医療/介護業界のAIエージェントの活用事例/実例/具体例について

医療/介護業界のAIエージェントの活用先は、記録作成、見守り・対話、基幹システム連携の3つの業務です。診断は任せず、職員が確認できる事務・定型業務から始めるのが基本です。

事例ごとの効果は、安全な運用と費用を合わせて見ることで判断しやすくなります。

医療/介護業界がAIエージェント開発を迫られる背景

AIエージェントの導入目的は、記録や調整の時間を減らし、患者・利用者と向き合う時間を増やすことです。職員の数を減らすことが目的ではありません。

医療と介護では扱う情報の機微性が高く、現場の人手不足も深刻です。そのため、導入では効果と安全性を同時に設計する必要があります。

医師の働き方改革後も残る事務作業

医師の働き方改革で時間外労働の上限が意識されても、患者数や診療情報の量が自動的に減るわけではありません。

紹介状や退院サマリ、診療情報提供書などの文書作成や会議資料の準備が残れば、現場の負担感は下がりにくいです。

そこで、AIエージェントが複数の記録から情報を集め、決められた様式の下書きを作ります。職員が確認して完成させる流れに適しています。

介護人材不足による記録・申し送りの負担増

厚生労働省は、介護職員の必要数を2026年度に約240万人、2040年度に約272万人と推計しています(出典: 厚生労働省「第9期介護保険事業計画に基づく介護職員の必要数について」、2024年)。

人材を急に増やせない施設では、記録や申し送り、家族への連絡などを効率化することが重要です。そうすることで、限られた職員がケアに集中できる状態を作れます。

ポイント

医師の働き方改革後も事務作業は残りやすいため、導入の候補は記録業務から考えるとよいでしょう。効果を広げる前に、職員の時間をどこで減らすかを決めておきます。

業務領域別のAIエージェント活用事例

Human in the Loopを中心に、記録、見守り・対話、病床調整、訪問書類の活用領域を配置した図。
確認を挟む運用が、異なる業務をつなぎます。

事例は、記録、見守り・対話、基幹システム連携の3つの領域に分けて見ていきます。

いずれも効果を測りやすい業務です。また、どの事例も、AIが最終判断をせず、情報を整理して担当者が確認・実行するHuman in the Loopを前提にしています。

事例1:退院サマリ・介護記録・申し送りの自動作成

複数の記録を読み返して書式へ転記する作業は、医師や介護職員の負担になります。記録が遅れると、退院後の施設や次の勤務者への共有も遅れてしまいます。

AIには、目的に必要な範囲だけを渡します。対象は、電子カルテや看護記録、介護記録、検査結果などです。

音声入力では話者や時刻を認識し、観察事項や変化、次の対応などに整えます。

  • 下書き:入院時の状態や治療経過、服薬、退院後の注意点を、テンプレートに沿って整理。
  • 確定:医師が原文と照合し、退院サマリを確定します。

富士通Japanの発表では、国立病院機構名古屋医療センターの実証で、患者1人あたりの退院サマリ作成時間が約28分から約8分へ短縮しました。削減率は71.2%です(出典: 富士通Japan「生成AIを活用した医療文章作成支援サービス」、2025年)。

年間16,416件、医師の想定時給1万円で試算すると、コスト削減効果は約5,000万円になります。ただし、この数値をそのまま全施設に当てはめることはできません。

そのため、自院の件数と作成時間を掛け合わせて、効果測定の基準にするとよいです。また、申し送りの抜け漏れや共有までの時間も確かめます。

事例2:患者・入居者の見守りと対話の支援

夜間巡視や退院後の電話フォローは欠かせませんが、どちらも職員の時間を使います。

転倒や体調変化は見落としたくないものの、常時撮影は利用者や家族の不安につながる場合もあります。

カメラやベッドセンサー、ウェアラブル端末などを使い、転倒や離床を検知します。長時間の無動作や呼び出しの集中も、イベントとして捉えます。

  • 通知と映像:検知時に通知し、映像は常時保存せず、必要な場面だけ確認できるようにします。

退院後は、AIエージェントが服薬や受診予定を対話形式で確認します。危険な回答や相談があれば、医療者へ引き継ぎます。

SafelyYouのように、転倒を検知したときだけ映像を保存して通知する仕組みもあります。こうした仕組みなら、見守りの負担とプライバシーの課題を同時に扱えます。

効果は、転倒件数や救急外来受診、夜勤職員の巡視頻度で比べられます。通知の正確性も測り、AIが問題なしと判定した後も、職員が体調を最終確認します。

事例3:電子カルテや基幹システムと連携した病床調整と書類作成

病床の空きや退院見込みなどの情報が分散していると、担当者は電話や表計算で調整します。

在宅医療でも、訪問予定と書類作成を別々に管理すると、事務職員の残業が増えやすくなります。

  • 病床調整:電子カルテや病床管理のデータを基に、退院目安や受け入れ負担を踏まえた候補を提示します。
  • 訪問診療:診療記録からの書類項目の抽出と、RPAによる既存システムへの転記。
  • 承認:候補と根拠を担当者が確かめたうえでの、予約と帳票の確定。

効果は、調整時間と病床の空床日数で測れます。書類の差し戻しや訪問ルートの移動時間も、指標にできます。

レガシー環境では、CSV出力や既存RPA、限定的なAPIから連携を始めると、投資と停止リスクを抑えやすくなります。

ポイント

事例を比べるときは、効果を測りやすいかと、担当者が確認してから次へ進む運用かを一緒に見ます。どちらか一方だけでは、現場で使えるかを判断しにくくなります。

医療/介護業界のAIエージェントの安全な運用

医療情報を中央に置き、匿名化やマスキング、アクセス制御と閉域ネットワーク、監査ログで守る構成図。
入力前と処理環境の対策を重ねて守ります。

安全に使うには、まず利用目的と入力情報を決めておきます。あわせて、出力を確認する担当者と、事故時の連絡先もあらかじめ定めておきます。

医療情報は、一般公開の生成AIへそのまま入力せず、匿名化やマスキングを行ったうえで、アクセス制御と閉域ネットワーク、監査ログを組み合わせます。

要配慮個人情報の入力前の分類とマスキング

氏名や病歴、服薬、要介護状態などは、業務上必要な範囲を超えてAIへ渡さないことが基本です。

まず、「入力してよい情報」「匿名化すればよい情報」「入力してはいけない情報」の3つに分けて決めます。そのうえで、氏名や患者番号は仮IDへ置き換えます。さらに、音声や画像も個人を特定できるため、テキストだけなら安全とは限りません。

  • 入力前の対策:画面やAPIの手前でマスキングを必須にし、利用者とデータのログを残す設計。
  • 処理環境:診療データを学習に使わない設定と、閉域ネットワークや専用テナントの検討。

IT担当者がいない施設では、具体例を載せたA4一枚のガイドラインを用意します。判断に迷ったときは、相談先を一人の責任者にまとめておきます。

診断支援と事務支援の切り分けと最終責任者

診断・治療支援と、担当者が原資料を照合できる事務支援では、導入時に確かめる条件が違います。

  • 診断・治療支援:誤出力が患者の安全に直結するため、医療機器に当たるソフトは薬機法上の承認などの確認が要ります。
  • 事務支援:議事録や退院サマリ、紹介状の下書き、院内規程検索から始められます。

事務支援は、医師や看護師、ケアマネジャーが原資料と照合できる業務です。

Google Cloudの医療向け検索文書でも、医療情報の検索・要約と、専門家の監督なしの診断・治療利用は区別されています(出典: Google Cloud「Vertex AI Search for healthcare data」、2026年更新)。

AIの回答には、参照元と生成日時、信頼度や未確認項目を表示します。また、承認ボタンを押すまで電子カルテへ反映しない仕組みが必要です。

事故時の責任の分け方と契約・SLAへの記載

AIが薬剤名を取り違えたり、アレルギー情報を拾えなかったりすることがあります。その際、医療機関、導入支援会社、モデル提供会社のどこが責任を負うかが曖昧だと、事故後の対応が遅れます。

  • 契約事項:利用目的・禁止用途・保管場所・再学習・出力検証責任・代替運用・ログ保存期間を明記します。
  • SLA:重大障害の検知・連絡時間、復旧目標、誤出力窓口、更新通知、事故時の協力義務。
  • 運用判断:正確性を単一の数値で保証せず、許容誤り、必須確認項目、停止判断権限を運用手順に定めます。

ポイント

安全な運用は、入力前のマスキングや処理環境の制限、出力の確認を組み合わせて作ります。医療機器に当たるソフトは薬機法上の承認などを確かめ、事故時の責任分界は契約とSLAに書いておきます。

AIエージェント開発の費用相場とROIの試算

費用は、AIモデルの利用料に加えて、要件定義やデータ整備、既存システム連携まで含めて見積もります。画面開発やセキュリティ審査、テスト、教育、運用監視も、見積もりの対象です。

汎用チャットを試す場合と、電子カルテへ接続する専用エージェントを作る場合では、必要な費用も責任範囲も大きく異なります。

データ整備と連携範囲で変わる初期費用

初期費用の幅をつかむには、必要な作業と、システム連携の条件を確かめます。

  • 設計・データ:業務ヒアリングと要件定義、匿名化とデータ整備、プロンプトと評価基準の作成。
  • 開発・導入:既存ソフトとの接続、権限管理、画面、テスト、マニュアルの作成を見積もります。

古いオンプレミス型の電子カルテでは、APIがない場合や、項目名・コードが施設ごとに異なる場合があります。手書き記録やPDFの紹介状を扱うときは、OCRの誤認識の確認とデータ変換の工数も必要になります。

見積もりには、対象業務と1日の件数、現在の所要時間を記載します。さらに、参照システムや確認者、許容する誤り、保存期間も書き添えます。

PoCは数週間から数か月で実施し、精度に加えて、1件あたりの確認時間や差し戻し率、現場の利用率を見ます。そのうえで本開発へ進めば、過剰投資を防ぎやすくなります。

削減時間を人件費と増収に分けたROIの計算

ROIの試算では、まず直接効果を計算し、そこへ関連する業務効果を重複なく加えます。

  • 直接効果:削減時間×1時間あたりの人件費×年間件数で算出。
  • 試算例:1件20分の作業を月1,000件処理し、確認後の作業を半分にできれば、月166.7時間を振り替えられます。
  • 追加効果:残業の削減、採用・教育費の抑制、空床日数の減少、訪問件数の増加を、重複を除いて加える。

年間効果から初期費用と年間運用費を引き、初期費用と運用費で割る計算式は、稟議で説明しやすい形です。

API利用料やストレージ、監視費用を月額に含めます。さらに、モデル更新、問い合わせ対応、教育の費用も月額に入れます。

国や自治体の補助制度を使える場合もあります。ただし、補助率や対象経費は公募ごとに変わるため、申請時点の公募要領を確かめます。

ポイント

費用は、利用料だけでなくデータ整備や連携の範囲で大きく変わります。ROIは、PoCで実測した削減時間を人件費に換算して試算すると、稟議で根拠を示しやすくなります。

現場に定着させるための導入ステップ

30日、60日、90日の順に、会議録や院内規程検索から匿名化した記録、退院サマリや申し送りへ進む導入時系列図。
扱う情報と業務の範囲を段階ごとに広げます。

医療/介護業界のAIエージェントは、機能を増やすほど成功するとは限りません。そのため、対象業務を絞り、現場の不安を取り除きながら、低リスクの業務から段階的に進めます。30日・60日・90日の区切りで評価します。

30-60-90日の段階的な導入

段階ごとに対象業務と評価項目を変え、確認結果に応じて次の業務へ進みます。

  1. 最初の30日は、個人情報を含まない会議録や院内規程検索を使い、操作とルールを確かめます。
  2. 60日目までに、匿名化した記録の要約や介護記録の整形へ広げ、元データとの一致率、確認時間、利用率を測ります。
  3. 90日目は、退院サマリや申し送りへ進み、停止条件と責任者を決めたうえで本番運用へ移る段階です。

最初の段階では、失敗してもケアに直結しない業務を選びます。効果の大きい業務へ進むときは、移行条件と停止条件をあらかじめ決めておきます。

A4一枚のルールと院内推進人材

導入時には、現場が迷いそうな場面を想定したA4一枚のガイドラインを配ります。現場がためらわず使えるルールを示したうえで、運用を見直せる院内体制も整えます。

  • 利用ルール:入力禁止情報・マスキング・記録への貼付禁止・確認・誤りの報告・障害時の代替手順。
  • 研修:新人教育と月次の事例共有に組み込み、継続して学べる形にする。

推進人材は、情シスだけでなく医師や看護師、介護職、事務職から選びます。業務知識とAIの限界を理解した担当者を置きます。

担当者は、利用ログと現場の声から改善案を出します。評価は、人員削減数よりも記録時間や残業時間、ケア時間、確認漏れ、職員の利用継続率を中心にすると、反発を招きにくくなります。

全面刷新を避けたレガシーシステムのデータ連携

古い電子カルテや介護ソフトでは、AIより先にデータ連携が課題になります。項目名や日付形式がそろっていなかったり、手書き記録やAPIが使えなかったりすると、入力データの品質を確かめる必要があります。

まずデータ項目の一覧表を作り、必須項目と欠損時の扱いを決めます。更新頻度と保存場所も決めておきます。

  • 連携方式:標準APIならFHIRなどを優先し、難しい範囲はCSVやRPA、閲覧専用検索で補います。

Google Cloudの医療検索では、FHIR R4データ向けのデータストアの準備が案内されています。構造化データと非構造化文書を分けて設計する考え方も参考になります。

通信が不安定な病棟では、検知や一時保存はエッジ側で、要約や分析はクラウド側で行う分担も検討します。

ポイント

停止条件と責任者を先に決め、30日・60日・90日の区切りで効果と安全性を評価します。そのうえで、次の業務へ広げるかを判断します。

よくある質問

医療/介護業界では、診断は任せず、確認できる事務支援からAIエージェントを導入します。導入前によく寄せられる質問に、直接答えます。

医療/介護業界ではどの業務からAIエージェントを始めるべきですか?

会議録や院内規程の検索、介護記録の整形、退院サマリの下書きなど、担当者が原資料と照合できる業務から始めます。一方で、診断や治療方針の自動決定は、法規制と安全性を確かめたうえで、初期導入とは分けて考えます。

AIエージェントの導入費用はどのように見積もればよいですか?

見積もりは、要件定義やデータ整備、連携、画面を分けて出します。さらに、セキュリティ審査、教育、月額のAI利用料、保守も別に示します。業務件数や現状の作業時間、確認者、連携対象を整理し、PoCで実測した削減時間から施設ごとのROIを試算します。

患者や利用者の個人情報をAIへ入力しても問題ありませんか?

まず、契約と利用目的、データの保存や学習利用、アクセス権限を確かめます。必要であれば、匿名化やマスキングを行います。一般公開のAIへ実データを入れず、閉じた環境と監査ログを使い、入力前のチェックや担当者による出力の確認も組み合わせます。

開発会社を選ぶときは何を確認すべきですか?

AI性能に加えて、医療・介護の業務への理解、個人情報保護、電子カルテなどとの連携を確かめます。障害対応や責任分界、研修の内容も見ます。PoCの指標、本番移行の条件、更新時の再テスト、SLAは、提案書や契約書で確認します。

まとめ

医療/介護業界のAIエージェントは、定型業務で効果を出し始めています。退院サマリや介護記録、申し送り、見守り、病床調整、訪問書類などが、その例です。

AIに判断を任せきりにせず、課題、導入内容、効果を業務ごとに定義します。そのうえで、担当者が確認してから次の処理へ進む仕組みを作ります。

小さく始める導入と、効果・安全性の同時測定

導入後は、対象業務を段階的に広げ、効果と安全な運用条件を一緒に確かめます。

  • 段階導入:個人情報を含まない業務から始め、匿名化した記録や退院サマリ、申し送りへ広げます。
  • 効果測定:削減時間、確認漏れ、差し戻し、利用率、ケアに使えた時間の測定。
  • 安全な運用:入力ルールとHuman in the Loop、障害時の代替手順の組み込み。

レガシーシステムは全面刷新せず、API・CSV・RPAを組み合わせて段階的に連携します。

参考ソース

本文の推計値、導入事例、医療情報検索の説明は、次の資料をもとにしています。

  • 厚生労働省「介護人材確保に向けた取組」
  • 富士通Japan「生成AIを活用した医療文章作成支援サービスを名古屋医療センターに導入」
  • Google Cloud「About Vertex AI Search」
  • Google Cloud「医療データの検索結果を取得する」
  • Google Cloud「医療検索のチェックリスト」

https://www.mhlw.go.jp/stf/newpage_02977.html

https://www.fujitsu.com/jp/group/fjj/documents/about/resources/press-releases/2025/1119-01.pdf

https://docs.cloud.google.com/vertex-ai/generative-ai/docs/learn/vertex-ai-search

https://docs.cloud.google.com/generative-ai-app-builder/docs/search-hc-data?hl=ja

https://docs.cloud.google.com/generative-ai-app-builder/docs/healthcare-search-checklist?hl=ja

会社紹介

株式会社riplaでは、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを、構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルによる高い要件定義力・システム設計力を活かし、事業成果の最大化に伴走します。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。事業会社でIT・DXを経験したプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、お客様の事業・ユーザー・業務に最適化したオーダーメイド型システムを構想策定・要件定義から開発・改善まで一気通貫で支援し、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の最大化に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。