フルスクラッチ・オーダーメイドという言葉は、システム開発の文脈で「自社独自の仕様に合わせてゼロから作る」という意味で使われることがほとんどですが、実はシステム運用保守を検討するうえでも避けて通れないキーワードです。自社が過去にフルスクラッチで開発したシステムを、今後どのように保守していくのか。パッケージ製品を導入する場合と比べて、運用保守の進め方や費用構造はどう変わるのか。そして、独自仕様のシステムだからこそ生じる「属人化」のリスクにどう向き合うべきなのか。これらは、フルスクラッチ開発を選んだ企業が運用保守フェーズで必ず直面する論点であり、開発時点では見えていなかった課題として、システムの稼働から数年後に一気に表面化することも少なくありません。
本記事では、フルスクラッチ・オーダーメイドで開発されたシステムの運用保守に焦点を当て、その特徴とパッケージ製品との違い、保守における課題とコスト構造、そして最大のリスクである属人化への対策までを体系的に解説します。既存のフルスクラッチシステムの保守体制を見直したい方はもちろん、これから独自開発を検討していて将来の運用保守まで見据えておきたい方にとっても、実務的な判断材料となる内容です。最後までお読みいただくことで、フルスクラッチシステムを長期にわたって安定運用するための考え方が身に付くはずです。開発時点での意思決定が、その後何年にもわたる保守コストや体制の在り方を左右することを踏まえ、運用保守フェーズを見据えた視点で読み進めていただければと思います。
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フルスクラッチ開発されたシステムの運用保守の特徴

フルスクラッチ・オーダーメイド開発とは、ユーザー企業独自のビジネスロジックや業務フローに合わせて、既製のパッケージ製品を使わずゼロからシステムを構築する開発手法です。こうして作られたシステム(オーダーソフトとも呼ばれます)は、運用保守のフェーズにおいてもパッケージ製品とは異なる特徴を持ちます。ここでは、フルスクラッチシステムならではの運用保守の特徴を、メリットと課題の両面から整理します。
ゼロから構築された独自システムならではの柔軟性
フルスクラッチ開発されたシステムの最大のメリットは、全仕様を自社(またはその意向を受けた開発会社)が決定しているため、運用保守フェーズにおいても柔軟なコントロールと継続的な改善が可能な点にあります。独自の監視ロジックを追加したり、複雑な機能変更をビジネス環境の変化に合わせて実施したりすることを、自社のコントロール下で自由に行えます。これは、機能追加や修正を「是正保守」「予防保守」「完全化保守」「適応保守」といった保守分類のうち、とくに完全化保守や適応保守を進めるうえで大きな強みとなります。加えて、パッケージ製品を利用する場合に付きまとう制約、たとえばメーカーによるサポート期間の終了や、意図しないタイミングでのバージョンアップ強制といったリスクを受けずに済む点も見逃せません。フルスクラッチであれば、自社のビジネスサイクルやシステムの更改計画に合わせて、独自のペースでシステムのライフサイクルを管理できるのです。この柔軟性は、事業内容や業務プロセスが独自性の高い企業にとって、運用保守フェーズにおいても大きな価値を持ち続けます。
パッケージ製品との運用保守における違い
フルスクラッチ開発とパッケージ製品では、運用保守における前提が根本的に異なります。パッケージ製品をプログラム改修なし(パラメータ設定のみ)で利用している場合、メーカーが提供するバージョンアップに比較的容易に追従でき、セキュリティパッチの適用やOS変更への対応もメーカー主導で進められることが多いのが特徴です。一方、フルスクラッチ開発の場合、あるいはパッケージのソースコードを直接改修する「モディファイ」を行っている場合は、OSやミドルウェアといった動作環境の変化に合わせたバージョンアップ対応や機能改修のコストを、すべて自社(もしくは委託先)で個別に負担し、対応する必要があります。この違いは、単なる技術的な作業量の差にとどまらず、運用保守体制に求められるスキルセットの違いにも直結します。パッケージ製品の保守であれば、そのパッケージに関する知識さえあれば対応できる場面が多いのに対し、フルスクラッチシステムの保守では、独自のアーキテクチャやビジネスロジックそのものを理解したエンジニアが不可欠です。委託先を選定する際は、パッケージ製品の保守実績だけでなく、フルスクラッチ・独自システムの保守経験が豊富かどうかを重要な判断基準とすべきでしょう。
フルスクラッチが選ばれやすい業種・システムの傾向
フルスクラッチ開発は、業種や業務内容によって選ばれやすさに傾向があります。たとえば、独自の物流フローや在庫管理ロジックを持つ製造・物流業界の基幹システム、複雑な料金体系や会員制度を持つサービス業のプラットフォーム、あるいは法令対応や監査要件が特殊な金融・医療系のシステムなどは、既製のパッケージ製品では業務要件を満たしきれず、フルスクラッチでの開発が選ばれやすい領域です。このような背景を持つシステムは、運用保守フェーズにおいても「その業界・その企業ならではの特殊な処理」が数多く組み込まれているため、一般的なITスキルだけでは保守が難しく、業務知識とシステム知識の両方を兼ね備えた人材が必要になります。運用保守を外部委託する場合は、委託先が自社の業界特有の業務プロセスをどこまで理解できるか、あるいは理解しようとする姿勢を持っているかを、契約前の段階で見極めておくことが望ましいでしょう。業種特有の複雑さを軽視して一般的なITベンダーに保守を任せてしまうと、業務要件を正しく汲み取れず、改修のたびに認識のズレが生じるリスクが高まります。
フルスクラッチ運用保守における課題とコスト構造

柔軟性というメリットの裏側で、フルスクラッチ開発のシステムは、保守を容易にするための設計や管理を怠ると、運用保守フェーズで大きな課題を抱えることになります。ここでは、フルスクラッチシステムの保守にまつわる具体的な課題と、そのコスト構造を掘り下げて解説します。
バージョンアップ・保守コストを自社が負担する構造
フルスクラッチシステムの運用保守における最大の課題の一つが、環境変化への対応コストをすべて自社側で負担しなければならないという構造です。OSやミドルウェア、プログラミング言語のランタイムなどは、時間の経過とともにバージョンアップやサポート終了(EOL)を迎えます。パッケージ製品であればメーカーが対応バージョンを案内し、アップデートの提供や動作保証まで担ってくれることが多い一方、フルスクラッチシステムでは、こうした環境変化のたびに自社(または保守委託先)が個別に影響を調査し、改修対応を行う必要があります。この対応を怠ると、セキュリティ上の脆弱性を抱えたまま古い環境で稼働し続けることになり、重大なインシデントのリスクが高まります。逆に、計画的にバージョンアップ対応を継続していくためには、年間を通じてある程度まとまった保守予算を確保しておく必要があり、これがフルスクラッチシステムの運用保守費用がパッケージ製品と比べて高くなりやすい理由の一つとなっています。
「既存システムの理解容易性」がコストを直撃する仕組み
フルスクラッチシステムに機能追加やバグ修正などの改良開発を行う際、作業全体の時間のうち約30%を「既存システムの調査・分析」に費やすことがあると言われています。この調査・分析にかかる時間は、システムの「理解容易性」、つまりどれだけ分かりやすく作られ、ドキュメント化されているかに大きく左右されます。設計書や運用マニュアルが正しく整備されていなかったり、実際のソースコードと内容が食い違っていたりする場合、あるいはシステムの構造(モジュール間の結合度など)が複雑な場合、この調査・分析工数は大きく膨れ上がります。パッケージ製品であれば、メーカーが提供する公式ドキュメントや設計思想がある程度標準化されているため、担当者が変わっても一定の理解容易性が保たれやすいのに対し、フルスクラッチシステムの理解容易性は、開発時にどれだけ丁寧にドキュメントを整備し、保守を意識した設計を行ったかに完全に依存します。ドキュメント整備を後回しにしたまま開発を終えてしまうと、その「ツケ」は運用保守フェーズの改修コストという形で、長期にわたって支払い続けることになるのです。
改修見積もりが膨らみやすいポイントと発注時の確認事項
フルスクラッチシステムの保守改修を外部に発注する際、見積もり金額が想定より大きく膨らんでしまうケースにはいくつかの典型的なパターンがあります。第一に、前述した調査・分析工数が見積もりに正しく織り込まれておらず、着手後に「想定外の調査が必要になった」として追加費用が発生するパターンです。第二に、変更箇所が共通処理やライブラリに及ぶ場合に、影響範囲の調査だけでなく、既存機能が壊れていないかを確認するリグレッションテストの範囲が想定以上に広がり、テスト工数が膨らむパターンです。第三に、フルスクラッチシステム特有の独自ロジックが複数の機能にまたがって密結合している場合、一つの改修が予想外の副作用を引き起こし、手戻りが発生するパターンです。これらのリスクを事前に抑えるためには、見積もり依頼の段階で、影響範囲調査にどの程度の工数を見込んでいるか、リグレッションテストの対象範囲をどう定義しているか、過去に類似の改修を行った実績があるかといった点を、委託先に具体的に確認しておくことが有効です。見積もりの内訳を「調査」「設計」「実装」「テスト」の工程別に明示してもらうことで、どこにリスクが潜んでいるかを事前に把握しやすくなります。加えて、見積もり提示後に仕様追加や変更が発生した場合の再見積もりルールをあらかじめ取り決めておくと、改修が進む中での認識違いによるトラブルを未然に防ぐことができます。
属人化リスクへの対策と内製化・保守体制構築のポイント

フルスクラッチシステムの運用保守において、最も警戒すべきリスクの一つが「属人化」です。独自仕様であるがゆえに、特定のエンジニアの頭の中にしか正確な知識がないという状態に陥りやすく、その担当者が離れた瞬間に保守が立ち行かなくなるという事態を招きかねません。ここでは、属人化がもたらすリスクと、その対策、そして保守体制を構築するうえでのポイントを解説します。
属人化がもたらすリスクと習熟度可視化による対策
フルスクラッチシステムの開発や保守を特定のエンジニアに依存していると、そのシステムに関するノウハウ(暗黙知)が、担当者個人の頭の中だけに蓄積されていきます。この状態が続くと、キーマンとなっている担当者が突発的に異動や退職をした際に、システムの内部構造や過去の改修経緯、トラブルの原因究明に必要な知識が一気に失われ、リリース後の障害増加や、障害発生時の長時間のシステムダウンに直結する危険性があります。これがいわゆる「ブラックボックス化」です。この属人化リスクを防ぐための具体的な対策として、まず「習熟度の可視化」が有効です。システムの機能ごとに、それを正確に理解している要員が何名いるかを一覧化した分布表を作成し、特定の人物一人にしか対応できない機能を洗い出します。そのうえで、そうした機能については意図的に勉強会やペア作業を実施するなど、教育計画を立てて習熟者を計画的に増やしていく体制づくりが必要です。属人化対策は、問題が起きてから慌てて着手するのではなく、平時から継続的に取り組むべき運用保守マネジメントの一部だと位置づけることが重要です。
保守性維持への投資(標準化・構成管理・リファクタリング)
習熟度の可視化と並んで重要なのが、システムそのものの「保守性」を維持するための技術的な投資です。具体的には、コーディング作法の標準化ルールを徹底し、誰が書いても一定の品質と可読性を保てるようにすること、ソースコードと設計書の内容が常に一致している状態を保つ「構成管理」を徹底すること、そしてコードの内部構造を整理して分かりやすくする「リファクタリング」に継続的に投資することが挙げられます。これらの取り組みは、一見すると地味で、直接的な機能追加にはつながらないため後回しにされがちですが、長期的にはシステムの理解容易性を高く保ち、前述した改修コストの膨張を防ぐ効果があります。フルスクラッチシステムは、開発時点で完成すれば終わりではなく、運用保守フェーズを通じて継続的に「保守しやすい状態」を維持し続けなければならない、いわば生き物のような存在だと捉えることが大切です。保守性への投資を怠ったシステムは、時間の経過とともに改修コストが雪だるま式に増えていき、最終的には「触るのが怖いシステム」になってしまいます。
責任分界点の明確化と2ヶ月の引き継ぎプロセス、内製と外注のハイブリッド活用
属人化リスクを組織的に防ぐためには、体制面での対策も欠かせません。まず、運用責任者と保守責任者を明確にし、「誰が・何を・どこまで対応するか」という運用フローや問題解決手順を文書化しておくことが必須です。責任者が不明確なまま運用を進めると、パスワード管理のようなセキュリティ対策までもが担当者任せになり、重大なインシデントに発展する恐れがあります。また、開発チームから運用チームへ、あるいは既存の保守ベンダーから新しいベンダーへと保守体制を切り替える際には、安全な引き継ぎプロセスの設計が重要です。1ヶ月程度の短期間の引き継ぎでは、システム全体像や暗黙知の移転が不十分になりがちなため、約2ヶ月(8週間)をかけた段階的なプロセスを組むことが推奨されます。具体的には、1〜2週目で技術スタックやインフラ構成などシステム全体像を把握し、3〜4週目で保守手順や障害対応フローの理解と過去のトラブル事例の分析(暗黙知の習得)を行い、5〜6週目で現行担当者の監督下での実務OJTを経て、7〜8週目に監督なしでの独立作業とマニュアルの最新化を完了させます。さらに、フルスクラッチ開発であっても、すべてを自社で抱え込む必要はありません。ビジネス競争力の源泉となる「コア機能の改修・改善」は自社(内製)でコントロールし、24時間365日の死活監視や一次対応といった定常業務はMSP(マネージドサービスプロバイダ)へ外部委託するという切り分けを行うことで、限られた社内リソースを最も価値の高い領域に集中させることができます。このハイブリッドな体制設計こそが、フルスクラッチシステムを属人化させずに長期安定運用させるための現実的な解となります。体制を切り替えるタイミングでは、旧担当者と新担当者が一定期間並走できるスケジュールをあらかじめ確保しておくことも忘れてはなりません。引き継ぎ期間を予算や納期の都合で圧縮してしまうと、せっかく設計した責任分界点や引き継ぎプロセスが形骸化し、結局は属人化リスクを先送りするだけの結果になりかねないためです。
まとめ

本記事では、フルスクラッチ・オーダーメイドで開発されたシステムの運用保守について、パッケージ製品との違いから課題・コスト構造、属人化リスクとその対策までを解説しました。フルスクラッチシステムは、独自の監視ロジック追加や複雑な機能変更を自社のコントロール下で柔軟に実施でき、メーカーのバージョンアップ方針に振り回されないというメリットがある一方、OSやミドルウェアの環境変化への対応コストをすべて自社(委託先)が負担する必要があり、既存システムの理解容易性がそのまま改修コストに直結するという課題を抱えています。とくに警戒すべきなのが属人化のリスクで、特定エンジニアへの依存はキーマンの異動・退職時に重大な障害対応の遅れを招きます。これを防ぐには、機能ごとの習熟度を可視化して教育計画を立てること、コーディング標準化・構成管理・リファクタリングといった保守性維持への投資を継続すること、そして運用・保守の責任分界点を明確にしたうえで約2ヶ月の段階的な引き継ぎプロセスを設計することが欠かせません。さらに、コア機能の改修は内製でコントロールしつつ定常的な監視・一次対応はMSPへ委託するハイブリッドな体制を組むことで、限られたリソースを最適に配分できます。フルスクラッチシステムの運用保守を検討されている方は、まず自社システムの理解容易性と属人化の度合いを棚卸しし、必要な対策を計画的に講じることから始めることをお勧めします。独自性の高いシステムだからこそ、保守体制の設計にも相応の丁寧さが求められるということを、開発段階から意識しておくことが望ましいでしょう。
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株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。
