IT人材不足のフルスクラッチ・オーダーメイド開発について

自社の業務にぴったり合ったシステムをゼロから作り上げる「フルスクラッチ・オーダーメイド開発」は、競争力の源泉となる独自の仕組みを実現できる魅力的な選択肢です。しかし、IT人材不足が深刻化する現在、この「すべてを独自に作る」というアプローチには、これまで以上に慎重な判断が求められるようになっています。経済産業省の試算では、2030年には最大で約79万人ものIT人材が不足するとされ、さらに老朽化したレガシーシステムを放置すれば2025年以降に年間最大12兆円の経済損失を招く「2025年の崖」が警告されています。フルスクラッチで作り込んだ独自システムは、開発時に多くの人材を必要とするだけでなく、リリース後の保守においても属人化やブラックボックス化を招きやすく、まさにこの「崖」を自ら再生産してしまうリスクをはらんでいます。

本記事では、IT人材不足という構造課題を前提に、フルスクラッチ・オーダーメイド開発をどう判断すべきかを解説します。安易なフルスクラッチを避け、コア領域と非コア領域を切り分ける「スマートIT分業」の考え方から、フルスクラッチが抱える重さとリスク、パッケージやSaaSとの比較とハイブリッド戦略、どうしても必要な場合のオフショア活用と内製コアの確保、そして生成AIによる効率化までを、統計や具体例を交えて体系的に整理します。限られた人材と予算のなかで、どこを独自に作り込み、どこを標準に委ねるべきかという判断軸が身に付くはずです。フルスクラッチ開発を検討されている方、独自システムの保守負担に悩んでいる方は、ぜひ最後までご覧ください。

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人材不足時代のフルスクラッチの是非

人材不足時代のフルスクラッチの是非

IT人材が潤沢にいた時代であれば、自社の要望をすべて盛り込んだフルスクラッチ開発も現実的な選択でした。しかし、人材不足が常態化した現在では、「本当にすべてを独自に作る必要があるのか」を厳しく問い直す必要があります。限られた人材を最も価値の高い領域に集中させるためには、何を作り込み、何を標準に委ねるかという切り分けが、開発戦略の出発点になります。ここでは、人材不足時代におけるフルスクラッチ判断の基本原則を、スマートIT分業の観点から解説します。

原則は「標準化優先」、安易なフルスクラッチを避ける

IT人材不足の時代における開発判断の大原則は、「安易なフルスクラッチ開発は避け、パッケージやSaaSへの移行を最優先で検討する」という標準化優先の発想です。これは、経済産業省のDXレポートでも繰り返し示されている方向性です。現行業務のやり方をそのまま再現しようとして、すべてを独自に作り込んでしまうと、システムは複雑化し、保守の負担が雪だるま式に膨らみます。そうではなく、まず業務をパッケージやSaaSの標準仕様に寄せられないかを検討し、どうしても標準では対応できない部分だけを独自開発する、という順序で考えることが重要です。なぜ標準化を優先すべきかというと、限られたIT人材で持続可能なシステムを維持するためです。独自に作り込んだ部分が多いほど、その維持には専門の人材が必要になり、人材不足のなかで保守の担い手を確保し続けることが困難になります。標準的なパッケージやSaaSであれば、保守やアップデートはサービス提供側が担うため、自社の貴重な人材を解放できます。「自社の業務は特殊だから独自開発しかない」という思い込みを一度脇に置き、本当に独自性が競争力に直結する部分はどこかを冷静に見極めることが、人材不足時代のフルスクラッチ判断の第一歩になります。

コア領域と非コア領域をFit&Gap分析で切り分ける

標準化を優先するといっても、すべてをパッケージやSaaSに置き換えられるわけではありません。自社の競争力の源泉となる独自の業務プロセスは、標準品では実現できないこともあります。そこで重要になるのが、「Fit&Gap分析」を用いて、システムをコア領域と非コア領域に切り分ける作業です。Fit&Gap分析とは、自社の業務要件と、パッケージやSaaSの標準仕様とを照らし合わせ、どこが合致(Fit)し、どこにギャップ(Gap)があるのかを洗い出す手法です。この分析を通じて、標準仕様に業務を寄せられる部分(非コア)と、自社の強みとして独自に作り込むべき付加価値の部分(コア)を明確に分けます。非コア業務や標準的な運用・保守はSaaSや外部パートナーに委ね、自社の貴重なIT人材という内部リソースは、競争力の源泉となるコア領域や、DX推進といった戦略的な取り組みに集中させる——これが「スマートIT分業」の考え方です。フルスクラッチやカスタマイズは、このコア領域に限定して適用します。すべてを独自開発するのでも、すべてを標準品で済ませるのでもなく、コアと非コアを見極めてメリハリをつけることが、限られた人材を最大限に活かす戦略の核心です。この切り分けを最初に行うかどうかで、その後の開発コストと保守負担は大きく変わってきます。

フルスクラッチの重さと現実的なリスク

フルスクラッチの重さと現実的なリスク

フルスクラッチ開発を検討する際には、その「重さ」を正しく理解しておく必要があります。フルスクラッチは、開発時に多くの人材と費用を要するだけでなく、リリース後の保守・運用において長期にわたる負担とリスクを企業にもたらします。人材不足の時代には、この長期的な負担が特に重くのしかかります。ここでは、フルスクラッチが抱える費用面の重さと、属人化による「2025年の崖」の再生産という2つのリスクを掘り下げます。

IT予算を圧迫する開発・保守コストの重さ

フルスクラッチ開発は、ゼロからシステムを設計・構築するため、必要な人材も期間も費用も大きくなります。一般的に、フルスクラッチによる業務システムの開発費用は、規模によって数百万円から数千万円、大規模なものでは億単位に達することもあります(この相場感はソース外の一般的な知識に基づく補足です)。そして、本当の負担は開発が終わってから始まります。独自に作り込んだシステムは、リリース後の保守・改修の負荷が高く、年間の保守費用も開発費の10〜20%程度が継続的に発生するのが一般的です。ここで思い出すべきは、国内企業のIT関連費用の約80%が、すでに既存システムの維持・運営に費やされているという現実です。フルスクラッチで新たな独自システムを増やすことは、この維持コストの山をさらに高くする行為にほかなりません。経済産業省は、このまま独自システムを構築・維持し続ければ、将来的にはIT予算の9割以上を保守点検に割かなければならなくなるリスクを指摘しています。新しい価値を生む攻めの投資に予算を回せなくなり、保守だけで予算が尽きてしまう——フルスクラッチの安易な選択は、人材不足の時代に企業の成長余力そのものを奪いかねないのです。

属人化が招く「2025年の崖」の再生産

フルスクラッチ開発のもうひとつの深刻なリスクが、属人化とブラックボックス化です。独自に構築した複雑なシステムは、設計や実装に携わった特定の担当者しか中身を理解できない状態になりがちです。設計書が十分に整備されていなければ、システムの挙動はその人の頭の中にしか存在せず、本人が異動や退職をすれば、システムを保守できる人がいなくなってしまいます。これはまさに、現在の「2025年の崖」を生み出した構造そのものです。今あるレガシーシステムも、かつては最新の独自システムとして作られたものであり、長年システムを支えてきたベテランエンジニアの高齢化と退職によって、ブラックボックス化が進んで手がつけられなくなりました。新たにフルスクラッチでシステムを作るということは、十数年後に同じ問題を繰り返す「崖の再生産」になりかねないのです。IT人材不足が今後さらに深刻化することを考えれば、独自システムを保守できる人材を将来にわたって確保し続けられる保証はどこにもありません。フルスクラッチを選ぶのであれば、設計書やドキュメントを徹底的に整備し、特定の個人に依存しない保守体制を最初から組み込むことが絶対条件になります。作ることよりも、作った後に「誰が、どう維持し続けるのか」を見据える視点が、人材不足の時代には不可欠です。

パッケージ・SaaSとの比較とハイブリッド戦略

パッケージ・SaaSとの比較とハイブリッド戦略

フルスクラッチのリスクを踏まえると、現実的な選択は、フルスクラッチとパッケージ・SaaSを組み合わせた「ハイブリッド」のアプローチになります。すべてを独自開発するのでも、すべてを標準品で済ませるのでもなく、領域ごとに最適な手段を選び分けることで、独自性と保守性を両立させます。ここでは、各手段の特性を比較しながら、人材不足の時代に適したハイブリッド戦略の組み立て方を解説します。

フルスクラッチ・パッケージ・SaaS・ローコードの特性比較

システムを実現する手段には、フルスクラッチのほかに、パッケージ、SaaS、ローコード・ノーコードといった選択肢があります。それぞれの特性を理解することが、適切な使い分けの前提になります。フルスクラッチは自由度が最も高く、自社の要望を完全に反映できますが、開発費・保守費・必要人材のすべてが重く、属人化のリスクも高い手段です。パッケージは、特定業務向けに作られた製品を導入してカスタマイズする方式で、フルスクラッチより安く早く導入できますが、過剰なカスタマイズを加えると結局フルスクラッチに近い保守負担を抱えることになります。SaaSは、クラウド上のサービスを月額で利用する方式で、保守・アップデートを提供側が担うため、自社で人材を抱える必要がなく、人材不足の時代に最も相性のよい選択肢です。ローコード・ノーコードは、コードをほとんど書かずに開発できるツールで、専門人材が不足していても現場主導で素早くシステムを作れる利点があります。SaaSや業界共通の標準システムを活用することで、肥大化・複雑化したシステムを整理し、保守運用にかかるコストと人的リソースを大幅に抑えられます。重要なのは、これらを対立させて考えるのではなく、汎用的な業務にはSaaSやパッケージを、現場の小さな業務にはローコードを、そして他社との差別化が必要なコア領域だけにフルスクラッチを、というように適材適所で組み合わせる発想です。

可視化・断捨離による段階的な刷新

ハイブリッド戦略を実行に移す際に陥りやすいのが、「この機会にすべてのシステムを一度に刷新しよう」という発想です。しかし、人材不足の時代にすべてを同時に作り直そうとすると、限られたリソースがパンクし、どのプロジェクトも中途半端に終わってしまいます。現実的な進め方は、段階的な刷新です。まず、社内に存在するすべてのITシステムを可視化し、それぞれの利用状況や重要度を棚卸しします。そのうえで、もはや使われていない機能や重複しているシステムは思い切って「廃棄(断捨離)」し、保守対象から外します。残ったシステムについて、汎用的な業務はSaaSへ移行し、差別化が必要なコア領域だけを必要に応じてフルスクラッチで作り込む、という優先順位をつけて、順番に手をつけていきます。この「可視化→断捨離→優先順位付け→段階的刷新」という流れを踏むことで、限られた人材を計画的に配分し、無理のないペースでシステム全体を健全化できます。フルスクラッチをどこに適用するかという判断も、この全体像のなかで初めて適切に下せます。システム刷新は一気呵成のプロジェクトではなく、ポートフォリオを管理しながら継続的に進める営みだと捉えることが、人材不足時代の現実的なアプローチになります。

フルスクラッチを選ぶ場合の体制とAI活用

フルスクラッチを選ぶ場合の体制とAI活用

Fit&Gap分析の結果、競争力に直結するコア領域については、どうしてもフルスクラッチで作り込む必要がある、という結論に至ることもあります。その場合でも、人材不足を前提にした体制と技術を整えることで、リスクを抑えながら開発を成功させることは可能です。鍵となるのは、オフショアを活用しつつ内製コアを確保するハイブリッド体制と、生成AIによる生産性の引き上げです。ここでは、フルスクラッチを選ぶと決めた場合の現実的な進め方を解説します。

オフショア活用と内製コア確保のハイブリッド体制

コア領域のフルスクラッチ開発に必要な人材を国内だけで確保するのが難しい場合、オフショア開発(グローバル開発)を活用する体制が有効です。ベトナムなど海外の豊富な技術者プールを活用すれば、国内では奪い合いになっているAIエンジニアやデータサイエンティストといった先端人材をチームに組み込めます。また、時差を活用することで24時間体制に近い開発を実現し、リードタイムを短縮することも可能です。ただし、ここで絶対に避けなければならないのが、企画から開発までを丸ごと外部に任せる「丸投げ(フルアウトソーシング)」です。丸投げは、ベンダーロックインや技術ノウハウの喪失、意思決定の遅れを招き、せっかくのコア領域の独自性を自社で制御できなくなってしまいます。正しいのは、国内の自社コアメンバーが要件定義、アーキテクチャ設計、品質管理といった「上流工程(中核)」を担い、オフショアチームが開発・テストといった「実装」を担う、というハイブリッド体制です。この体制であれば、開発スピードの向上と、自社内への内製力の蓄積を同時に実現できます。フルスクラッチのコアを外部に明け渡すのではなく、頭脳は自社に残しつつ手足を外部で補うという原則を守ることが、人材不足下でフルスクラッチを成功させる絶対条件になります。

生成AIによるフルスクラッチ開発の効率化

人材不足下でフルスクラッチ開発を成功させる強力な武器が、生成AIの活用です。フルスクラッチは工数がかさむ手段だからこそ、AIによる生産性向上の効果が最も大きく表れます。具体的には、GitHub CopilotなどのAIコーディング支援ツールを使うことで、エンジニアがコードを書く時間を最大50%削減できるというデータがあります。GitHubが実施した実証実験(参加開発者95名)では、AIコーディング支援ツールを利用したエンジニアは課題の完了までにかかる時間が55%短縮されたと報告されています。さらに、手作業で行っていたシステムテストをAIで自動化することにより、テスト工数を90%削減できた事例も報告されています。生成AIの効果はコーディングやテストにとどまりません。仕様書が残っていない既存システムのコードをAIに解析させて設計書に変換したり、レガシー言語からモダンな言語へ書き換えたりすることも可能です。実際に、NTTデータグループは公表している事例の中で、航空券予約システムの「Java 8からJava 17へのバージョンアップ」において、全量約16,000ステップのうち非互換となる約5%の修正に生成AIを活用したと紹介しています。同社の説明によれば、手作業と比べて圧倒的な作業時間の削減と高い生産性を実現したとのことです。このように、フルスクラッチ開発をコア領域だけに限定したうえで、生成AIによる生産性向上とオフショアを用いたハイブリッド体制を掛け合わせることで、IT人材不足の時代においても、持続可能で競争力のある独自システムを構築することが可能になります。

まとめ

IT人材不足とフルスクラッチ開発のまとめ

本記事では、IT人材不足という構造課題を前提に、フルスクラッチ・オーダーメイド開発をどう判断すべきかを解説しました。2030年に最大約79万人が不足し、レガシー放置で年間最大12兆円の損失を招く「2025年の崖」が警告される時代において、安易なフルスクラッチは開発・保守の負担を増やし、属人化によって崖を自ら再生産するリスクをはらみます。だからこそ、原則は標準化優先であり、Fit&Gap分析でコア領域と非コア領域を切り分け、非コアはSaaSや外部に委ね、貴重な内部人材はコア領域に集中させる「スマートIT分業」が基本戦略になります。手段の選択においては、フルスクラッチ・パッケージ・SaaS・ローコードの特性を理解し、可視化と断捨離を経て段階的に刷新するハイブリッドのアプローチが現実的です。そして、どうしてもコア領域でフルスクラッチが必要な場合は、丸投げを避け、上流を内製・実装をオフショアが担うハイブリッド体制を組み、生成AIによる生産性向上を掛け合わせることで、人材不足下でも持続可能な独自システムを構築できます。フルスクラッチは「作ること」より「作った後に維持し続けられること」が問われる選択です。華やかな新規開発の裏で、その後十数年にわたって誰がそのシステムを支え続けるのかという問いに、明確に答えられるかどうかが、人材不足の時代における賢明な判断の分かれ目になります。まずは自社の業務を棚卸しし、本当に独自性が競争力に直結する領域はどこか、標準品に委ねられる領域はどこかを、Fit&Gap分析の視点で洗い出してみてください。この切り分けができれば、フルスクラッチをどこに、どこまで適用すべきかという判断の輪郭が見えてきます。独自開発を検討される際は、コアと非コアの切り分けやハイブリッド体制の設計に知見を持つ開発パートナーに相談することをお勧めします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。