ECアプリ(自社EC・通販向けのスマートフォンアプリ)の開発は、ゼロから新しいサービスを立ち上げるアプリ開発とは異なる難しさを抱えています。多くの場合、すでに運用しているECサイトや基幹システム(在庫・会員・決済)が存在し、その「2つ目の購買チャネル」としてアプリを追加するからです。つまりECアプリには、(1)アプリならではのプッシュ通知やリピート促進が本当に売上を押し上げるのか、という事業仮説と、(2)既存EC基幹の在庫・会員・決済データとアプリがきちんとAPIで連携できるのか、という技術仮説の、2つの不確実性が同時に存在します。この2つを検証せずに数百万〜数千万円を投じて本開発に進むと、「作ったものの既存ECとの会員データ統合でつまずいた」「アプリを出したがサイトからの移行が進まず売上が増えなかった」といった失敗に陥りがちです。こうした事態を避けるために重要なのが、本格開発の前段階での検証、すなわちモックアップ・プロトタイプ・PoC(概念実証)です。小さく作って早く試し、ファクトを得てから本開発に進むことで、無駄な投資を避けられます。発注を検討する企業担当者からは、「モックとプロトタイプとPoCは何が違うのか」「ECアプリでは何を検証すべきか」「費用と期間はどのくらいか」といった疑問がよく挙がります。
本記事では、ECアプリ開発のPoC・プロトタイプ・モックアップ開発に焦点を当て、それぞれの違いと使い分け、ECアプリ特有の検証観点(アプリならではのリピート効果と既存EC基幹とのAPI連携の技術検証)、具体的な進め方と費用・期間、本開発へ進むかどうかのGo/No-Go判断の定量指標、そしてよくある失敗(PoC死)とその回避策までを、具体的な数値とともに体系的に解説します。なお本記事で示す費用や期間、各種KPIの数値はあくまで一般的な相場・目安であり、実際の金額や基準は要件や事業特性によって変動します。これからECアプリの企画を進める方はもちろん、既存ECサイトのモバイル強化を検討している方にとっても、無駄な投資を避けながら確実に検証を進めるための判断軸が身に付く内容です。最後までお読みいただくことで、本格開発に進む前に押さえるべき検証のステップと、撤退・継続を見極めるための基準を理解できるはずです。
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・ECアプリ開発の完全ガイド
モックアップ・プロトタイプ・PoCの違いと使い分け

ECアプリ開発の検証段階でよく使われる「モックアップ」「プロトタイプ」「PoC」という3つの言葉は、しばしば混同されますが、それぞれ目的と検証する対象が異なります。これらを正しく理解し、自社が今どの不確実性を検証したいのかに応じて使い分けることが、効率的な検証の第一歩です。特にECアプリの場合、見た目や操作感だけでなく、既存ECサイトとの連携や、アプリ化によって本当にリピート購入が増えるのかといった事業性まで検証範囲が広がるため、どの手段で何を確かめるのかを切り分けることが、限られた予算を有効に使う鍵になります。やみくもに作り始めるのではなく、「何を確かめたいのか」を明確にしてから、それに最適な手段を選びましょう。
3つの言葉の定義と目的
まずモックアップとは、アプリの画面デザインを静止画として作成し、見た目やレイアウト、色使いを確認するためのものです。実際に操作はできませんが、完成イメージを関係者間で共有し、デザインの方向性を合意するのに役立ちます。ECアプリであれば、商品一覧やカート、商品詳細、会員証画面などの完成イメージを静止画で固めるのがモックアップの役割です。次にプロトタイプは、モックアップに画面遷移や簡単な操作感を加えたもので、ボタンをタップすると次の画面に進むといった一連の操作の流れを、実際にコードを書かずに体験できます。これにより、ユーザーがアプリを開いてから商品を選び、カートに入れて購入を完了するまでの導線に無理がないかといったUX(ユーザー体験)を、開発前に検証できます。そしてPoC(Proof of Concept=概念実証)は、技術的な実現可能性や事業上の仮説を、実際に動くものや実証実験を通じて検証するものです。モックアップとプロトタイプが主に「見た目と操作感」を検証するのに対し、PoCは「このアプリは本当に既存EC基幹と連携でき、かつアプリ化によってリピート購入が増えビジネスとして成立するのか」というより本質的な問いに答えるための検証です。ECアプリでは、デザインの良し悪しだけでなく、既存の在庫・会員・決済システムとのAPI連携が技術的に成立するか、そしてプッシュ通知や会員証機能が実際に再訪・再購入を生むかという事業性の検証が極めて重要になるため、プロトタイプによるUX検証とPoCによる技術・市場検証を段階的に組み合わせるアプローチが効果的です。
ECアプリでの使い分けの考え方
ECアプリ開発における使い分けは、検証の段階に応じて進めるのが基本です。企画の初期段階で、まだアプリのコンセプトや画面構成が固まっていないときは、モックアップで完成イメージを描き、社内やステークホルダーとの認識を揃えます。次に、ユーザーが操作したときに迷わず購入まで到達できるかを確かめたい段階では、プロトタイプを作成し、想定ユーザーに実際に触ってもらってフィードバックを得ます。ここでカート投入や決済画面でのつまずきを発見し、改善してから本開発に進むことで、リリース後の致命的なUXの欠陥を防げます。そして、ECアプリで特に重要になるのが、技術と事業の両面のPoCです。技術面では「既存EC基幹の会員DBや在庫データとアプリがリアルタイムにAPI連携できるか」、事業面では「アプリにすることで本当にリピートやプッシュ経由の再購入が増えるのか」という2つの仮説を、必要最小限の機能を実装して限定的な範囲で検証します。たとえば既存ECの一部商品カテゴリだけをアプリで扱い、プッシュ通知やアプリ限定クーポンを一部会員に配信して、再訪率や再購入率がサイトと比べてどう変化するかを確かめる、といった検証です。重要なのは、すべてを一度に作り込もうとせず、その時点で最も大きな不確実性(デザインなのか、UXなのか、既存基幹との連携という技術なのか、アプリ化による事業性なのか)を一つずつ潰していくことです。この段階的な検証によって、本開発という大きな投資のリスクを最小化できます。
ECアプリでPoC・試作が必要になる理由と検証観点

ECアプリでPoCや試作が必要になる最大の理由は、ECアプリが「単独で完結するアプリ」ではなく「既存ECサイトや基幹システムと連携する2つ目のチャネル」だからです。すでにブラウザのECサイトがあるにもかかわらず、わざわざコストをかけてアプリを作る以上、アプリでなければ得られない価値(プッシュ通知によるリピート促進や、会員証・ポイントのアプリ統合など)が本当に売上に効くのかを確かめる必要があります。同時に、その価値を実現するには既存の在庫・会員・決済データとのAPI連携が不可欠であり、この技術的な実現性も事前に検証しておかなければなりません。ここでは、ECアプリのPoCで検証すべき2つの核心的な観点を解説します。
アプリならではのリピート・プッシュ効果の検証
ECアプリ最大の武器は、ホーム画面にアイコンが常駐し、プッシュ通知でユーザーに直接アプローチできる点です。ブラウザのECサイトはユーザーが思い出して訪れてくれなければ再訪は生まれませんが、アプリならセール開始やお気に入り商品の再入荷、カゴ落ち(カートに商品を入れたまま購入を完了していない状態)のリマインドなどを、プッシュ通知で能動的に届けられます。しかし、この効果は「机上では魅力的だが、実際にどれだけ売上に効くか」が事前にはわからないため、PoCでの検証対象になります。具体的な検証観点としては、まずアプリのダウンロードから初回購入までの導線の完了率です。インストールしたユーザーのうち、何割が会員登録を済ませて実際に最初の購入まで到達するかを測ります。次にプッシュ通知の許諾率(オプトイン率)です。iOSではユーザーが明示的に通知を許可しなければプッシュを送れないため、許諾率が低ければプッシュ施策そのものが成立しません。さらに、カゴ落ち通知やアプリ限定セールの通知を実際に配信し、それによってどれだけ再訪・再購入が生まれたか(通知経由のコンバージョン)を測定します。あわせて、アプリ利用者とサイト利用者でリピート率や購入頻度にどれだけ差が出るかを比較すれば、「アプリ化によってリピートが本当に増えるのか」という事業仮説を数字で検証できます。これらはいずれも目安として設定する指標であり、自社の商材や顧客層に合わせて閾値を定めることが重要です。
既存EC基幹とのAPI連携・会員統合の技術検証
ECアプリのPoCでもう一つ欠かせないのが、既存EC基幹とのAPI連携が技術的に成立するかの検証です。アプリで表示する在庫数や価格、ユーザーの会員ランク、保有ポイント、過去の注文履歴などは、すべて既存のECサイトや基幹システムが持っているデータです。アプリはこれらをAPI経由でリアルタイムに取得・更新する必要があり、ここに想定外の難所が潜んでいることが少なくありません。たとえば、既存ECがアプリ連携を前提としていない古いシステムの場合、そもそも外部からアクセスできるAPIが用意されておらず、API設計や中間連携層の構築だけで追加の調査・開発が必要になることがあります。リサーチでは、こうした既存基幹・旧システムとの連携は調査・API設計だけで追加費用が発生するケースがあるとされており、目安として数十万〜200万円程度の上乗せになることもあります。また、会員DBの統合では、既存ECとアプリでパスワードの暗号化方式が異なるとパスワードをそのまま移行できず、ユーザーに再設定をお願いするキャンペーンなどの業務面のカバーが必要になることもあります。さらに、在庫データをアプリとサイトでリアルタイムに同期できないと、アプリで「在庫あり」と表示された商品が実は売り切れ、といった販売機会損失やクレームにつながります。そのため技術PoCでは、(1)既存基幹のどのデータにAPIでアクセスできるか、(2)在庫・会員・ポイントのリアルタイム同期が許容できる遅延の範囲で実現できるか、(3)決済をアプリ内でどう処理し既存の決済基盤とどう接続するか、といった疎通確認を、限定的な範囲で実際に動かして検証します。物販ECの場合、アプリ内課金(IAP)ではなく外部の決済代行を利用でき、決済手数料を通常のEC同様(目安3〜4%程度)に抑えられる点も、この段階で設計として整理しておくと費用見通しが立てやすくなります。
PoC・試作の進め方と費用・期間

ECアプリのモックアップ・プロトタイプ・PoCを効率的に作るための手法は、近年大きく進化しています。かつては検証のために多くのコードを書く必要がありましたが、現在ではデザインツールやノーコードツール、AIコーディングを活用することで、少ない費用と短い期間で検証用の試作品を作れるようになりました。ここでは、ECアプリの検証で広く使われている代表的な進め方と、費用・期間の目安を紹介します。検証段階のコストを賢く抑えることが、本開発という大きな投資の妥当性を見極める前提になります。
Figma・Adobe XDによる非実装プロトタイピング
検証の出発点として最初に取り組むべきなのが、FigmaやAdobe XDといったデザインツールによる画面プロトタイピングです。これらのツールを使えば、コードを一切書かずに、画面のデザインと画面遷移を作成できます。たとえば、ホーム画面のバナーをタップすると商品一覧画面に進み、商品を選ぶと詳細画面に遷移し、カートに入れて決済画面へ進むといった、ECアプリの購入導線全体を実際のアプリのように指で操作して体験できます。ECアプリでは、ユーザーがアプリを開いてから購入を完了するまでの導線がスムーズかどうかが売上を直接左右するため、この段階で想定ユーザーにスマートフォン上で触ってもらい、「どこで迷ったか」「どの画面で離脱しそうか」を観察することが極めて有効です。特に会員証やポイント、クーポンの利用フローは既存ECと体験を揃える必要があるため、プロトタイプ上で操作感を確認しておくと、本開発後の手戻りを防げます。Figmaのプロトタイプは実機のブラウザやアプリ上で確認できるため、会議室で見せるだけでなく、実際にユーザーの手元で使ってもらうユーザビリティテストにも活用できます。開発前にこうした検証を行い、認識のズレや使いにくさを修正しておくことで、本開発に入ってからの大きな手戻りを防げます。デザインツールによるプロトタイピングは、コードを書かないため比較的低コストかつ短期間で実施でき、ECアプリ検証の第一歩として最適です。
AIコーディング・ノーコードでFE実装費を圧縮
デザインツールによる検証で操作感の方向性が固まったら、より実際の利用に近い形で検証するために、ノーコードツールやAIコーディングを活用した動くMVP(実用最小限の製品)を構築する方法があります。FlutterFlowやAdaloといったノーコードのアプリ開発ツールを使えば、プログラミングをほとんど行わずに、実際にデータを保存・表示できる動くアプリを作れます。これにより、Figmaのプロトタイプでは検証しきれない「実際に商品を検索してカートに入れ、繰り返し使う中での使い勝手」を確かめられます。また、近年はAIコーディングツールを活用することで、UIやフォーム、画面遷移を自動生成し、プロトタイプやMVPのフロントエンド実装コストを大きく削減できるようになっています。リサーチによれば、AIコーディングやノーコードを活用することで、MVPのフロントエンド実装費を相場の30〜50%程度に圧縮できるケースがあるとされ、たとえば決済機能のような部分でも目安として15〜30万円程度で組み込めることがあります。バックエンドにはFirebaseやSupabaseといったBaaS(Backend as a Service)を使えば、自前でサーバを構築せずに認証やデータベースの基本機能を用意でき、検証を高速化できます。ただし、既存EC基幹との本格的なAPI連携や、セール時の大量アクセスへの耐性といった部分は、ノーコードやBaaSだけでは賄いきれないことが多い点に注意が必要です。あくまで検証段階のMVPは「アプリ化の事業性と連携の方向性を確かめるもの」と割り切り、本開発では適切な技術に作り替える前提で活用することが重要です。
クローズドβと費用・期間の目安
動くMVPができたら、いきなり全公開するのではなく、限定された範囲でテスト配布するクローズドβを活用します。iOSにはTestFlight、Androidにはクローズドテストという仕組みがあり、招待した特定の会員だけにアプリを配布して実際に使ってもらい、本公開前にフィードバックや継続率のデータを集められます。ECアプリの場合、既存ECの優良顧客やロイヤル会員の一部を招待し、アプリ限定クーポンやプッシュ通知を実際に体験してもらうことで、「アプリ経由の再購入が本当に増えるか」をリアルなデータで検証できます。費用と期間の目安としては、検証する範囲によって幅がありますが、デザインツールによるプロトタイピングは比較的小規模で短期間に収まる一方、既存EC基幹とのAPI連携を含む動くPoC・MVPでは、片方のOSを対象とした小規模な構成で目安として200万〜400万円・2〜3か月程度、両OS対応や複数の連携を含む構成では500万〜900万円・3〜5か月程度を見込むことが多くなります。ノーコードやAIコーディングを活用すれば、機能を絞った検証用MVPを数十万円台から実現できるケースもあります。いずれの数値も一般的な相場・目安であり、既存基幹の状態や連携の複雑さによって変動します。重要なのは、検証にかける費用を本開発の投資額(ECアプリの本開発は規模により数百万〜数千万円規模)と比較して相対的に小さく抑えることです。数千万円規模の本開発を検討しているなら、数百万円のPoCで事業性と技術的実現性を確かめてから進む方が、はるかに合理的な投資判断になります。
Go/No-Go判断の定量指標

検証を行ったら、その結果をもとに本開発に進むか(Go)、断念・方向転換するか(No-Go)を判断します。この判断を曖昧にしたまま「せっかく作ったから」と惰性で本開発に進んでしまうことが、ECアプリ投資で最も避けるべき失敗パターンの一つです。判断を客観的に下すためには、検証を始める前に明確な判断基準(定量指標とその閾値)を定めておくことが欠かせません。ここでは、ECアプリのPoCで設定すべき定量指標の具体例と、ゲート判定の運用方法を解説します。
通すべき定量指標と閾値の例
Go/No-Goの判断は、「良さそう」という定性的な印象だけで決めてはいけません。検証開始前に、数値で測れる定量指標と、その合格ラインとなる閾値を設定しておくことが鉄則です。ECアプリでよく用いられる指標の目安としては、まずタスク完了率です。これは「アプリのダウンロードから初回購入まで」というコアタスクを、ユーザーがきちんと完了できた割合で、目安として70%以上を一つの基準にします。次に継続率(リテンション)で、初週に使い始めたユーザーのうち4週後も使い続けている割合が、目安として60%以上であることを基準にします。事業性の指標としては、ROI(投資対効果)が年率で目安20%以上、投資回収期間(ペイバック)が目安18か月以下に収まる見込みが立つかを確認します。技術・品質面では、API連携を含む処理のエラー率が目安5%以下に抑えられているかを確認します。これは既存EC基幹との在庫・会員データ連携が安定して動くかの重要な裏付けになります。あわせて、ユーザーがアプリを他人に勧めたいと思う度合いを示すNPS(ネットプロモータースコア)が目安として+20以上であることなど、定性的な指標も補助的に用います。重要なのは、これらの数値はあくまで一般的な目安であり、自社の商材単価やリピート特性に合わせて閾値を調整することです。そのうえで、これらの指標を検証開始前に文書化し、関係者で合意しておくことが、判断の客観性を保つ土台になります。
ゲート判定でGo・再設計・No-Goを決める
設定した定量指標は、検証終了後に「ゲート(関門)」として機能させます。各指標が事前に定めた閾値を満たしているかを一つずつチェックし、その結果に応じて次の3つのいずれかを客観的に選択します。第一にGo(本開発へ進む)は、主要な定量指標がおおむね閾値を満たし、既存EC基幹とのAPI連携も技術的に成立する見込みが立った場合です。第二に再設計(ピボット)は、一部の指標が閾値に届かなかったものの、原因が特定でき改善の余地がある場合です。たとえばタスク完了率は高いがプッシュ許諾率が低いなら、通知許諾を促す導線を作り直して再検証する、といった判断になります。第三にNo-Go(撤退・凍結)は、継続率やROIといった事業性の根幹となる指標が大きく閾値を下回り、改善の見通しも立たない場合です。ここで惰性で本開発に進まず撤退できることこそ、PoCの最大の価値です。ゲート判定を機能させるうえで決定的に重要なのは、検証後に基準を都合よく解釈しないことです。「あと少しで届きそうだから」と閾値を後付けで緩めてしまうと、判断の客観性が失われ、結局「使われないアプリ」に多額の投資をしてしまう危険があります。検証は「始め方」よりも「終わらせ方」、すなわちどの数字でどう判断するかを先に決めておくことが、ECアプリ投資の成功確率を高めます。事前に決めた基準に照らして淡々と判断する規律を、組織として持つことが肝心です。
よくある失敗(PoC死)と回避策

PoCやプロトタイプは、正しく進めれば本開発のリスクを大きく下げられますが、進め方を誤ると「検証したのに何も判断できなかった」という結果に終わります。実際、検証段階で止まってしまい本格導入に至らない「PoC死」と呼ばれる現象は珍しくありません。ECアプリは既存基幹との連携やセキュリティといった論点が絡む分、失敗パターンも多様です。ここでは、ECアプリの検証でよく見られる失敗パターンと、それぞれの具体的な回避策を解説します。これらを事前に知っておくことで、検証を確実に成果につなげられます。
検証範囲の膨張と成功・撤退基準の曖昧さ
第一の失敗は、検証範囲が膨らんでフルスペック化してしまうことです。ECアプリでは「せっかく作るのだから、ポイントもSNS連携もレビュー機能もお気に入りも欲しい」と機能を次々に詰め込んだ結果、検証用のはずが本開発さながらの規模になり、コストと期間が膨張してしまうパターンが典型です。回避策は、MoSCoW法(Must・Should・Could・Won’tで機能の優先度を分類する手法)を用いて、検証したい仮説1つにつき必要な機能をMust(必須)の2〜3個に極限まで絞り込み、それを契約書に明文化することです。たとえば「アプリ化でリピートが増えるか」を検証したいなら、Mustは商品閲覧・購入・プッシュ通知の3つに絞り、それ以外の機能は今回の検証範囲外と明記します。「この検証で何を確かめるのか」を一点に絞れば、作るべきものは自ずと最小限になります。第二の失敗は、成功・撤退の基準が曖昧で、終わらせ方が不明瞭になることです。「とりあえず動いた」「なんとなく良さそう」で検証が終わってしまい、本開発に進むべきか撤退すべきか判断できず、結論が宙に浮いてしまうパターンです。これを避けるには、前述のとおり検証開始前に定量的な閾値(継続率60%以上、タスク完了率70%以上など)とNo-Goライン(この数字に達しなければ撤退する)を明確に設定し、関係者で事前合意しておくことが不可欠です。事前にゴールと撤退ラインを決めておけば、ずるずると判断を先延ばしにする事態を防げます。
チーム分断とセキュリティの後回し
第三の失敗は、PoCチームと本開発チームが分断され、ノウハウが断絶してしまうことです。検証段階のPoCを外注A社に依頼し、本開発を別の外注B社に依頼した結果、PoCで判明した「既存EC基幹のAPIのクセ」や「会員DB統合の難所」といった貴重な技術知見が本開発チームに引き継がれず、本開発で同じ検証をゼロからやり直す羽目になる、というパターンです。これでは検証にかけた時間と費用が無駄になります。回避策は、PoCの段階から本開発への移行を視野に入れ、PoCの主要メンバー(リードエンジニアなど)が本開発でも継続してアサインできる座組みを最初から組んでおくことです。具体的には、不確実性の高い検証段階は準委任契約で柔軟に進め、仕様が固まる本開発は請負契約で成果物を明確にするといった、契約形態を組み合わせたハイブリッドな進め方ができるパートナーを選定すると、ノウハウの連続性を保てます。第四の失敗は、セキュリティやガバナンスを後回しにしてしまうことです。ECアプリはクレジットカード情報や個人情報、購入履歴といった機微なデータを扱うため、PoC段階で「とりあえず動けばいい」とセキュリティを軽視すると、本開発でカード情報の取り扱い基準(PCI DSSなどの準拠)を満たすために設計を大幅にやり直す事態になりかねません。回避策は、PoC開始前に法務・セキュリティ担当とカード情報・個人情報の取り扱い基準を合意しておくことです。検証用とはいえ実際のユーザーデータを扱う場合は特に、最低限のセキュリティ要件を満たす設計で検証を進めることが、本開発へのスムーズな移行につながります。パートナー選定の段階で「検証から本開発まで一気通貫で伴走でき、かつECのセキュリティ要件を理解しているか」を確認しておくことが、賢明な進め方です。
まとめ

本記事では、ECアプリ開発のPoC・プロトタイプ・モックアップ開発について、3つの言葉の違いと使い分け、ECアプリで試作が必要になる理由と検証観点、PoC・試作の進め方と費用・期間、Go/No-Go判断の定量指標、そしてよくある失敗(PoC死)と回避策までを体系的に解説しました。モックアップは見た目、プロトタイプは操作感、PoCは事業性と技術的実現可能性を検証するものであり、自社が今どの不確実性を確かめたいのかに応じて段階的に使い分けることが重要です。ECアプリで特に欠かせないのは、(1)プッシュ通知やアプリ限定セール、会員証・ポイント統合といった「アプリならではのリピート効果」が本当に売上を押し上げるかという事業仮説と、(2)既存EC基幹(在庫・会員・決済)とアプリがリアルタイムにAPI連携できるかという技術仮説の、2つを同時に検証することです。進め方としては、まずFigmaやAdobe XDで非実装のプロトタイプを作り、次にAIコーディングやノーコード(FlutterFlowなど)でフロントエンド実装費を相場の30〜50%程度に圧縮した動くMVPを構築し、TestFlightやクローズドβで一部の優良会員に試してもらう、という段階的なアプローチが有効です。Go/No-Goは、タスク完了率70%以上、4週後継続率60%以上、ROI年率20%以上・ペイバック18か月以下、エラー率5%以下、NPS+20以上といった定量指標(いずれも目安)をゲートとして設定し、客観的に判断します。費用は既存基幹との連携を含む動くPoCで片OS小規模なら200万〜400万円・2〜3か月、両OS対応なら500万〜900万円・3〜5か月が目安ですが、ノーコード活用で大幅に圧縮することも可能です。検証範囲をMust機能に絞り、撤退基準を事前に決め、PoCから本開発へノウハウを連続的に引き継ぐ体制を作り、セキュリティ基準を最初から合意しておくことが、検証を確実に成果へつなげる鍵となります。本格開発の前に小さく試すこのステップこそが、既存ECとの連携でつまずいたり使われないアプリへ無駄に投資したりする失敗を防ぐ、最も有効な手段です。具体的な検証の進め方については、検証から本開発まで一気通貫で伴走でき、ECのシステム連携やセキュリティ要件にも明るい開発会社に相談することをお勧めします。
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株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。
