IT人材不足の保守・運用費用・ランニングコストについて

システム開発というと、つい新規構築にかかる初期費用に目が向きがちですが、実際に企業のIT予算を最も重く圧迫しているのは、リリース後の「保守・運用費用・ランニングコスト」です。そして、このランニングコストは、IT人材不足という業界全体の構造課題と密接に結びついて年々上昇しています。経済産業省は、国内企業のIT関連費用の約80%が既存システムの維持・運営に費やされている現状を指摘し、このまま技術的負債を放置すれば2025年以降に最大で年間12兆円もの経済損失が生じる「2025年の崖」に警鐘を鳴らしました。保守を担う人材が枯渇し、ベテランエンジニアの高齢化と退職が進むなかで、システムを「動かし続ける」ためのコストは、もはや一企業のコスト管理だけでは解決できないマクロな課題になっています。

本記事では、IT人材不足という構造を前提に、なぜ保守・運用費用が高騰するのかというメカニズムから、人材枯渇が引き起こすコスト上昇の実態、限られた人材と予算のなかで保守費用を最適化する具体策、そして内製保守と外部委託保守のコスト比較までを、統計や相場感を交えて体系的に解説します。目先の保守費用を削るだけの近視眼的な発想ではなく、人材不足という構造に対してどう備えるかという視点で、自社のシステムのランニングコストを見直すための判断軸が身に付くはずです。システムの保守運用コストに課題を感じている方、これから開発するシステムの将来コストを見据えたい方は、ぜひ最後までご覧ください。

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IT予算の8割が維持管理に消える構造

IT予算の8割が維持管理に消える構造

保守・運用費用がなぜこれほど企業の負担になるのかを理解するには、まず日本企業のIT予算が抱える構造的な歪みを知る必要があります。多くの企業では、新しい価値を生む攻めのIT投資に予算を振り向けたくても、既存システムを維持するだけで予算の大半が消えてしまい、身動きが取れない状態に陥っています。この背景には、長年積み重なってきた技術的負債と、それを支える人材の枯渇という、IT人材不足ならではの事情があります。ここでは、保守費用の高騰を生む根本構造を、「2025年の崖」と技術的負債の観点から掘り下げます。

「2025年の崖」と技術的負債が生む維持コスト

経済産業省のDXレポートが明らかにしたとおり、国内企業のIT関連費用の約80%は、現行ビジネスの維持・運営、すなわち既存レガシーシステムの保守などに費やされています。なぜここまで維持コストが膨らむのかというと、多くの基幹システムが、部門ごとの部分最適や場当たり的なカスタマイズを長年繰り返した結果、全体が複雑に絡み合った「ブラックボックス状態」に陥っているからです。一箇所を直そうとすると、どこに影響が及ぶか分からず、慎重な調査とテストが必要になり、そのたびに人手とコストがかかります。こうした技術的負債を抱えたまま放置した場合、2025年以降に最大で年間12兆円もの経済損失が発生すると推計されており、これが「2025年の崖」と呼ばれる問題です。さらに深刻なのは、状況が悪化すれば、将来的にはIT予算の9割以上を保守点検やメンテナンスに割かなければならなくなるという予測もある点です。つまり、保守費用の高騰は単なるコストの問題ではなく、新規投資の余力を奪い、企業の競争力そのものを蝕む構造的なリスクなのです。IT人材不足は、この技術的負債を解消する担い手を奪うことで、崖をいっそう急峻なものにしています。本来であればレガシーを刷新して維持コストを下げたいところでも、刷新を担えるエンジニアが確保できなければ、企業は古いシステムを「やむを得ず」使い続けるしかなくなります。その間にもシステムはさらに老朽化し、保守の難易度とコストが上がっていくという悪循環に陥ります。人材不足と技術的負債は互いを増幅し合う関係にあり、この連鎖を断ち切るには、後述するような構造的な打ち手を計画的に講じることが不可欠です。

保守・運用費用の内訳とランニングコストの相場感

保守・運用費用の中身を整理すると、大きく「システムを安定稼働させるための運用費」と「不具合対応や機能改修を行う保守費」に分けられます。具体的には、サーバーやクラウドのインフラ利用料、監視・障害対応の人件費、定期的なセキュリティパッチの適用、法改正への対応、軽微な機能追加などが含まれます。一般的な相場感として、システムの年間保守費用は開発費用の10〜20%程度が目安とされます(この相場はソース外の一般的な知識に基づく補足です)。たとえば1,000万円で開発したシステムであれば、年間100万〜200万円の保守費用が継続的に発生する計算になります。ただし、IT人材不足の影響で、この相場は上振れする傾向にあります。保守を担えるエンジニアの単価が上昇し、特にレガシー技術に対応できる希少な人材は割高になるためです。さらに、ブラックボックス化したシステムは調査に時間がかかるため、同じ作業でも人月単価換算で割高になります。ランニングコストを正しく見積もるには、開発時の初期費用だけでなく、こうした保守の継続費用と、人材不足による単価上昇の傾向まで含めて、システムのライフサイクル全体で総コストを捉える視点が欠かせません。たとえば、初期費用を抑えるために安価な独自開発を選んだ結果、数年後に保守できる人材が見つからず、想定外の高額な保守費用を払い続ける羽目になるというケースは少なくありません。目先の開発費だけで判断するのではなく、5年・10年という時間軸で「誰が、いくらで、維持し続けられるのか」を見積もりに織り込むことが、人材不足の時代には特に重要です。総保有コスト(TCO)の観点でシステムを評価する習慣が、将来のコスト爆発を防ぐ最初の防波堤になります。

保守人材の枯渇が招くコスト高騰

保守人材の枯渇が招くコスト高騰

保守・運用費用が高騰する直接的な引き金は、保守を担う人材そのものの枯渇です。新規開発と異なり、保守は既存システムの深い理解を前提とするため、人材の代替が効きにくく、属人化が進みやすい領域です。IT人材不足というマクロ環境は、この保守人材の市場をいっそう逼迫させ、コストを押し上げています。ここでは、保守人材の枯渇がどのようにコスト高騰につながるのか、属人化と若手不足という2つの観点から具体的に見ていきます。

属人化とベテラン退職による技術継承の寸断

多くの企業の基幹システムは、構築当時から関わってきた特定のベテランエンジニアだけが内部の仕様を理解している、という属人化した状態にあります。設計書が更新されていなかったり、そもそも文書が残っていなかったりするため、システムの挙動はその人の頭の中にしか存在しません。この状態で当人が高齢化により定年退職を迎えると、システムに関する重要なノウハウが継承されないまま失われてしまいます。残された組織は、何かトラブルが起きるたびに、ゼロからコードを解読して原因を突き止めなければならず、対応に要する時間とコストが跳ね上がります。属人化したシステムの保守は、対応できる人材が限られるがゆえに足元を見られやすく、外部委託する場合も交渉力が弱くなり、結果として割高な保守契約を結ばざるを得なくなります。技術継承の寸断は、単に対応が遅くなるだけでなく、保守の「言い値」化を招き、ランニングコストを構造的に押し上げる要因になっているのです。IT人材不足の時代には、この属人化リスクを放置することが、将来のコスト爆発の火種になります。

レガシー技術に対応できる若手不足と単価上昇

保守人材の枯渇をさらに深刻にしているのが、レガシー技術に対応できる若手の不足です。多くの基幹システムはCOBOLなどの古いプログラミング言語で構築されていますが、現在の若いエンジニアはクラウドネイティブな最新技術を学んでキャリアを築こうとするため、あえて古い言語を習得しようとする人はほとんどいません。その結果、レガシーシステムを保守できる人材は引退世代に偏り、市場から急速に消えつつあります。需要に対して供給が極端に少ない状況では、当然ながら単価が上昇します。希少なレガシー対応人材は、一般的なエンジニアよりも高い報酬を要求でき、企業は保守を続ける限り、この割高な人件費を負担し続けることになります。加えて、システムの老朽化が進むと不具合の発生頻度が増し、保守点検の回数そのものが増えるため、人件費の総額はさらに膨らみます。「対応できる人が減る一方で、対応すべき作業は増える」という需給の逆転が、保守費用を二重に押し上げているのです。この構造から抜け出すには、レガシーを延命し続けるのではなく、後述する標準化や自動化によって、そもそも希少人材に依存しない仕組みへ移行していく発想が必要になります。

人材不足下で保守費用を最適化する施策

人材不足下で保守費用を最適化する施策

保守費用の高騰が構造的なものである以上、対策もまた構造的に行う必要があります。目先の保守契約を値切るような対症療法ではなく、そもそも希少人材に依存しない仕組みへ移行し、限られたIT人材を最も価値の高い領域に配分するという発想が求められます。具体的には、クラウド・SaaSへの移行による標準化、非コア業務のアウトソーシング、自動化・AIの活用、そしてオフショアの戦略的活用といった施策が有効です。ここでは、人材不足という前提のなかで保守費用を最適化する代表的なアプローチを整理します。

クラウド・SaaS移行による標準化とコスト圧縮

保守費用を根本から下げる最も効果的な施策が、独自開発のスクラッチシステムや過剰なカスタマイズをやめ、クラウドサービスやSaaS、業界共通の標準システムへ移行する「標準化」です。SaaSを利用すれば、システムの保守・運用・アップデートはサービス提供事業者側が担うため、自社で希少な保守人材を抱える必要がなくなります。これは、人材不足という環境のなかで保守の担い手問題を外部に委ねられるという点で、非常に大きなメリットです。肥大化・複雑化した独自システムを整理して標準的な仕組みに置き換えることで、保守運用にかかるコストと人的リソースを大幅に削減できます。月額のサブスクリプション費用は発生しますが、属人化したレガシーを維持し続けるコストと、それに伴う人材リスクを考えれば、トータルでは安く済むケースが多くあります。すべてを一度に置き換えるのは現実的でないため、まずはシステムを可視化して優先度をつけ、汎用的で他社と差別化する必要のない業務領域から順にSaaSへ移行していくのが定石です。標準化は単なるコスト削減策ではなく、将来の保守人材不足に備えるリスクヘッジでもあるという視点が重要です。

アウトソーシング・自動化・オフショアの活用

標準化と並んで有効なのが、保守業務の外部委託と自動化です。スマートIT分業の考え方に基づき、インフラ運用、ホスティング、ヘルプデスクといった定型的で非コアな保守業務は外部ベンダーに委託し、社内の貴重なIT人材は戦略的な新規プロジェクトやDX推進に集中させます。これにより、限られた人材の付加価値を最大化しつつ、保守の量的負担を外部で吸収できます。専門の運用事業者にマネージドサービスとしてまとめて委託する形態(一般にMSP=マネージドサービスプロバイダと呼ばれます。この用語はソース外の一般知識による補足です)を使えば、24時間監視や障害対応を自前で抱えずに済みます。また、自動化の効果も見逃せません。システム運用にRPAを導入して定型業務を機械に代行させたり、手作業で行っていたシステムテストをAIで自動化したりすることで、保守工数を大きく削減できます。実際に、テスト工程をAIで自動化することで工数を90%削減できた事例も報告されています。さらに、コスト削減と人材確保の両面から、ベトナムなど海外のエンジニアによる保守チームを構築するオフショア活用や、国内地方拠点を使うニアショア保守(これらの用語の一部はソース外の一般知識による補足です)も選択肢になります。これらの施策を組み合わせることで、人材不足のなかでも保守の質を保ちながらコストを抑えることが可能になります。

内製保守と外部委託保守のコスト比較

内製保守と外部委託保守のコスト比較

保守体制を考えるうえで多くの企業が悩むのが、「自社で保守人材を抱える内製保守」と「外部に委託する外部委託保守」のどちらが得かという選択です。一見すると、人材不足の時代には外部に丸ごと任せたほうが楽に思えますが、コストとリスクの両面で見ると、それぞれに一長一短があります。ここでは、両者をコストとリスクの観点から比較し、人材不足時代に取るべきバランスを考えます。

フルアウトソーシングのメリットとロックインリスク

企画から運用保守までをすべて外部に任せるフルアウトソーシングには、明確なメリットがあります。最大の利点は、保守人材を自社で確保・育成する必要がなく、毎月定額の委託費用で運用コストの予測が立てやすいことです。人材不足で採用に苦戦する企業にとって、保守の担い手問題を丸ごと外部に委ねられるのは大きな魅力です。しかし、ここには見落とされがちな落とし穴があります。すべてをベンダーに依存(丸投げ)してしまうと、社内に技術的なノウハウがまったく蓄積されず、システムは再びブラックボックス化します。その結果、特定のベンダーでなければ保守できない「ベンダーロックイン」の状態に陥り、契約更新のたびに足元を見られて費用が上昇したり、他社に乗り換えようにも移行コストが高すぎて動けなくなったりするリスクが生じます。短期的なコストの予測しやすさと引き換えに、長期的には高コスト体質を招き、IT人材不足の構造をむしろ自社内に固定化してしまうのです。フルアウトソーシングを選ぶ場合でも、ドキュメントの整備やソースコードの管理権を自社が握るなど、ロックインを避ける契約上の工夫が欠かせません。

コアは内製・周辺は委託するハイブリッド保守

内製保守は、社内にノウハウが蓄積され、自社システムへの理解が深まるため、長期的にはベンダーロックインを避けて保守の主導権を握れるメリットがあります。一方で、保守人材を採用・育成し続けるコストは重く、人材不足の時代にはそもそも人を確保できないという根本的な課題があります。この両極端を避ける現実解が、コストと品質を最適化するハイブリッド保守です。具体的には、システムの中核となる仕様の把握、要件定義、品質管理といった「保守の頭脳」にあたる部分は国内のコアメンバーが内製で押さえ、実際の改修作業やテスト、定型的な運用といった「保守の手足」にあたる部分はオフショアや外部パートナーに委託します。この体制であれば、社内に最低限のノウハウを残してロックインを防ぎつつ、量的な作業負担は外部の安価なリソースで吸収できます。完全な外部依存は品質低下や対応の遅れを招き、完全な内製は人材確保が難しいという、人材不足時代ならではのジレンマに対して、ハイブリッド保守は両者のいいとこ取りを実現します。内製と外注のどちらか一方を選ぶのではなく、保守業務を工程ごとに切り分けて最適な担い手を割り当てるという発想こそが、保守費用を抑えながら持続可能な体制を築く鍵になります。なお、ハイブリッド保守を機能させるには、システムの設計書や運用手順書といったドキュメントを継続的に整備し、内製メンバーと外部パートナーの双方がいつでも参照できる状態を保つことが前提になります。ドキュメントが整っていれば、担当者が交代しても引き継ぎがスムーズに行え、属人化による保守コストの上昇を抑えられます。人材の流動性が高まる時代だからこそ、「人」ではなく「仕組みとドキュメント」に知識を蓄積する保守体制が、長期的なコスト最適化の土台となるのです。

まとめ

IT人材不足と保守運用費用のまとめ

本記事では、IT人材不足という構造課題を前提に、システムの保守・運用費用・ランニングコストがなぜ高騰するのか、そしてどう最適化すべきかを解説しました。国内IT予算の約80%が既存システムの維持に消え、放置すれば年間最大12兆円の損失を招く「2025年の崖」が示すとおり、保守コストの問題は技術的負債と人材枯渇が結びついた構造的なものです。属人化したシステムとレガシー技術に対応できる若手の不足は、保守人材の単価を押し上げ、ランニングコストを二重に膨らませています。この構造から抜け出すには、クラウド・SaaSへの移行による標準化、非コア保守のアウトソーシング、RPAやAIによる自動化、オフショアやニアショアの活用といった、希少人材に依存しない仕組みへの転換が有効です。また、内製と外注の選択においては、フルアウトソーシングのロックインリスクを避けつつ、コアは内製・周辺は委託するハイブリッド保守が、コストと持続性を両立する現実解となります。保守費用は目先の値引きではなく、人材不足という構造への備えとして見直すべきものです。まずは自社のシステムを棚卸しして、どこに保守コストが集中し、どの部分が属人化しているのかを可視化することから始めてみてください。現状を正しく把握できれば、標準化すべき領域とハイブリッド保守に切り替える領域がおのずと見えてきます。自社システムのランニングコストや保守体制に課題を感じている方は、標準化やハイブリッド保守の設計に知見を持つ開発パートナーに相談することをお勧めします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。