長年積み上げてきた販売データや顧客データ、生産データが、いざ活用しようとすると「どこに何があるのか分からない」「基幹システムのデータベースから抜き出すのに数日かかる」「部署ごとに数字の定義が違って突き合わせられない」といった壁にぶつかる企業は少なくありません。データそのものは膨大に蓄積されているのに、それを意思決定や新しい施策に活かせない。この状態を解消するために、データの保管・処理・流通の仕組みそのものを今の環境に作り替える取り組みが「データモダナイゼーション(データ基盤の刷新)」です。経済産業省のDXレポートが示した「2025年の崖」では、老朽化したシステムを放置すると2025年以降に年間最大12兆円もの経済損失が生じるリスクが指摘されましたが、その損失の根源には「データが分断され、活用できない」という構造的な問題が横たわっています。
とはいえ、データ基盤の刷新は成果が見えにくく、「本当に投資に見合うのか」「どう進めれば失敗しないのか」と判断に迷う情報システム部門・経営層の方が多いのが実情です。本記事では、データモダナイゼーションの事例・成功事例について、製造業の基幹系刷新やイオングループ・ユニリタといった実在の取り組みの一次データをもとに、「どんなデータの課題に対してどの判断を下し、どれだけの定量・定性効果を得たか」を業界横断で掘り下げて解説します。あわせて、手法選定から費用感までを体系的に整理したデータモダナイゼーションの完全ガイドもご覧いただくと、本記事の事例を全体像の中で位置づけやすくなります。本記事では、その完全ガイドでは触れきれない「データ基盤の刷新で実際に何が起きたか」を、できるだけ具体的な数字とともにご紹介します。
▼全体ガイドの記事
・データモダナイゼーションの完全ガイド
なぜ今データモダナイゼーションの事例を学ぶことが重要なのか

データモダナイゼーションは、アプリケーションそのものを作り替える一般的なシステム刷新とは、注目すべきポイントが異なります。画面や機能の見た目が新しくなるかどうかよりも、「データがどこに、どんな形で蓄積され、どれだけ早く・正しく取り出せるか」という、ふだんは表に出にくい部分が成果を左右します。そのため、効果がイメージしにくく、社内で投資の合意を取りにくい領域でもあります。
だからこそ、他社がどんなデータの課題を抱え、どの手法で基盤を作り替え、どれだけの定量効果を得たのかという先行事例の価値が非常に高くなります。事例は単なる成功談ではなく、「自社のデータ環境に置き換えると、どの判断が再現でき、どのリスクに備えるべきか」を読み取るための教材です。本章では、なぜ今このタイミングでデータ基盤の刷新事例から学ぶ意義が高まっているのかを整理します。
「2025年の崖」の正体はデータの分断にある
経済産業省のDXレポートが警告した「2025年の崖」は、老朽化・複雑化・ブラックボックス化したシステムを刷新しないまま2025年以降を迎えると、年間最大12兆円もの経済損失が生じうるという問題提起でした。この損失の根源にあるのが、システムごとにデータが閉じ込められ、全社で横断的に使えない「データのサイロ化」です。日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の調査でも、約7割の企業が既存システムの老朽化を経営課題として認識していますが、その多くがデータ活用の足かせとして表面化しています。
製造業の生産データ、小売業の販売データ、金融機関の取引データなど、基幹システムに蓄積されたデータほど量も価値も大きい一方で、古い形式やブラックボックス化した仕様の中に閉じ込められやすい構造にあります。データを抽出するだけで数日かかる、定義がバラバラで突き合わせられない、といった状態では、いくら分析ツールやAIを導入しても成果は出ません。データモダナイゼーションは、こうした「活用の土台」を作り替える取り組みなのです。
緊急性が高い一方で、データ基盤を一度に全面刷新すると、業務で使っている現行データの整合が崩れる重大なリスクを伴います。事例を学ぶ意義のひとつは、「急ぐべき理由」と「急ぎすぎることの危険」を同時に理解し、適切なスピードでデータ基盤を刷新する感覚を養うことにあります。次章以降で見る成功企業は、いずれもこのバランスを丁寧に取っていました。
データ刷新の事例から読み取るべき3つの視点
事例を「成果が出た話」として消費するだけでは、自社のデータ基盤刷新には活かせません。成功事例を読むときには、少なくとも3つの視点を意識すると学びの質が大きく変わります。第一に「出発点となったデータの課題」、第二に「そのデータをどう集約・移行・整備したかという意思決定」、第三に「結果として得られた処理時間・コスト・業務効率の効果」です。
とくに見落とされがちなのが2つめの意思決定です。同じ「データが取り出しにくい」という課題でも、データベースを新しい基盤に丸ごと載せ替えるのか、データウェアハウスやデータレイクに集約し直すのか、データの定義や品質を整備し直すのかで、必要な期間・費用・リスクは大きく変わります。成功した企業は、自社のデータ環境と目的に照らして「どこから手をつけるか」を明確に決めていました。
第三の効果については、「処理が何時間短縮された」「保守費が何割減った」「分析にかかる時間が何分の一になった」といった定量データと、「数字の定義が統一され部署間の議論が噛み合うようになった」「データに基づく意思決定が根づいた」といった定性効果の両面を見ることが重要です。本記事で取り上げる事例も、この3つの視点に沿って読み解いていきます。
データ基盤刷新で成果を出した成功事例

ここからは、実際にデータモダナイゼーションで明確な成果を出した取り組みを、業界をまたいで具体的に見ていきます。いずれも「データの課題」「集約・整備のアプローチ」「効果」という3つの視点で整理しているので、自社のデータ環境に置き換えながら読み進めてください。数字の裏側にある判断にこそ、再現可能なヒントが詰まっています。
製造業:基幹データ処理を8時間から90分へ短縮
まず取り上げるのは、従業員約1,200名規模の製造業における基幹系刷新の事例です。この企業ではCOBOLで構築された基幹システムを長年使い続けており、夜間にまとめて行うデータ集計のバッチ処理に約8時間を要していました。生産・在庫・販売のデータが日次でまとまるのは翌朝以降、しかもデータの抽出や加工には専門知識が必要で、現場が必要な数字をすぐに参照できない状態が続いていました。サーバー保守費も年2,400万円規模に達し、データ運用のコストとスピードの両面で限界に近づいていました。
この企業が選んだアプローチの起点は、いきなり作り始めることではなく「データ資産の棚卸し」でした。現行システムにどんなデータ・項目・依存関係が存在するかを丁寧に洗い出したうえで、古い処理形式を新しい基盤に載せ替えるリビルド型の刷新を選択しています。棚卸しを起点に置いたことで、すでに使われていないデータ項目を削ぎ落とし、本当に必要なデータだけを新基盤に移行する判断ができた点が成功の鍵でした。
その結果、刷新は約16ヶ月で完了し、夜間のデータ集計処理は8時間から90分へと約80%短縮されました。さらにサーバー保守費は年2,400万円から850万円へと約65%削減されています。処理時間の短縮は単なるスピード向上にとどまらず、前日のデータを朝一番に確認できるようになり、生産計画や在庫判断のスピードそのものが変わりました。データを「貯める」から「使える」状態へ転換した、リビルド型データ刷新の代表的な成功例といえます。
小売・流通:イオングループの業務データ整理で月700時間を削減
次に紹介するのは、小売・流通の大手であるイオングループの事例です。多くの企業が自動化ツールを導入する際、「とにかくツールを入れれば業務が楽になる」と考えがちですが、イオングループのアプローチはその逆でした。自動化を進める前に、まず対象となる業務とそこで扱うデータの流れを徹底的に分析したのです。誰が、どのデータを、どの順序で、どんな目的で扱っているかを可視化することから始めました。
データの流れを可視化すると、そもそも重複して入力されているデータや、人手で転記しているために誤りが入りやすい箇所、フォーマットがばらついていて突き合わせに手間がかかる項目などが浮かび上がります。ここを整理しないまま自動化すると、「不正確なデータの処理をそのまま高速化してしまう」という典型的な失敗に陥ります。イオングループは「自動化の前にデータと業務を整える」という順序を守ったことで、効果を最大化できる対象を見極められました。
この取り組みによって、月あたり700時間規模の業務削減を実現しています。データモダナイゼーションというと大規模なデータ基盤の構築を思い浮かべがちですが、この事例は「データの定義と流れを整理し、その上で部分的に自動化する」というアプローチも立派なデータ刷新の一形態であることを示しています。基盤の派手さではなく、データを整える順序が成果を決めるという教訓は、業界を問わず応用できます。
インフラ運用:ユニリタの大規模ログ集約で作業負担を5分の1に
3つめは、大規模なログデータの集約・分析によって運用を刷新したユニリタの事例です。この取り組みでは、200種・約30,000台のネットワーク機器と約10,000台のサーバーから、1日あたり10億件にのぼる通信ログを集約・集計・可視化しました。これはまさにデータレイク的な発想で、これまで各機器に散在していた大量のログデータを一箇所に集め、分析できる形に整える典型的なデータ基盤の刷新です。
膨大なログを集約・可視化したことで、保守費が高くつく機器や、すでに役割を終えつつある機器を、勘や経験ではなくデータに基づいて具体的に特定できるようになりました。1日10億件という規模のデータは、人手で見ていては決して把握できません。データを集約し、集計・可視化する基盤を整えたからこそ、合理的な意思決定が可能になったのです。可視化はそれ自体が目的ではなく、データドリブンな判断を支える土台として機能しました。
その結果、運用にかかる作業負担は5分の1にまで軽減され、投資対効果は数億円規模に達しました。大量のログデータを扱うデータ基盤の刷新は地味に見られがちですが、集約と定量管理を組み合わせることで、これだけ大きな成果を生み出せます。「測れないデータは改善に使えない」という原則を体現した好例といえるでしょう。
業界横断で見るデータモダナイゼーション成功のパターン

製造業・小売・インフラ運用という異なる業界の事例を並べてみると、データ基盤の刷新で成果を出した取り組みにはいくつかの共通したパターンが浮かび上がってきます。業界や扱うデータの種類が違っても、成功と失敗を分ける判断軸は驚くほど似ています。本章では、事例から抽出できる再現性の高いパターンを整理します。
データ資産の棚卸しを起点に手法を選ぶ
成功事例に共通する第一のパターンは、「いきなり基盤を作り始めない」ことです。製造業の事例ではデータ資産の棚卸しが、イオングループでは業務データの流れの分析が、ユニリタではログデータの集約設計が、それぞれ刷新の起点になっていました。いずれも「まず自社にどんなデータがどう存在するかを正確に把握し、それから手法を選ぶ」という順序を守っています。
手法そのものに唯一の正解はありません。古い基盤から新しい基盤へ載せ替えるリビルド型が適する場合もあれば、データの定義や流れを整理する場合、大量データを一箇所に集約する場合もあります。重要なのは、自社のデータ課題と制約に照らして「どの手法を選ぶか」を意思決定すること、そしてその判断材料を棚卸しによって揃えることです。手法ありきで進めたデータ刷新は、たいてい途中で「何のためのデータか」を見失います。
また、移行の進め方そのものも意思決定の対象です。全社のデータベースを一度に切り替える「ビッグバン」型は一見スピーディーですが、データの整合が崩れたときの影響範囲が極めて大きくなります。多くの成功事例では、対象データやシステムを区切って段階的に新しい基盤へ移していく進め方が選ばれており、これは「ストラングラーパターン」と呼ばれる考え方に通じます。急ぎつつも一気にやらないという舵取りが、成功企業に共通していました。
データ品質の整備とセットにし、定量で管理する
第二のパターンは、データ基盤の刷新を「データ品質の整備」とセットで進めていることです。イオングループが自動化の前にデータの流れを整理したように、成功した企業は基盤を入れ替える前後でデータの定義や入力ルールそのものを見直しています。古い定義のままデータを新基盤に移し替えるだけでは、せっかくの刷新が「速く取り出せる不正確なデータ」で終わってしまいます。
第三のパターンは、効果を定量的に管理していることです。製造業の事例では処理時間と保守費、イオングループでは削減した業務時間、ユニリタでは作業負担と投資対効果という具体的な指標で成果が語られていました。最初に「どのデータを、どれだけ早く・正しく扱えるようにするのか」を数値目標として置いたからこそ、刷新後にその達成度を評価できたのです。
こうした定量管理の発想は、投資判断の段階から組み込むことが理想です。たとえばトヨタ自動車は、IT投資をQCDS(Quality・Cost・Delivery・Safety)という複数の観点から多角的に評価する考え方を採り入れています。コストだけ、あるいは処理速度だけといった単一指標で判断するのではなく、複数の軸でバランスを見ることで、データ基盤の刷新が本当に事業に貢献しているかを立体的に捉えられます。
成功と失敗を分ける分岐点はどこにあるか
ここまで成功事例を見てきましたが、すべてのデータ刷新がうまくいくわけではありません。対比として知っておきたいのが、江崎グリコの基幹システム切り替えで発生したトラブルです。切り替え時の障害により、チルド商品の全品出荷が停止する事態に至りました。基幹システムの切り替えはデータ移行と表裏一体であり、この一件は、データ移行や移行計画の作り込みが不十分だと、システムだけでなく事業そのものが止まりかねないことを示しています。
成功事例と失敗事例の分岐点は、多くの場合「データ移行の設計と検証にどれだけ手間をかけたか」にあります。成功した企業がデータの棚卸しや段階的な移行に時間をかけていたのに対し、トラブルに陥るケースでは移行時のデータ整合の検証や切り戻し手順の準備が甘くなりがちです。なお、失敗の要因やリスクを網羅的に押さえたい場合は別の観点での整理が必要になりますが、本記事では成功事例との対比として、データ移行設計の重要性を押さえておけば十分です。
言い換えれば、成功のパターンはそのまま「失敗を避けるためのチェックリスト」にもなります。データ資産を棚卸ししてから手法を選ぶ、データ品質の整備とセットで進める、効果を定量で管理する、そして一気に切り替えず段階的に移行する。この4点を押さえているかどうかが、業界を問わずデータモダナイゼーションの成否を大きく左右するのです。
まとめ

本記事では、データモダナイゼーションの事例・成功事例について、業界横断の視点で解説してきました。製造業の基幹系刷新ではデータ資産の棚卸しを起点としたリビルド型の刷新により、夜間のデータ集計を8時間から90分へ約80%短縮し、保守費を年2,400万円から850万円へ約65%削減しました。イオングループは自動化の前のデータ整理で月700時間の業務を削減し、ユニリタは1日10億件のログデータ集約で作業負担を5分の1に軽減し数億円規模の投資対効果を実現しています。
これらの事例から読み取れる成功のパターンは、(1)データ資産の棚卸しを起点に手法を選ぶ、(2)データ品質の整備とセットで進める、(3)効果を定量で管理する、(4)一気に切り替えず段階的に移行する、という4点に集約できます。トヨタ自動車のQCDS視点のように複数の軸で投資効果を評価する姿勢も、データ基盤の刷新を事業貢献につなげるうえで重要でした。一方で江崎グリコのトラブルが示すように、データ移行設計の甘さは事業停止という深刻な結果を招きます。成功と失敗を分けるのは、基盤の派手さではなく進め方の丁寧さです。
自社のデータモダナイゼーションを検討する際は、まず本記事の事例を「自社のデータ環境に置き換えるとどうか」という視点で読み返すことをおすすめします。そのうえで、手法の全体像や費用感、進め方の選択肢を体系的に整理したい場合は、完全ガイドもあわせて活用してください。事例から学んだ判断軸を自社の計画に落とし込むことが、データ活用の土台づくりを成功へ導く確かな一歩になります。
株式会社riplaでは、IT事業会社出身のプロフェッショナルが「Impact-Driven型支援」を通じて、プロダクトやシステムの納品・提供を目的とせず、お客様と同じ目線で、事業成果の達成をゴールとして、高品質なDX/開発支援をいたします。

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株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。
