ITシステム保守監視のフルスクラッチ・オーダーメイド開発について

ITシステム保守監視とは、稼働中のシステムを常時見張り、異常を検知したら迅速にアラートを発報し、SLA(サービスレベル合意)に基づいて一次対応・復旧対応を行う実務を指します。多くの企業は、DatadogやSite24x7といったSaaS型の監視ツール、あるいはZabbixなどのオープンソースソフトウェア(OSS)を用いて保守監視の仕組みを構築しますが、企業によっては「既製の監視ツールでは自社の複雑な運用フローを再現しきれない」「アラート対応から復旧、報告までを完全に自動化する独自のワークフローを作りたい」という理由から、監視基盤そのものをフルスクラッチ・オーダーメイドで開発するという選択肢を検討することがあります。監視ツールを組み合わせるだけの導入と、自社独自の仕組みをゼロから作り込むフルスクラッチ開発とでは、必要な技術力・費用・期間が大きく異なるため、この選択を誤ると過大な投資や運用破綻を招きかねません。

実際に、アラートの一次対応の8割以上を自社開発システムで自動化し、電話による自動音声エスカレーションまで実現している企業の事例もあり、フルスクラッチによる保守監視基盤の構築は、決して絵空事ではなく実務上の選択肢として存在します。しかし、その裏側には高い技術力を持つ専門エンジニアの確保や、継続的な保守コストの負担といった相応のハードルもあります。本記事では、ITシステム保守監視におけるフルスクラッチ・オーダーメイド開発について、自社構築という選択の位置づけ、OSS自社構築とSaaS型ツールの比較、フルスクラッチのメリット・デメリット、自社開発の実例、そしてフルスクラッチが向いているケース・向いていないケースの判断基準までを体系的に解説します。

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保守監視における「フルスクラッチ」という選択とは

保守監視における「フルスクラッチ」という選択とは

保守監視領域におけるフルスクラッチとは、DatadogやSite24x7のような既製のSaaS型監視ツールをそのまま利用するのではなく、監視エージェント・アラート処理・エスカレーションフローなどの仕組みを自社の要件に合わせてゼロから独自に構築する、あるいは監視ツールと自社独自の自動化システムを組み合わせて構築する開発手法を指します。ここで重要なのは、監視ツール自体をゼロから開発するケースは実務上まれで、実際に多いのは「オープンソース(OSS)を用いた自社独自の監視環境の構築」と、「既存の監視ツールと連携して一次対応を自動化する自社専用システムの開発」という2つのパターンだという点です。どちらのパターンも、既製品の標準機能では実現できない自社固有の運用フローへの対応を目的としています。

OSSを用いた自社独自の監視基盤構築

第一のパターンは、Zabbix、Prometheus + Grafanaといったオープンソースソフトウェアをベースに、自社の環境に合わせて監視基盤を構築するものです。ソフトウェアのライセンス費用は無料(0円)ですが、カスタマイズ性は無限大である反面、自社でサーバーを構築し、設定からアップデート、トラブル対応まですべて自前で行う必要があります。圧倒的なシェアを持つZabbixは設定項目が膨大で初心者にはハードルが高く、Prometheus + Grafanaもモダンな構成ですが学習コストが高めです。いずれもコマンド操作に慣れたエンジニアが必須となり、構築・運用のすべてを自社で担う責任を負うことになります。

SaaS型監視ツールとのTCO比較という視点

これに対してSaaS型監視ツールは、有料のサブスクリプションとして提供されます。Datadogは1ホスト月額18ドル、Site24x7のSTARTERプランは10ホスト月額2,800円といった費用がかかりますが、GUIで直感的に操作でき、テンプレートを利用して導入初日から稼働可能です。情シスのリソースが限られている企業の場合、OSSの構築・運用に時間を奪われるよりも、有料SaaSで「時間と安心」を買う方がトータルコスト(TCO)は安くなる傾向があります。この構図は、フルスクラッチによる自社構築を検討する際にも同様に当てはまります。ライセンス費用の安さだけに着目するのではなく、構築・運用にかかる人的コストまで含めたTCOで比較検討することが、後悔しない意思決定につながります。

フルスクラッチ(独自構築・内製)のメリット・デメリット

フルスクラッチ(独自構築・内製)のメリット・デメリット

自社独自の監視・自動化基盤を内製・構築する場合、既製品を利用するだけでは得られないメリットがある一方、相応のデメリットも抱えることになります。両者を正しく理解した上で、自社にとって現実的な選択かどうかを判断する必要があります。

メリット—無限のカスタマイズ性と業務の劇的な効率化

フルスクラッチによる保守監視基盤構築の最大のメリットは、無限のカスタマイズ性と既存システムとの完全な連携にあります。自社の複雑なビジネスロジックや、既存の社内ツール(チケット管理システム、チャットツール、電話システムなど)とAPIを駆使して完全に統合した独自のワークフローを構築できます。もう一つのメリットは、業務の劇的な効率化です。自社環境に特化した自動化シナリオを組み込むことで、アラート対応の大部分を自動化し、エンジニアを「人間にしかできない高度な運用改善」に集中させることが可能になります。既製の監視ツールが提供する標準機能の枠内に収まらない、自社ならではの運用要件を持つ企業にとって、この2つのメリットは既製品では代替できない価値を持ちます。

デメリット—極めて高い人的コストと継続的な保守負担

一方でデメリットも明確です。第一に、極めて高い人的・学習コストがかかります。ツールの選定、サーバー構築、プログラミングによる連携スクリプトの開発などを行うため、高い技術力を持ったエンジニアの確保が必須となり、初期構築や学習に多大な工数がかかります。第二に、保守・メンテナンスの負担が継続的に発生します。システムは作って終わりではなく、OSや連携APIのバージョンアップ対応、自社製コードのバグ修正など、継続的な保守コストを自社で払い続ける必要があります。既製のSaaS型ツールであればベンダー側が担ってくれるアップデート対応やセキュリティパッチ適用も、フルスクラッチでは自社の責任範囲になる点は、意思決定の際に見落とされがちな重要なポイントです。

自社独自の監視・自動化基盤を内製している事例

自社独自の監視・自動化基盤を内製している事例

フルスクラッチによる保守監視基盤の内製は、決して机上の空論ではなく、実際に高度な自動化を実現している事例が存在します。ここでは代表的な事例と、その仕組みを紹介します。

アイレット株式会社(cloudpack)の「AMS」導入事例

アイレット株式会社(cloudpack)は、公開している事例の中で、24時間365日の監視運用において、発生したアラートの一次対応を「AMS(Advanced Monitoring System)」と呼ばれる自社開発のシステムにより80%以上自動化していると紹介しています。同社の説明によれば、PagerDutyにインシデントが起票されると、AMSがWebhookでそれを受け取り、事前定義されたシナリオに沿って自動処理を開始します。具体的な自動化内容としては、情報の取得、復旧作業、動作確認による分岐、チケットシステム(Backlog)への起票、さらには電話の自動音声による担当者や顧客へのエスカレーションまでを自社システムで自動で実行しているとのことです。この事例が示すのは、監視ツール(PagerDuty)と自社開発の自動化システム(AMS)を組み合わせることで、既製品だけでは実現できないレベルの一次対応自動化が可能になるという点です。

事例から読み取れる自社開発の条件

このAMSの事例から読み取れるのは、フルスクラッチによる自動化基盤の構築は、監視ツールをゼロから作り直すのではなく、既存の監視ツール・インシデント管理ツールと自社開発システムをAPI連携させる形で実現されているという点です。監視の「検知」部分は実績のあるSaaS型ツールに任せ、自社独自の価値を発揮すべき「一次対応の自動化」「エスカレーションのシナリオ設計」部分にフルスクラッチの開発リソースを集中させるという役割分担が、現実的なアプローチだといえます。また、この水準の自動化を実現するには、Webhook連携、シナリオ設計、電話の自動音声システムとの連携など、複数の技術領域にまたがる開発力が必要であり、片手間で実現できるものではないことも、この事例からうかがえます。

フルスクラッチが向いているケース・向いていないケース

フルスクラッチが向いているケース・向いていないケース

フルスクラッチによる保守監視基盤の構築は万能の選択肢ではありません。自社の状況に照らして、向いているケースと向いていないケースを見極める必要があります。

向いているケース

フルスクラッチが向いているのは、高度な技術力を持つ専門エンジニアが社内にいる企業です。Linuxのコマンド操作、ネットワーク構築、そして運用自動化のためのプログラミング(API連携やスクリプト作成)に精通した専門エンジニアチームを内製で維持できる企業に適しています。また、コストを削りつつ、大規模かつ独自の自動化フローを構築したい企業にも向いています。SaaSの従量課金やライセンス費が莫大になりやすい大規模環境において、ライセンス費を極限までゼロ(OSS)に抑えつつ、自社の運用手順に完全一致した高度な自動化システム(前述のAMSのような仕組み)を独自の責任で構築・運用したい企業にとって、フルスクラッチは有力な選択肢になります。監視対象のシステム規模が大きく、既製ツールの従量課金モデルではコストが見合わなくなってきた企業も、検討に値するタイミングといえます。

向いていないケース

逆に、「ひとり情シス」のようにIT人材が不足している中堅・中小企業が無理にOSS構築や内製化に手を出すと、設定に時間を取られて本来の業務が回らなくなるため、SaaS型の導入や外部へのアウトソーシングが推奨されます。また、監視対象システムの規模が小さく、標準的な死活監視・パフォーマンス監視で十分な要件であれば、フルスクラッチによる開発コストと保守負担に見合うメリットは得られません。専任のインフラ・運用エンジニアを継続的に確保できる見込みがない企業も、フルスクラッチには不向きです。構築時点では優秀なエンジニアがいても、その担当者が退職・異動した場合に、後任がブラックボックス化した独自システムを引き継げなくなるリスクは、保守監視という「止められない」領域においてとくに深刻な問題となります。フルスクラッチを選ぶ前に、構築後何年にもわたって保守できる体制を維持できるかどうかを、冷静に自問する必要があります。

内製化を検討する際の意思決定プロセス

内製化を検討する際の意思決定プロセス

フルスクラッチによる保守監視基盤の構築は、「作るか、作らないか」の二択でいきなり判断するのではなく、段階を踏んだ意思決定プロセスを経ることでリスクを抑えられます。ここでは、実務で有効な検討の進め方を紹介します。

技術力・保有人材の棚卸し

最初のステップは、自社が保有する技術力と人材を客観的に棚卸しすることです。Linuxのコマンド操作やネットワーク構築、API連携のプログラミングに精通したエンジニアが何名在籍しているか、そのメンバーが保守監視の内製化に継続的に稼働時間を割けるか、そして万が一その担当者が離脱した場合に後任を確保できる見込みがあるかを具体的に洗い出します。とくに保守監視は「止まったら困る」システムであるため、属人化のリスクを許容できるかどうかは、他の内製開発プロジェクト以上にシビアに評価する必要があります。この棚卸しの結果、必要な技術力・人員が明らかに不足していると判断される場合は、無理にフルスクラッチを追求せず、SaaS型ツールとアウトソーシングの組み合わせに方針転換する判断も重要です。

「まず既製ツール、徐々に自動化領域を内製化」という段階的ロードマップ

第二のステップは、最初から全体をフルスクラッチで作ろうとせず、段階的なロードマップを描くことです。前述のアイレット株式会社のAMS事例が示すように、監視の「検知」部分は実績のあるSaaS型ツールやOSSにまず任せ、運用を回しながら「どのアラート対応を自動化すれば最も効果が大きいか」を見極めます。そのうえで、投資対効果の高い一次対応シナリオから優先的に自社開発の自動化スクリプトを組み込んでいくという順序を踏むことで、いきなり大規模な自社開発に着手するリスクを回避できます。この段階的なアプローチは、本テーマの「PoC・プロトタイプ・モックアップ開発」編で解説したスモールスタートの考え方とも一貫しており、保守監視の内製化を成功させるうえで共通する原則だといえます。既製品と自社開発の役割分担を明確にしたうえで、少しずつ内製領域を広げていくことが、フルスクラッチによる保守監視基盤構築を現実的に進める最も手堅い方法です。

まとめ

ITシステム保守監視のフルスクラッチ・オーダーメイド開発まとめ

本記事では、ITシステム保守監視におけるフルスクラッチ・オーダーメイド開発について、自社構築という選択の位置づけ、フルスクラッチのメリット・デメリット、自社開発の実例、フルスクラッチが向いているケース・向いていないケース、そして内製化を検討する際の意思決定プロセスまでを体系的に解説しました。保守監視領域のフルスクラッチは、監視ツールそのものをゼロから作るケースはまれで、実務上は「OSSを用いた自社独自の監視基盤構築」と「既存監視ツールと連携する自社専用の自動化システム開発」という2つのパターンが中心です。アイレット株式会社が公開する「AMS」の事例のように、監視ツールと自社開発の自動化システムを組み合わせることで、アラート対応の8割以上を自動化するような高度な仕組みも実現可能とされていますが、その裏には高い技術力を持つエンジニアの確保と、継続的な保守コストの負担というハードルがあります。フルスクラッチは、高度な専門エンジニアを内製で維持でき、大規模かつ独自の自動化フローを求める企業には有力な選択肢である一方、IT人材が不足する企業や、標準的な監視要件で十分な企業にとっては、SaaS型ツールの導入やアウトソーシングの方が現実的な選択です。自社がどちらに該当するかを冷静に見極めたうえで、まずは自社の技術力・保有人材を棚卸しし、既製ツールと自社開発の役割分担を明確にしながら段階的に内製化領域を広げていくロードマップを描くことが、フルスクラッチによる保守監視基盤構築を成功に導く現実的な進め方です。複数の開発会社に相談しながら最適な保守監視の実現方法を検討することをお勧めします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。