フルスクラッチ・オーダーメイドという言葉は、通常はソフトウェアをゼロから独自開発する文脈で語られます。しかし、すでに稼働しているソフトウェアの運用保守を続けている企業にとっても、この選択は決して他人事ではありません。「老朽化した自社専用ソフトウェアを、このままフルスクラッチで保守し続けるのか」「パッケージ製品やクラウドサービス(SaaS)に乗り換えるのか」「乗り換えるとしても、自社の独自要件はどこまで諦めるのか」という問いは、運用保守を担当する多くの企業がいずれ直面する意思決定です。過剰にフルスクラッチにこだわれば保守コストが際限なく膨らみ、逆に安易にパッケージへ乗り換えれば自社の競争力を支えてきた独自機能が失われかねません。この見極めは、ソフトウェア運用保守を長期的に設計するうえで避けて通れない重要な意思決定です。
本記事では、ソフトウェア運用保守における「フルスクラッチ・オーダーメイド」という選択について、どのようなケースで検討されるのか、パッケージ・クラウドサービス活用との比較、メリット・デメリット、費用感と開発期間の目安、そして実際に判断する際のステップまでを体系的に解説します。既存のフルスクラッチソフトウェアの保守に課題を感じている方はもちろん、老朽化したシステムの刷新やパッケージ乗り換えを検討している方にとっても、実務に直結する判断軸となる内容です。最後までお読みいただくことで、自社にとって最適な作り込みのバランスを見極める視点が身に付くはずです。
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ソフトウェア運用保守におけるフルスクラッチ・オーダーメイドという選択

ソフトウェア運用保守の文脈でフルスクラッチ・オーダーメイドが話題になるのは、多くの場合「既存のフルスクラッチソフトウェアをこのまま保守し続けるべきか」という更新のタイミングです。ここでは、フルスクラッチ・オーダーメイドが検討される代表的なケースと、パッケージ・クラウドサービス活用との構造的な違いを整理します。
フルスクラッチ・オーダーメイドが検討される3つのケース
フルスクラッチ開発・オーダーメイド開発が主に検討されるのは、次の3つのケースです。第一に、自社の業務プロセスが特殊であり、既存のパッケージやSaaSの標準機能に合わせられない、独自の業務プロセスそのものが競争力の源泉になっているケースです。第二に、パッケージソフトを導入しても自社要件に合わせてパッケージ本体のソースコードを修正する「モディファイ」を行うと、将来的なバージョンアップへの追従が困難になり、バージョンアップのたびに別途多額の開発費用が発生するため、それならば最初から自社専用にフルスクラッチで作る方が中長期的に有利と判断されるケースです。第三に、ビジネス環境の変化に合わせてソフトウェアを継続的に進化させ続けたいケースです。システムはリリースして終わりではなく、ビジネス環境や組織の変化に応じて機能を追加・変更(改良開発)し続ける必要があり、この継続的な進化を他社の製品ロードマップに依存せず自社のペースで行いたい場合に、フルスクラッチ・オーダーメイドが選択肢に挙がります。
パッケージ・クラウドサービス(SaaS)活用との比較
パッケージやSaaSは、プログラム改修を行わずパラメータ設定の範囲で利用すれば、パッケージ側のバージョンアップに容易に対応できるという大きな利点があります。SaaSモデルでは、OSやデータベースといったシステム基盤の保守プロセスをSaaSベンダーが責任を持って行うため、利用側の管理コストが大きく低減されます。これに対してフルスクラッチ(オーダーソフト)は、自社の要件に完全に適合できる一方で、アプリケーションの保守改修だけでなく、ハードウェアの製品寿命、OSやミドルウェアのサポート期間を自社で厳格に期間管理し、セキュリティ対策やバージョンアップ対応のコストをすべて自社で負担する必要があります。この「誰が基盤の保守責任を負うか」という構造の違いこそが、フルスクラッチとパッケージ・SaaSを分ける最も本質的なポイントです。自社の要件がどこまで標準的なものかを見極め、標準機能で満たせる範囲はパッケージ・SaaSに任せるという判断が、多くの企業にとって現実的な出発点になります。
保守コストの構造:ライフサイクル全体の40〜80%が保守費用
フルスクラッチを検討するうえで見落としてはならないのが、ソフトウェアのライフサイクル全体で見たときのコスト構造です。最初の構築にかかる初期コストよりも、運用段階での改良開発などを含む保守にソフトウェア全体のコストの40〜80%(平均60%)がかかるとされています。実際、全産業平均において「従来システムの運用」と「新規システム構築」の支出割合はおよそ2対1になっており、多くの企業が初期構築費用以上に、その後の長い保守期間のコストを負担し続けているのが実情です。フルスクラッチ・オーダーメイドを選ぶということは、この保守コストの負担を自社が一手に引き受けるということでもあります。初期の開発費用の安さや自由度だけに目を奪われず、リリース後何年にもわたって発生し続ける保守費用まで含めたトータルコストで、パッケージ・SaaSとの比較を行うことが不可欠です。
フルスクラッチ・オーダーメイドのメリット・デメリット

フルスクラッチ・オーダーメイドには、自社専用に作り込むからこそのメリットがある一方で、その裏返しとなる重いデメリットも存在します。ここでは、ソフトウェア運用保守の観点からこの両面を整理し、選択にあたって押さえておくべきリスクを解説します。
メリット:柔軟な改善とベンダーロックインからの脱却
フルスクラッチ・オーダーメイドの最大のメリットは、制約のない柔軟なシステム改善が可能になることです。自社で全仕様を決定しているため、ソフトウェアのアーキテクチャやデータ構造を理解しやすく設計しておけば、機能追加や変更に対して非常に柔軟に対応できます。パッケージ製品のように「ベンダーの製品ロードマップに合わせて機能追加のタイミングを待つ」という制約がなく、自社の事業スピードに合わせて改良開発を進められる点は、変化の激しい事業環境では大きな強みになります。もう一つのメリットが、ベンダーや製品寿命への依存(ロックイン)からの脱却です。パッケージ製品のサポート打ち切りや、開発メーカーの倒産による「保守不能」のリスクに振り回されることなく、自社のライフサイクルでソフトウェアを維持できます。特定ベンダーの経営判断一つで自社の基幹ソフトウェアの将来が左右される事態を避けられることは、長期的な事業継続性の観点で無視できない利点です。
デメリット:保守性を維持し続けるための継続コスト
フルスクラッチ・オーダーメイドの最大のデメリットは、「保守性」を維持し続けるための継続的なコストと努力が必要になることです。ソフトウェアは改良を繰り返すたびに、次第に構造が複雑化し保守性が落ちる傾向にあります。これを防ぐためには、ドキュメントの標準化、コーディング作法の徹底、そしてコードの内部構造を改善する「リファクタリング」などに継続的に投資し続ける必要があります。パッケージ・SaaSであれば、こうした内部品質の維持はベンダー側の責任範囲ですが、フルスクラッチではすべて自社(または委託先)の責任となります。目先の機能追加を優先してリファクタリングを後回しにし続けると、数年後には改修のたびに膨大な調査工数がかかる「触るのが怖いソフトウェア」になってしまうリスクが常につきまといます。フルスクラッチ・オーダーメイドを選ぶということは、この保守性維持のコストを永続的に負担する約束を交わすことに等しいと理解しておく必要があります。
属人化・ブラックボックス化のリスクと予防策
保守性の維持を怠った場合に顕在化するのが、属人化・ブラックボックス化のリスクです。ソフトウェアの全容を理解しているのが「開発した特定の担当者だけ」になり、その担当者の異動や退職によって保守の品質が著しく低下し、リリース後の障害増加などにつながる重大なリスクを抱えることになります。保守性が低下すると、改修時の「既存システムの調査・分析」に膨大な時間を要するようになり、それがそのままコスト増大とスケジュール遅延の致命的な原因となります。このリスクを予防するには、設計書やコードコメントの整備を属人的な努力目標にせず、レビュープロセスやドキュメント整備を保守契約・保守体制のルールとして制度化しておくことが有効です。また、複数のエンジニアが交代でソフトウェアに触れる体制を意図的に作り、特定の一人しか対応できない状態を作らないことも、フルスクラッチ・オーダーメイドを長期的に維持するための現実的な予防策です。
費用感と開発期間の目安

フルスクラッチ・オーダーメイドを検討するうえで、初期費用と開発期間の目安を持っておくことは欠かせません。ここでは、一般的な費用感と期間感、そしてパッケージのモディファイがどこで限界を迎え、フルスクラッチへの移行判断につながるのかを解説します。
初期費用・年間保守費用の目安
フルスクラッチでソフトウェアを刷新・再構築する場合、対象業務の広さによって幅はありますが、初期開発費として数千万円〜数億円規模の投資が必要になることが一般的な相場感です。また、その後の定常的な運用・保守費用(バグ修正や軽微な改修、インフラ維持費)として、年間で初期開発費の10%〜20%程度の予算を確保しておくのが標準的とされています。前述のとおり、ソフトウェアのライフサイクル全体で見ると保守フェーズが全体コストの40〜80%を占めることを踏まえると、初期開発費用の安さだけでベンダーや開発手法を選ぶのは危険です。見積もりを取る際は、初期構築費用に加えて、年間保守費用の想定額とその根拠(保守にあたる人員体制やSLA水準)まで含めて確認し、5年・10年といった長期スパンでのトータルコストを試算しておくことをおすすめします。
開発期間の目安:規模別の期間感と工期算出モデル
開発や保守改修における工期は、単純な工数(人月)に比例するのではなく、人を投入しても短縮できる限界があるため、「工期=2.0〜3.0×(工数の3乗根)」という計算式に従う傾向があるとされています。フルスクラッチで既存ソフトウェアを刷新・作り直す場合、要件定義から設計、実装、テスト、旧システムからのデータ移行、そして本番リリースと初期の運用保守引き継ぎ(約2ヶ月)までを含めると、小規模なソフトウェアでも半年〜1年程度、中〜大規模な基幹ソフトウェアとなれば1年〜3年程度の長期間を要するのが一般的なスケジュール感です。この期間の長さは、パッケージ・SaaSであれば数週間〜1ヶ月程度で稼働できることと比較すると際立って長く、フルスクラッチを選ぶということは、それだけ長い「作りかけの期間」を事業として許容するという判断でもあります。長期プロジェクトになるほど途中で要件が陳腐化するリスクも高まるため、要件の変化を前提とした段階的なリリース計画を組み込んでおくことが重要です。
パッケージのモディファイ限界とフルスクラッチ移行の判断ライン
すでにパッケージソフトを利用している企業がフルスクラッチへの移行を検討する典型的なきっかけが、パッケージ本体のソースコードを修正する「モディファイ」の積み重ねです。パラメータ設定の範囲で使えているうちはバージョンアップに容易に追従できますが、自社要件に合わせてモディファイを重ねるほど、バージョンアップのたびに個別の追従作業と検証コストが発生するようになります。モディファイにかかる追従コストの累積が、フルスクラッチで作り直した場合の投資額に近づいてきたら、それは移行を検討すべき明確なシグナルです。判断の目安としては、直近のバージョンアップ対応にかかった費用と工数を記録しておき、それが数回分蓄積された時点で「モディファイを続けるコスト」と「フルスクラッチで作り直すコスト」を比較検討するとよいでしょう。パッケージのサポート終了(EOL)が事前に告知されている場合は、その期限から逆算して移行の判断時期を決めておくことも欠かせません。
フルスクラッチを選ぶべきかどうかの判断ステップ

ここまで見てきたメリット・デメリット、費用感・期間感を踏まえ、実際にフルスクラッチ・オーダーメイドを選ぶかどうかは、段階的な判断ステップを踏んで決めるのが現実的です。感覚や「念のため自前で持っておく」という発想での過剰投資を避けるためにも、以下の手順で検討することをおすすめします。
標準化できる領域と独自領域の棚卸し
最初のステップは、自社のソフトウェアが担っている業務要件を「標準的なもの」と「独自のもの」に棚卸しすることです。会計処理や在庫管理のように多くの企業で共通化できる定型業務と、自社の競争力に直結する独自の業務プロセスとを分類することが出発点になります。標準的な要件についてはパッケージ・SaaSで賄えないかを先に検討し、多くの場合はここで機能の大半がカバーでき、コストを大幅に圧縮できます。この棚卸しを丁寧に行わずに「うちは特殊だから」という思い込みでフルスクラッチを選んでしまうと、実際にはパッケージの標準機能で十分対応できたはずの業務にまで、高額な保守コストを払い続けることになりかねません。
必然性の精査(事業継続性・コンプライアンス・競争力)
棚卸しの結果、パッケージ・SaaSで満たせない独自要件が残った場合、次はそれが本当にフルスクラッチ・オーダーメイドを必要とするほどの必然性を持つかを精査します。判断軸となるのは、事業継続性(パッケージのサポート終了リスクを許容できるか)、コンプライアンス(外部サービスにデータを預けられない法規制・機微情報の扱いがあるか)、競争力(その業務プロセス自体が自社の差別化要因になっているか)の3点です。これらのいずれかに明確に該当する要件のみをフルスクラッチ・オーダーメイドの対象とし、「あれば便利」程度の要件は運用フローを標準ツールに合わせる工夫で吸収できないかを先に検討すべきです。フルスクラッチは「他に手段がないから選ぶ」ものであり、「なんとなく自由度が高そうだから選ぶ」ものではないという原則を、判断の軸に据えておきましょう。
維持できる体制・人材確保の確認
最後のステップは、構築後の維持コストと担い手を長期的に確保できるかの確認です。フルスクラッチで作ったソフトウェアは、それ自体が新たな保守対象となり、終わりのない維持費と人材確保の必要性を生み続けます。開発を担当したエンジニアが退職して誰もメンテナンスできなくなる、というのは運用保守における典型的な失敗パターンです。自社での内製体制を敷くのか、委託先に継続的な保守を依頼するのか、いずれの場合も「その体制を5年後・10年後も維持できるか」という視点で確認しておく必要があります。これら3つのステップ(標準化領域の棚卸し、必然性の精査、体制の確認)を踏むことで、過剰な作り込みによるコスト膨張も、過小な作り込みによる要件未充足も避けられます。フルスクラッチ・オーダーメイドは、感覚ではなく要件の棚卸しと必然性の精査に基づいて段階的に決めることが、ソフトウェア運用保守のコストと品質を両立させる唯一の道筋です。
まとめ

本記事では、ソフトウェア運用保守における「フルスクラッチ・オーダーメイド」という選択について、検討されるケースからパッケージ・SaaSとの比較、メリット・デメリット、費用感と開発期間、判断ステップまでを体系的に解説しました。フルスクラッチ・オーダーメイドは、独自の業務プロセス、パッケージのモディファイ限界、継続的な進化への対応といった明確な必然性がある場合に検討すべき選択肢であり、制約のない柔軟な改善とベンダーロックインからの脱却というメリットがある一方、保守性を維持し続けるための継続コストと、属人化・ブラックボックス化のリスクという重いデメリットを伴います。ソフトウェアのライフサイクル全体では保守フェーズが全体コストの40〜80%を占め、初期開発費は数千万円〜数億円、年間保守費用は初期開発費の10〜20%程度、開発期間は小規模でも半年〜1年、中〜大規模なら1年〜3年が目安となります。フルスクラッチを選ぶかどうかは、標準化できる領域の棚卸し、必然性の精査、維持できる体制の確認という3つのステップを踏んで判断することが重要です。老朽化したソフトウェアの刷新やパッケージ乗り換えを検討されている方は、まず現行ソフトウェアの保守コストと属人化リスクを棚卸しするところから始め、長期的な視点でパートナーに相談してみることをお勧めします。
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株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。
