旅行・観光業界のシステム開発の保守・運用費用・ランニングコストについて

旅行・観光業界のシステムを導入・開発したあと、多くの担当者が見落としがちなのが「作って終わりではない」という現実です。旅行者が直接使う観光アプリのランニングコストや、宿泊施設単体のPMS・ホテル管理システムの保守費用とは異なり、旅行・観光業界のシステムには、航空券・宿泊・現地アクティビティをリアルタイムに連携させる旅行会社・OTA基幹の外部API維持費、地域の事業者を横串で束ねるDMO(観光地域づくり法人)の伴走支援コスト、交通機関との連携やインバウンド対応の継続コストといった、業界横断ならではの保守・運用費用が積み重なります。特に、OTAやGDS(グローバル・ディストリビューション・システム)の仕様変更、旅行業法や消費者保護ルールの改正といった「自社でコントロールできない外部要因」に振り回されやすいのが、この業界のランニングコストの特徴です。

本記事では、旅行・観光業界向けシステムの保守・運用費用・ランニングコストについて、SaaS・基盤活用型とフルスクラッチ型のコスト構造の違いから、旅行会社・OTA基幹特有の外部API維持費、DMO・着地型観光システムの伴走支援コスト、交通連携・インバウンド対応の運用コスト、そしてTCO(総所有コスト)を抑えるための実践的な打ち手までを体系的に解説します。これから旅行・観光関連のシステム導入や刷新を検討されている方はもちろん、既存システムの保守費用が想定より膨らんでいると感じている方にとっても、コスト構造を見直すための判断軸として役立つ内容を盛り込んでいます。

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旅行・観光業界のシステム開発における保守・運用費用の全体像

旅行・観光業界のシステム開発における保守・運用費用の全体像

旅行・観光業界向けシステムの保守・運用費用を考えるうえで、まず押さえておきたいのが、コストが発生する主体が一つではないという点です。宿泊施設単体のPMSであれば「自社システムの保守」だけを考えれば済みますが、旅行・観光業界のシステムは、旅行会社・OTAの基幹、DMOの地域データ連携基盤、交通機関との連携、そして多言語インバウンド対応という複数のレイヤーそれぞれに、性質の異なる継続コストが発生します。しかも、これらの多くは自社の開発判断だけでは制御できない「外部要因」に左右されます。OTAやGDSがAPI仕様を変更すれば追随改修が必要になり、旅行業法や消費者契約法が改正されれば予約フローの見直しが必要になります。この「外部要因への追随コスト」をどれだけ正確に見積もれるかが、旅行・観光業界のシステムにおける保守・運用費用の最大の論点です。

「旅行・観光業界のシステム」ならではのランニングコスト構造

旅行・観光業界のランニングコストは、大きく三つのレイヤーに分けて考えると整理しやすくなります。一つ目は、旅行会社・OTAの基幹システムにおける外部API連携の維持費で、GDS・宿泊施設・決済システムとの接続を保つための従量課金や仕様変更対応がここに含まれます。二つ目は、DMO・着地型観光システムにおける地域事業者との継続的な連携・合意形成コストで、システムの保守というより「データを提供し続けてもらうための運用支援」という性格が強い費用です。三つ目は、交通連携・多言語インバウンド対応にかかるコストで、動的データ連携の維持や翻訳データの更新がこれに該当します。宿泊・ホテル業界のシステムがOTA連携や省人化ハードウェアの保守を中心に据えるのに対し、旅行・観光業界のシステムはこれら三層それぞれで異なる性質のコストが積み重なる点に注意が必要です。

SaaS・基盤活用型とフルスクラッチ型のコスト比較

旅行・観光業界のシステムを、既存のSaaS・共通基盤を中心に構築するか、フルスクラッチで自社独自に構築するかによって、保守・運用費用の水準は大きく変わります。全国観光DMPのような共通基盤やクラウド型の予約プラットフォームを活用する場合、保守・アップデートの多くは提供元側が担うため、月額の利用料に運用コストがある程度織り込まれており、自社側の負担は比較的抑えられます。一方、旅行会社・OTA基幹をフルスクラッチで構築した場合、月額の保守運用費は初期開発費の5〜15%程度が目安とされます。仮に初期費用が5,000万円だったとすると、基本の保守費だけで月額250万〜750万円、年額にして3,000万〜9,000万円規模の継続支出が発生する計算になります。ここに、次章以降で解説する外部API維持費やインフラ費用、法改正対応費用が積み上がっていくため、フルスクラッチを選ぶ際は初期開発費だけでなく、この先何年にもわたる保守費用まで含めたトータルコストで判断することが欠かせません。

旅行会社・OTA基幹の保守・運用費用

旅行会社・OTA基幹の保守・運用費用

航空券・宿泊・現地アクティビティをリアルタイムに組み合わせて販売する旅行会社・OTAの基幹システムは、外部システムとの接続点が多い分、継続的に発生するコストの種類も多岐にわたります。ここでは特に金額に直結しやすい二つの領域を見ていきます。

外部API連携(GDS・OTA・決済)の維持費と従量課金

航空会社・ホテルチェーン・GDS(Amadeus、Sabre等)・決済システムのAPIは、セキュリティ強化や機能追加のために頻繁に仕様変更が行われます。連携先が仕様変更を行うたびに、自社システム側もそれに合わせた改修・テストを行う必要があり、その都度数十万円〜数百万円単位のエンジニアリング費用が発生します。フルスクラッチで基幹を構築している場合、この改修費用はすべて自社負担になりますが、SaaS型やパッケージ型を利用している場合はベンダー側が一括対応してくれるケースが多く、追加費用が発生しにくいという違いがあります。加えて、ダイナミックパッケージングでは、旅行者が検索条件を変更するたびに航空券やホテルの最新の空き状況・料金を外部システムへ照会するため、このトランザクション量に応じた従量課金が毎月継続的に発生します。検索ボリュームが増えるほど従量課金コストも比例して増加するため、繁忙期のアクセス増を見込んだ予算設計が必要です。

旅行会社・OTAのシステムは、年末年始や大型連休前、あるいは旅行需要喚起策の実施時にアクセスが極端に集中する傾向があります。このトラフィックの急増に耐え、かつリアルタイムでの空席・空室照会を遅延なくさばくための高可用性・オートスケール構成を維持するには、サーバー費用だけで月額数十万円〜100万円以上になるケースが想定されます。また、旅行業法や消費者契約法に基づく取引条件説明書面・契約書面のデジタル交付ルール、キャンセル規定に関する消費者保護ルールが改正されるたびに、予約フローや画面UI、約款の同意プロセスの改修が必要になり、改正1回あたり数十万〜数百万円のスポット改修費が発生します。加えて、クレジットカード情報やパスポート情報といった機微な個人情報を扱うため、PCI DSS(クレジットカード業界のセキュリティ基準)への準拠やデータ暗号化が必須であり、脆弱性診断(ペネトレーションテスト)を定期的に実施する必要があります。この診断には1回あたり100万〜300万円程度の費用がかかるのが一般的です。

DMO・着地型観光システムの継続コスト

DMO・着地型観光システムの継続コスト

DMOや地域連携システムのランニングコストは、旅行会社・OTA基幹とは性質が大きく異なります。技術的な保守費用そのものよりも、地域の事業者を巻き込み続けるための「人が関わる継続コスト」が中核を占めるのが特徴です。

伴走支援・コンサルティング費用という隠れコスト

DMOのシステムは、インフラ・クラウドサーバー費用やAPI従量課金に加え、「伴走支援・コンサルティング費用」がBtoB/BtoG特有の隠れコストとして重要な意味を持ちます。福井県の事例のように、システムがデータを集めるだけでは意味がなく、デジタルマーケティングの経験が乏しい地域事業者に対して、集めたデータを使った新商品企画やプロモーションを個別に伴走支援するコンサルタントやDMOスタッフの人件費が、運用コストの中核を占めます。この費用はシステムの保守契約書には明記されにくいため、予算計画の段階で見落とされがちですが、事業者のデータ提供意欲を維持し続けるためには不可欠な投資です。DMO向けシステムの運用予算を組む際は、システム保守費とは別枠で、この伴走支援にかかる人件費を確保しておくことが、システムを「作って終わり」にしないための現実的な打ち手になります。

地域独自ロジック・RPA保守という継続的な改修コスト

地域共通PMS方式(兵庫県城崎温泉の事例)を採用している場合、入湯税の自動計算や宿泊客の食事場所・内容の集計といった地域独自機能は、税制改正や地域ルールの変更のたびに追加改修が発生し続けます。一方、RPAによる抽出型(福井県の事例)を採用している場合は、連携先である各施設の既存PMSがバージョンアップや仕様変更を行うたびに、RPAスクリプト側の保守が必要になるという「隠れた継続コスト」が発生します。どちらの方式も、システムを一度構築すれば終わりではなく、地域の実情や連携先の変化に合わせて継続的にメンテナンスし続ける前提で運用体制を組む必要があります。この保守体制を誰が担うのか(開発会社への委託か、DMO内部でのスキル内製化か)を早い段階で決めておくことが、長期的な運用コストを左右する重要な論点です。

交通連携・インバウンド対応の運用コスト

交通連携・インバウンド対応の運用コスト

周遊促進のための交通連携と、訪日インバウンド対応は、それぞれ異なる方向性でコストに影響します。前者は継続的な費用が積み上がりやすく、後者は工夫次第でコストを大きく圧縮できる領域です。

動的データ連携(MaaS・AIカメラ等)の維持費

箱根DMOの事例のように、AIカメラで取得した駐車場の満空情報やタクシー待ち人数、飲食店の予約情報といった動的データを使って周遊ルートを提案する仕組みは、開発時だけでなく運用時にもハードウェアの保守・通信費用が継続的に発生します。AIカメラ等のIoT機器は定期的な点検・故障対応が必要であり、現地に設置された機器である以上、遠隔での監視だけでは対応しきれない場面も出てきます。また、動的データを処理し続けるためのサーバー・分析基盤の運用費用も、静的な情報提供のみのシステムに比べて高くなる傾向があります。こうした動的データ連携を導入する際は、初期開発費だけでなく、ハードウェアの保守契約や通信費、分析基盤の運用費まで含めたランニングコストを事前に見積もっておくことが重要です。

多言語・グローバルプラットフォーム活用によるコスト圧縮

多言語インバウンド対応を自社の独自アプリで完結させようとすると、対応言語の追加や観光情報の更新のたびに翻訳費用・システム改修費用が発生し続けます。これに対し、箱根町のようにGoogle Mapのビジネスプロフィールを充実させる、あるいは雲南省のようにWeChatミニプログラムを活用するといった「既存グローバルプラットフォームへの相乗り」戦略を取れば、多言語データの継続更新コストやOS対応コストの多くをプラットフォーム提供元に委ねることができます。この戦略の運用上のメリットは、季節・イベントごとの観光情報更新や、OSアップデートへの追従といった作業が実質的にゼロに近づく点にあり、自社独自アプリを保守し続ける場合と比べて、年間の運用コストを大きく抑えられる可能性があります。ただし、プラットフォーム側の仕様変更や規約変更に事業のインバウンド戦略が左右されるリスクも併せて認識しておく必要があります。

TCOを抑えるための実践的な打ち手

TCOを抑えるための実践的な打ち手

ここまで見てきた通り、旅行・観光業界のシステムは外部要因に振り回されやすく、ランニングコストが膨張しやすい構造を持っています。しかし、設計・調達の段階で工夫することで、TCO(総所有コスト)を現実的な水準に抑えることは十分に可能です。

既存基盤・プラットフォーム活用によるTCO削減

OTA仕様変更や法改正という自社でコントロールできない外部要因に振り回されやすい旅行・観光業界では、すべてをフルスクラッチで作り込むとランニングコストが膨張しやすくなります。全国観光DMPのような共通基盤や、イタリア・ロンバルディア州の「E015」のようなデータ連携の統一API規格を活用すれば、OTAやGDSの仕様変更対応、法改正対応の多くを基盤提供元やプラットフォーム側に委ねられます。TCOを最小化するには、自社の競争力に直結する独自ロジック(ツアー造成の独自アルゴリズムや地域固有の料金計算など)だけをスクラッチで保有し、それ以外の汎用的な機能は既存基盤・SaaS・グローバルプラットフォームを活用するハイブリッド型が、最も安全な選択肢になります。

保守委託先選定・契約形態のポイント

保守を外部委託する場合は、初期開発費だけでなく、法改正対応やAPI仕様変更対応込みのトータルコストで判断することが欠かせません。特に旅行会社・OTA基幹のように、繁忙期にシステムが止まると機会損失が甚大になる領域では、障害発生時の対応時間や稼働率を保証するSLA(サービス品質保証)が保守契約に明記されているかを必ず確認する必要があります。DMO案件であれば、システムの保守実績だけでなく、地域事業者との合意形成やデータ活用の伴走支援まで対応できる体制があるかどうかも、パートナー選定の重要な判断軸になります。複数の開発会社から見積もりを取る際は、月額保守費の金額だけでなく、API仕様変更対応や法改正対応がその金額に含まれるのか、都度別料金になるのかという「保守範囲の定義」を明確にすり合わせておくことが、後々のコスト超過を防ぐ最も確実な方法です。

まとめ

旅行・観光業界のシステム開発の保守・運用費用まとめ

本記事では、旅行・観光業界向けシステムの保守・運用費用・ランニングコストについて、業界横断の視点から解説しました。このテーマのランニングコストは、旅行会社・OTA基幹における外部API維持費・インフラ費用・法改正対応費用、DMO・着地型観光システムにおける伴走支援コスト・地域独自ロジックの保守費用、交通連携・インバウンド対応における動的データ連携の維持費という、性質の異なる複数の費用が積み重なる点に特徴があります。フルスクラッチ型では月額保守運用費が初期開発費の5〜15%程度を目安に、外部API従量課金・法改正対応・セキュリティ診断費用が別途積み上がる一方、全国観光DMPやGoogle Mapのような既存基盤・プラットフォームを活用すれば、これらの多くを提供元側に委ねてTCOを抑えられます。自社の競争力に直結する独自機能だけをスクラッチで保有し、それ以外は既存基盤に任せるハイブリッド型の設計と、保守範囲を明確に定義した委託契約が、旅行・観光業界のシステムを長期的に持続可能なコストで運用し続けるための鍵となります。具体的な保守費用の相談は、複数の開発会社に現在の運用課題と将来の連携拡張計画を提示して見積もりを取ることから始めることをお勧めします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。