました。結果として、莫大なコストをかけて外部SIerに再開発を依頼する羽目になり、「やらない方がマシだった」という事態に陥っています。これは内製化のコスト面における最悪のシナリオです。せっかく外注の中間マージンを削減しても、属人化によって担当者が抜けた途端に外注へ出し直すことになれば、それまでの投資が水泡に帰すばかりか、再開発という余計なコストまで発生してしまいます。内製化のコストメリットは、属人化を防ぐ仕組みがあって初めて持続するのです。

標準化とドキュメント文化で保守費を安定させる

属人化による保守費高騰を防ぐ最も確実な方法は、ドキュメント化と標準化を組織のルールとして定着させることです。プログラムのコードを書けること以上に、設計書や業務フロー図(Mermaid.jsなどで記述)を残す文化を社内に根付かせることが不可欠です。また、一人の担当者に依存するのではなく、複数人でコードをチェックする「コードレビュー」やペアプログラミングを業務プロセスに組み込み、属人性を意図的に排除するルールを設けます。これにより、誰が抜けても運用できる仕組みが整い、人の入れ替わりに伴う保守費の急増を防げます。標準化への取り組みは短期的には工数がかかるように見えますが、中長期では保守の引き継ぎコストや障害対応の難易度を下げ、ランニングコストを安定させる効果があります。内製化を進める際は、開発のスピードだけでなく、こうした保守の持続可能性を支える仕組みづくりにも初期段階から投資することが、結果的にトータルの保守運用コストを最小化する近道となります。

伴走支援からの引き継ぎでコストを抑える

内製化の初期に外部の伴走型パートナーを活用する場合、保守運用コストの観点から重要になるのが「権利と知識の引き継ぎ」です。伴走支援を受けてシステムを開発する際は、開発したソースコードや設計ドキュメントの著作権が、プロジェクト終了時に発注者(自社)側へ無償で移転するよう契約に明記しておくことが、将来のロックインと保守費高騰を防ぐ必須条件となります。これを怠ると、伴走パートナーに依存し続ける構図になり、外注保守と同じコスト問題に逆戻りしてしまいます。逆に、契約で権利を確保したうえでペアプログラミングやコードレビューを通じて知識を社内に移植していけば、伴走期間が終わる頃には自社だけで保守運用を回せる体制が整い、以降のランニングコストを内製の固定費として安定化できます。伴走支援は「自走するための投資」であり、その投資を確実に保守コストの削減につなげるためにも、引き継ぎの設計を契約段階から織り込んでおくことが肝要です。

まとめ

開発内製化の保守・運用費用まとめ

本記事では、開発内製化という観点から、保守・運用費用とランニングコストがどう変わるのかを解説しました。日本企業のIT費用の約80%がレガシー保守に費やされ、外注保守は多重下請けの30%超の中間マージンやブラックボックス化によって構造的に高騰します。内製化はこの保守運用の主導権を自社に取り戻す取り組みであり、コストを「ベンダーへの変動費」から「自社でコントロールできる固定費」へと転換します。TCOで見ると初年度は採用・育成費で外注より高くつくものの、製造業で2年目以降に年間コスト約30%削減、星野リゾートでAWSコスト29%削減といった成果が示すように、中長期では大幅な抑制が可能です。採用・育成コストは人材開発支援助成金やIT導入補助金で大きく圧縮でき、コア業務は内製・ノンコア業務はSaaSというハイブリッド戦略でリソースを最適配分できます。そして、内製化のコストメリットを持続させるには、ドキュメント化と標準化によって属人化を防ぎ、保守費を安定させることが不可欠です。保守運用の内製化を検討する際は、単年度の支出ではなく数年単位のTCOで評価し、まずは伴走支援を提供するパートナーに相談しながら自社に合ったコスト構造を設計することをお勧めします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。