SaaSの開発戦略や立ち上げプロセスを学ぶ完全事例ガイド

SaaSは、単一の機能を提供するツールから、業界の業務とデータを支える基盤へと広がりつつあります。riplaが50社以上のSaaSの開発支援や事業立ち上げ・グロース支援を行う中で見えてきた潮流を、開発戦略と市場トレンドの観点から読み解きます。

プロダクト戦略と新規事業の全体像は、プロダクト戦略・新規事業ガイド:アイデア〜PMF〜マルチプロダクトまでの実践ロードマップも参照してください。

SaaS市場の全体像とトレンド変化

SaaS市場では、単一のプロダクトで成長するモデルから、より包括的な戦略へと構造が変わりつつあります。さらに、SaaSは単なる業務効率化ツールから、業界インフラへ進化しています。

  • マルチプロダクト戦略:マルチバーティカル、All in One、End to End、ネットワーク効果、ロールアップM&A。
  • データ基盤戦略:業界データベース、購買DB・従業員DB・顧客DBの統合、自社API公開、他社APIからのDB統合。
  • AI統合戦略:AI Native SaaS化、AIエージェント構築。
  • SaaS以外への事業拡大:XX Payへの参入、BPOサービス展開。

ポイント

事例を見るときは、単一の機能にとどまっているか、データや隣接領域へ広がっているかを確認すると、その会社の戦略の方向が読み取れます。

マルチプロダクト戦略

マルチプロダクト戦略の展開先を中央から放射状に示した図解
他業界への展開から買収まで、広げ方には複数の軸があります。

マルチプロダクト戦略には、既存の強みを他業界へ横展開する方法や、業界内の業務を一つにまとめる方法、上流から下流まで支える方法があります。また、複数の会社をつなぐネットワークや買収も、成長の手段になります。

マルチバーティカルSaaS戦略

1つの業界に特化して成功したSaaSを、他の業界へ横展開する戦略です。単一市場依存リスクを抑えられるうえ、開発資産も再利用できます。さらに、ポートフォリオ型経営へ広げられます。

  • Toast:外食産業での展開を終え、食品・飲料小売領域のバーティカルSaaSを展開すると公表。
  • インフォマート:飲食産業の顧客基盤を足がかりに、他業界のバーティカルSaaSを展開すると公表。
  • medical force:美容クリニック領域と警備領域で展開し、その他領域への進出も想定。

All in One(オールインワン)戦略

業界内のあらゆる業務を、1つのプラットフォームで完結させる戦略です。業務をまたいでデータが蓄積されると、SaaSは機能を提供するツールから、業界OSに近い存在へ変わっていきます。

  • ServiceTitan:評価額1兆円超の住宅修理業者向けグローバルSaaSで、あらゆる業務をAll-in-oneで効率化。
  • Dinii:隣接領域全般へプロダクトを拡大する構想を「All in One Restaurant Cloud」と表現。

End to End(エンドツーエンド)戦略

業界の上流から下流まで一気通貫で支え、業界全体のワークフローを担う戦略です。そのワークフロー全体を押さえることで、ネットワーク効果も発揮されます。

  • Toast:顧客、従業員、オペレーション、配達、決済など外食業界のエコシステム全体へサービスを提供。
  • Flexport:工場から顧客まで、貿易管理を上流から下流まで提供するマルチプロダクトを展開。
  • Procore:建設業界の全ステークホルダーを集めるエンドツーエンドのマルチプロダクトを展開。

ネットワーク効果の構築

「1社の業務効率化」から「複数社間の業務効率化」へ広げることで、取引先やパートナー企業も巻き込めます。また、プロダクト自体がネットワーク化すると、参入障壁(moat)を構築できます。

  • Coupa:顧客とサプライヤーの双方に購買・調達SaaSを提供し、ネットワーク効果で価値を高める。
  • Procore:全ステークホルダーを集め、ネットワーク効果を発現させてmoatを構築。

ロールアップM&AとPE戦略

海外では、バリュエーションの低いSaaS企業を複数買収し、再成長させる「Buy & Build戦略」が活発に行われています。

  • Thoma Bravo:サイバーセキュリティ、Fintech、ヘルスケア、アプリケーションなど、ニッチなSaaS・Tech領域を買収。
  • Constellation Software Inc:ニッチなバーティカルSaaSを対象に、年間で数十〜百件の投資を実行し、保有企業数は700を超える。

ポイント

既存の強みを他業界へ広げるか、業界内の業務をまとめるか、ネットワークや買収で規模を広げるかは、どの業界で何を持つ会社かによって選びます。

データ基盤戦略

データ基盤戦略の異なる展開をパネルで示した図
データを集める対象と外部とのつなぎ方が、展開の違いを生みます。

データ基盤戦略は、分散した業界データや、顧客・購買・従業員のデータを統合し、データそのものを価値にする考え方です。進め方には、自社APIを公開する方法と、他社APIからデータを取り込む方法があります。

業界全体のデータベース構築

業界に分散していた情報をクラウド上に集め、業界で共通に使える基盤DBを構築します。

  • Flexport:電話やFAX中心で共通DBがなかった貿易業務をクラウドで一元化し、貿易関連DBを構築。
  • estie:商業用不動産の建物・募集・入居テナントのデータ自体を価値にして業務を効率化。

購買DB・顧客DB・従業員DBの統合

バーティカルSaaSが、顧客DB・購買DB・従業員DBを押さえたうえで、業界横断的なホリゾンタル領域へ進出する動きです。

  • ServiceTitan:現場管理から、顧客DBを基盤とした顧客対応、購買DBを基盤とした在庫・給与・予実管理へ拡大。
  • Toast:POSを起点に、顧客DB、従業員DB、オペレーションDB、配達DB、購買DBへ拡大。
  • Olo:「ORDER」「PAY」「ENGAGE」の3領域へ広げ、フライホイール効果による成長を実現。
  • ラクスル:顧客DB・従業員DB・購買DBのホリゾンタルSaaS領域へ参入すると公表。

API公開によるエコシステム形成

自社のDBをAPIとして公開し、外部サービスとつなぐことで、SaaS単体からプラットフォームへと広がっていきます。

  • Gusto:APIを公開し、他社アプリやサービス上で給与計算機能を提供。
  • SmartHR:従業員DBを「SmartHR Plus」として外部ベンダーへ提供し、SmartHR上で動くサービスを増やす想定。

他社APIからのマルチチャネルDB統合

他システムやSaaSのデータを統合すると、顧客DBの品質を高められます。特に、DBが分散しやすいマーケティング領域では、データを統合する力が競争優位につながります。

  • Klaviyo:評価額1兆円超の海外SaaS企業で、350を超えるマルチチャネルのデータを統合して一元管理。
  • ZoomInfo:複数チャネルのデータを統合し、ターゲティング精度を向上。
  • Attentive:shopifyやsaleforceなど100以上のプラットフォームからデータを統合。
  • PLAID:複数チャネルのデータをリアルタイムで統合管理し、顧客DBを構築。

ポイント

データ基盤を考えるときは、データそのものを価値にできるかを確かめ、自社APIの公開と他社APIからの取り込みのどちらが事業に合うかを見ると判断の材料になります。

AI統合戦略

SaaSを中心に顧客DBと購買DB、AIによる意思決定支援と業務の自律的実行を示す図
データとの組み合わせを足場に、AIの役割が広がります。

AI統合は、顧客DBや購買DBと組み合わせることで、業務効率化や意思決定の支援へ広がっています。その次の段階として、AIが業務そのものを実行するAIエージェントへ進みつつあります。

AI Native SaaS化

AI機能をSaaSに組み込み、コンテンツ作成、パーソナライズ、予測などを効率化します。たとえば、Brazeは「BrazeAI™」でコンテンツ作成やパーソナライズを実現し、Attentiveは配信キャンペーン、文面、商品レコメンドをAIで自動化します。

  • Braze・Attentive:コンテンツ作成や配信の自動化を実現。
  • Anaplan:販売計画、在庫計画、スケジュールなどのAI予測を実現。
  • Ramp:購買DBをもとにした価格交渉や財務データ分析などの支出管理機能を検討。
  • ログラス:複数の計画領域に「with AI」で参入するAI ERP戦略を打ち出す。
  • UPSIDER:「AI Coworker」や「UPSIDER Capital」を展開し、AI化された総合金融機関への進化を掲げる。

AIエージェント構築

従来のAI機能は、文章生成、予測分析、レコメンドなどを通じて、意思決定の支援や作業の補助を行うものが中心でした。一方で、AIエージェントは業務を自律的に実行します。そのため、SaaSは人が使うツールから、AIが業務を実行するプラットフォームへと変わっていきます。

  • LayerX:「バクラク」で稟議の内容理解、証憑チェック、不備指摘、仕訳補助をAIが担うAIエージェント化を推進。
  • Salesforce:「Agentforce」でリードの優先順位付け、商談要約、メール生成、次アクション提案、問い合わせ対応を自律化。

ポイント

AIを取り入れるときは、既存のデータ基盤に組み込めるかを先に見て、そのうえで業務そのものを任せられるかを考えると、段階を踏んだ判断になります。

SaaS以外への事業拡大

SaaSで蓄積した購買DBや顧客基盤を起点に、決済や業務代行へ広げる事例があります。こうした動きは、プロダクト単体の提供から、成果を提供するモデルへ進化する流れです。

XX Pay(決済領域)への参入

購買DBを押さえたあとに、決済へ進出する事例です。決済は収益性が高く、データも蓄積されていくため、SaaSの成長を次の段階へ進める事業になります。

  • Procore:「Procore Pay」で給与申請の管理工数を削減し、建設業界の決済ワークフローを効率化。
  • Olo:「Olo Pay」でネットワーク内のレストランにオンライン購入を提供。

SaaS×BPO(BPaaS)

SaaSのアップセルやクロスセルを目的として、プロダクトと業務代行を組み合わせる方法です。これにより、SaaS単体から成果提供型のモデルへと広がります。

  • PLAID:事業開発、マーケティング、データ分析などプロダクトとシナジーのあるBPOを提供。
  • kubell:「chatworkアシスタント」でchatwork利用ユーザーへBPO業務支援を導入。
  • ジョーシス:「SaaSドック」と「SaaSキュア」の2つのBPOサービスで、アカウントや権限の調査・変更を代行。

ポイント

プロダクトの周辺へ広げる際は、蓄積した購買DBや顧客基盤を起点にできるかと、成果を提供する形に広げられるかを、自社の強みに照らして見極めます。

まとめ

国内と海外のSaaS事例に共通するのは、単一の機能を提供する段階から、複数の領域をつないで業界の業務基盤へ広げている点です。

  • 単一機能からマルチプロダクトへ広げる。
  • データベースを押さえて顧客・購買・従業員の接点を増やし、ネットワーク効果で業界内の接続を広げる。
  • 決済・金融への拡張を成長の手段にする。
  • AI Native SaaS化とAIエージェント構築を進める。
  • ロールアップM&Aで業界を再編する。

SaaS事業の立ち上げやプロダクト戦略では、どの顧客課題から始めるか、どのデータを蓄積するか、どの隣接領域へ広げるかを段階的に設計していきます。

会社紹介

株式会社riplaでは、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを、構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルによる高い要件定義力・システム設計力を活かし、事業成果の最大化に伴走します。

また、当社独自の開発テンプレート「Boxシリーズ」による標準機能の高速開発と、AI駆動開発の独自フレームワーク「GoDD」による独自機能のAI実装を組み合わせることで、低コスト・短期間で開発を実現いたします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援し、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の最大化に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。