長年使い続けてきた基幹システムやERPは、ハードウェアの保守期限切れ、ソフトウェアのサポート終了(EOL)、保守契約の満了といった節目を迎えると、新しい基盤への「更改」が避けられなくなります。新規開発とは違い、すでに業務が止まらずに回っている仕組みを置き換える更改は、本来の機能を維持したまま土台を載せ替えるという難度の高い作業です。それにもかかわらず、更改プロジェクトでは深刻なトラブルや遅延、さらには事業そのものの停止に至る失敗が後を絶ちません。経済産業省のDXレポートが指摘した「2025年の崖」では、老朽化したシステムを放置した場合に2025年以降で年間最大12兆円もの経済損失が生じるリスクが示され、更改は待ったなしの経営課題になっています。
一方で、「急いで更改しなければ」という焦りが、かえって炎上や業務停止を招くケースが少なくありません。本記事では、基幹システム・ERP更改の失敗・課題・注意点・リスクについて、江崎グリコの出荷停止トラブルやSAP導入でよく語られる「3大疾病」といった一次情報をもとに、「なぜ更改が炎上・遅延・業務停止に至るのか」という失敗の構造と、その回避策を具体的に解説します。あわせて、手法選定から費用感、進め方までを体系的に整理した基幹システム/ERP更改の完全ガイドもご覧いただくと、本記事のリスク論を全体像の中で位置づけやすくなります。本記事では、その完全ガイドでは触れきれない「現場で実際に何が崩れるのか」を、失敗パターンと回避策のセットでお伝えします。
▼全体ガイドの記事
・基幹システム/ERP更改の完全ガイド
基幹/ERP更改が失敗する典型パターン

基幹システムやERPの更改で起きる失敗は、決して特殊で偶発的なものではありません。むしろ業界や規模を問わず、驚くほど似たパターンを繰り返しています。失敗を避ける第一歩は、「どこで何が崩れるのか」という典型パターンをあらかじめ知っておくことです。本章では、現場で繰り返し語られる代表的な失敗の構造を整理します。
失敗の多くは、技術そのものの難しさよりも、プロジェクトの進め方や関係者の関わり方に起因します。つまり「何を使うか」よりも「どう進めるか」でつまずくケースが圧倒的に多いのです。だからこそ、これから挙げるパターンは技術担当者だけでなく、経営層や業務部門の方にも知っておいていただきたい内容です。
江崎グリコの出荷停止が示す移行計画の甘さ
基幹システム更改の失敗を語るうえで、避けて通れないのが江崎グリコの事例です。同社は基幹システムの切り替えを行った際、移行に伴うシステム障害が発生し、チルド(冷蔵)商品の出荷が全面的に停止する事態に陥りました。プリンや乳飲料といった主力商品が長期にわたり店頭から消え、事業に直接的な影響を及ぼしたのです。
この一件が示すのは、基幹システムの更改が単なるIT部門の作業ではなく、事業継続そのものを左右する経営リスクだということです。受発注や在庫、物流といった機能が止まれば、商品が作れても届けられません。システムの不具合が、そのまま「モノが動かない」という事業停止に直結する点に、基幹システム更改の怖さがあります。
こうしたトラブルの根本にあるのは、多くの場合「移行計画の作り込み不足」です。新システムが理屈どおりに動くことばかりに注意が向き、本番切り替え時に何が起こり得るか、問題が起きたときにどう元へ戻すかという検証が後回しになりがちです。更改の失敗は派手な技術的ミスよりも、地味な移行設計の甘さから生まれるという教訓を、この事例は強く突きつけています。
SAP導入で語られる「3大疾病」とは
ERP更改の代表格であるSAPの導入では、失敗の典型として「3大疾病」と呼ばれるパターンがよく語られます。1つめは「業務部門(ユーザー)のやる気がない・参画が不足している」こと、2つめは「大量のアドオン(追加開発)が発生する」こと、3つめは「データ移行がうまくいかない」ことです。この3つは、SAPに限らずあらゆる基幹システム更改で起こりうる普遍的な落とし穴でもあります。
1つめの業務部門の参画不足は、プロジェクトをIT部門やベンダー任せにしてしまう典型的な失敗です。実際に新システムを使うのは業務部門ですから、彼らが要件を語らず、テストにも本気で関わらなければ、現場で使えないシステムが出来上がります。「自分たちの仕事ではない」という温度感が、稼働後の混乱を招くのです。
2つめの大量アドオンは、標準機能で対応できる業務までも従来のやり方に合わせて作り込もうとすることで発生します。アドオンが増えれば増えるほど、開発コストは膨らみ、テスト範囲は広がり、将来のバージョンアップも困難になります。3つめのデータ移行については次章で詳しく触れますが、いずれの疾病も「現場を巻き込まず、現行業務をそのまま持ち込もうとする」という共通の病巣から生まれています。
要件定義の甘さとブラックボックス化
更改プロジェクトが後工程で炎上する原因の多くは、上流の要件定義の段階に潜んでいます。長年使い続けた基幹システムは、当初の仕様書が失われていたり、度重なる改修で仕様が複雑化していたりして、「現行システムが実際に何をしているのか」を誰も正確に説明できないブラックボックス状態に陥りがちです。
現行仕様が把握できないまま更改に着手すると、要件がいつまでも固まりません。設計や開発が進んだ後になって「実は重要な処理が抜けていた」「例外的な業務フローが考慮されていなかった」と発覚し、大幅な手戻りが発生します。手戻りはスケジュールの遅延と費用の追加を同時に引き起こし、プロジェクト全体を圧迫します。
日本情報システム・ユーザー協会(JUAS)の調査でも、約7割の企業が既存システムの老朽化を経営課題として認識していると示されています。老朽化が進むほど仕様のブラックボックス化も深刻になり、更改の難度は上がっていきます。要件定義の甘さは、放置された老朽化のツケが一気に表面化する局面でもあるのです。
データ移行とベンダー丸投げのリスク

前章で挙げた失敗パターンの中でも、とりわけ多くのプロジェクトを苦しめるのが「データ移行」と「ベンダーへの丸投げ」です。この2つは更改の山場であると同時に、最も泥臭く、最もトラブルが起きやすい領域でもあります。本章では、なぜここで炎上が起きるのかを掘り下げます。
データ移行に潜む泥臭い落とし穴
データ移行は「古いシステムのデータを新しいシステムに入れるだけ」と軽く見られがちですが、実際には更改プロジェクトで最も難航しやすい工程です。新旧でデータの持ち方が異なるため、どの項目をどこに対応づけるかというデータマッピングの作業は想像以上に複雑になります。1つの項目の取り違えが、稼働後の業務全体に影響を及ぼすこともあります。
さらに、長年蓄積されたデータには、文字コードの違い、マスタの重複、表記ゆれによる名寄せの必要性といった問題が山ほど潜んでいます。次のような課題が代表的です。
・新旧でデータ構造が異なるためマッピングが複雑化する
・文字コードの違いで文字化けや欠落が起きる
・取引先マスタなどに重複や表記ゆれがあり名寄せが必要になる
・テストデータでは問題なくても本番データ特有の例外で失敗する
これらは事前に網羅的に洗い出すことが難しく、本番に近いデータで実際に移行を試して初めて表面化するものが少なくありません。
こうした落とし穴に対して致命的なのが、移行リハーサルの不足と切り戻し手順の欠如です。本番さながらの移行を事前に繰り返さなければ、当日になって想定外のエラーに直面します。さらに、トラブル時に旧システムへ戻す切り戻し手順を用意していなければ、江崎グリコの事例のように業務が止まったまま復旧の目処が立たない、という最悪の事態に陥りかねません。
ベンダー丸投げが招く認識齟齬と追加費用
もう1つの大きなリスクが、ベンダーへの「丸投げ」です。自社の現状や要件を十分に把握しないまま、「あとはお任せします」とベンダーに委ねてしまうと、プロジェクトはたちまち迷走します。発注側が現行業務を語れなければ、ベンダーは推測で進めるしかなく、認識の齟齬が積み重なっていきます。
認識齟齬は、開発の後半やテスト段階で「思っていたものと違う」という形で噴出します。その時点での仕様変更は追加費用とスケジュール遅延を伴い、当初の見積もりを大きく超える原因になります。丸投げは一見ラクに見えて、結果的に最もコストの高い進め方になりかねません。
重要なのは、ベンダーの力を借りつつも、発注側が主体性を失わないことです。自社の現状把握はベンダーには代行できません。何を実現したいのか、現行業務のどこが譲れないのかを発注側が言語化し、ベンダーと役割分担を明確にしてこそ、プロジェクトは健全に進みます。丸投げの反対は「自社がオーナーシップを持つこと」だと言い換えられます。
2027年問題による駆け込み更改のリスク
ERP更改に固有のリスクとして、近年クローズアップされているのが「SAP ERPの2027年問題」です。広く使われてきた旧来のSAP ERP製品が保守サポートの期限を迎えることから、多くの企業が一斉に更改を迫られています。この期限を契機とした駆け込み更改の集中が、新たなリスクを生んでいます。
同じ時期に更改案件が集中すると、対応できる人材やベンダーのリソースが逼迫します。優秀なエンジニアやコンサルタントの奪い合いになり、人員を確保できないプロジェクトはスケジュールが後ろ倒しになります。慌てて着手したものの体制が組めず、品質を犠牲にして無理に進める、という悪循環に陥る危険があるのです。
「2025年の崖」が示すように、老朽化したシステムの放置は大きな経済損失リスクを伴います。しかし、期限ぎりぎりまで先送りした結果として駆け込みになれば、リソース不足という別のリスクを抱え込むことになります。更改は「急ぐべき理由」と「焦って進める危険」の両方を踏まえ、早めに計画的に着手することが、結果的に最も安全な選択になります。
失敗を避けるためのプロジェクト設計

ここまで見てきた失敗パターンやリスクは、裏を返せばそのまま「回避策のチェックリスト」になります。リスクを列挙して不安を煽るだけでは意味がありません。本章では、炎上・遅延・業務停止を避けるために、更改プロジェクトをどう設計すればよいかを具体的に整理します。
ビッグバン回避とストラングラーパターン
移行アプローチの選択は、失敗を避けるうえで最も重要な意思決定の1つです。全社のシステムを一度に切り替える「ビッグバン」型は、一見スピーディーで分かりやすい一方、トラブルが起きたときの影響範囲が全社に及びます。江崎グリコの出荷停止のように、一度の障害が事業全体を止めてしまうリスクが、この方式には常につきまといます。
そこで定石とされるのが「ストラングラーパターン」です。これは、機能や対象を区切って段階的に新システムへ置き換え、新旧を一定期間並行して稼働させながら少しずつ移行していく考え方です。一度に切り替える範囲を小さく保つことで、万一トラブルが起きても影響を局所化でき、問題を解消しながら前進できます。
段階的な移行は、ビッグバンより時間がかかるように見えるかもしれません。しかし、大規模な手戻りや業務停止のリスクを抑えられる分、トータルでは安全かつ確実に更改を完了できます。「急ぎつつも一気にやらない」という絶妙な舵取りこそが、更改を成功に導く現実的な進め方です。
現状把握・移行リハーサル・切り戻し設計
段階的な移行を支える土台が、徹底した現状把握です。要件定義の甘さやブラックボックス化を防ぐには、まず現行システムが何をしているのか(AS-IS)を可視化することが欠かせません。資産の棚卸しによって不要な機能を洗い出し、本当に必要な処理だけを新基盤へ引き継ぐ判断ができれば、アドオンの肥大化も抑えられます。
データ移行のリスクには、移行リハーサルと切り戻し設計で備えます。次の3点は、業務停止を防ぐための最低限の備えです。
・本番に近いデータで移行リハーサルを複数回繰り返す
・本番切り替え当日の手順とタイムラインを詳細に定義する
・トラブル時に旧システムへ戻す切り戻し手順をあらかじめ用意する
とくに切り戻し手順は、用意していないこと自体が致命的なリスクになります。「戻せる」という安全網があるからこそ、思い切った切り替えに踏み切れるのです。
リハーサルで洗い出した問題を1つずつ潰し、当日の判断基準(どこまで進めば成功か、どうなったら切り戻すか)を事前に決めておくことで、本番当日の混乱を大きく減らせます。移行設計に時間をかけることは、決して遠回りではなく、業務停止という最大の損失を避けるための投資です。
ユーザー巻き込みとアドオン最小化
SAPの3大疾病が示したように、業務部門の参画不足とアドオンの肥大化は更改失敗の中核です。これを防ぐには、プロジェクトの初期段階から業務部門を「自分ごと」として巻き込むことが欠かせません。要件定義やテストに現場の担当者が主体的に関わってこそ、稼働後に使えるシステムが完成します。
アドオンの最小化には、「Fit to Standard」という考え方が有効です。これは、システムを業務に合わせて作り込むのではなく、できるだけ標準機能に業務を合わせていくアプローチです。アドオンを減らせば、開発コストもテスト範囲も縮小し、将来のバージョンアップも容易になります。更改を機に、過剰にカスタマイズされた古い業務のやり方そのものを見直す好機と捉えるとよいでしょう。
そして、ベンダー丸投げを避けるためには、発注側とベンダーの役割分担を契約段階で明確にしておくことが重要です。どこまでを自社が担い、どこからをベンダーに任せるのかを曖昧にしないこと。現状把握とオーナーシップは自社が握り、専門的な実装はベンダーに委ねるという健全な分業が、認識齟齬と追加費用を防ぐ最良の備えになります。
まとめ

本記事では、基幹システム・ERP更改の失敗・課題・注意点・リスクについて、失敗の構造と回避策をセットで解説してきました。江崎グリコの出荷停止は移行計画の甘さが事業停止に直結することを示し、SAPの「3大疾病」(業務部門の参画不足・大量アドオン・データ移行の失敗)は更改でつまずく普遍的な落とし穴を浮き彫りにします。さらに、要件定義の甘さやブラックボックス化、データ移行の泥臭い課題、ベンダー丸投げ、2027年問題による駆け込み更改のリソース逼迫といったリスクが、炎上・遅延・業務停止を招きます。
これらの失敗を避ける鍵は、プロジェクトの設計にあります。全社一括のビッグバンを避けてストラングラーパターンで段階的に移行すること、現状(AS-IS)を可視化したうえで移行リハーサルと切り戻し手順を用意すること、業務部門を巻き込みFit to Standardでアドオンを最小化すること、そしてベンダーとの役割分担を明確にして丸投げを避けること。これらはいずれも、失敗パターンを裏返した回避策にほかなりません。
「2025年の崖」が示すとおり、老朽化したシステムの放置は大きな経済損失リスクを伴いますが、焦って進める更改もまた炎上の温床になります。だからこそ、リスクを正しく理解したうえで、早めに計画的に着手することが何より重要です。更改の手法選定や費用感、進め方の全体像を体系的に押さえたい場合は、完全ガイドもあわせて活用し、本記事で整理した回避策を自社のプロジェクト設計に落とし込んでいただければ幸いです。
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株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。
