勘定系システムは、銀行・信用金庫・信用組合などの金融機関において、預金・為替・融資といった本源的な業務を処理する中核システムです。ひとたび稼働すれば金融機関の事業そのものを24時間365日支え続ける存在となるため、リリース後の保守・運用にかかる費用は、他業界の業務システムとは比べものにならないほど重く、かつ継続的に発生し続けます。近年は、老朽化したメインフレーム(大型汎用機)の維持コストが金融機関、とりわけ地方銀行や信用金庫の経営を圧迫していることが大きな課題となっており、「勘定系の維持費はなぜこれほど高いのか」「共同化やクラウド移行でランニングコストはどれだけ変わるのか」「レガシーを維持し続けることのリスクは何か」といった問いは、経営判断に直結する論点になっています。
本記事では、勘定系システムの保守・運用費用・ランニングコストについて、メインフレーム維持コストが高騰する構造、24時間365日無停止運用を支える運用体制のコスト、地銀経営を圧迫する固定費の実態、システム共同化による大幅なコスト削減効果、そしてレガシー維持とオープン化・クラウド移行のコスト比較まで、金融機関ならではの事例を交えて体系的に解説します。勘定系の刷新や共同化への参加、クラウド移行を検討している金融機関の経営層・システム部門の方が、中長期のコスト構造を見通すための判断軸として活用できる内容です。
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・勘定系システム開発の完全ガイド
勘定系システムの保守・運用費用が重くなる構造

勘定系システムの保守・運用費用は、一般的な業務システムのように「初期開発費の何%」といった単純な比率だけでは捉えきれません。その多くが、極めて高い信頼性を確保するために採用してきたメインフレームという基盤の特性に由来しており、まずはコストが重くなる構造そのものを理解することが、費用の妥当性を判断する出発点になります。
メインフレーム維持コストの高騰とベンダーロックイン
多くの金融機関は、極めて高い信頼性を確保するために、長年にわたってメインフレーム(大型汎用機)を勘定系の基盤として採用してきました。しかしシステムの老朽化(レガシー化)が進むにつれ、その維持コストは年々高騰しています。最大の要因は人材の問題です。大手ベンダーのメインフレーム市場からの撤退が相次いでおり、システムを支えるCOBOLやPL/I、アセンブラといった旧言語を扱える技術者が「2007年問題」に象徴されるように高齢化・減少しています。これによって人材確保のコストが上昇するとともに、特定のベンダーに依存せざるを得ない「ベンダーロックイン」の状態に陥り、価格競争の原理が働かなくなることで、保守費用が高止まりしやすくなります。自行だけで対応できる技術者が減れば減るほど、外部への依存度が高まり、言い値に近い形で保守費を支払わざるを得ない構造が生まれてしまうのです。
ハードウェア老朽化・部品調達難とデータセンター維持費
人材コストに加えて、物理的な基盤の老朽化もランニングコストを押し上げます。古いシステムは、長年の改修が積み重なって内部構造が複雑化・ブラックボックス化していくうえ、旧式のハードウェアは交換部品の調達に時間と費用がかかるようになります。生産が終了した部品を確保するために割高な費用を払ったり、故障時の復旧に手間取ったりするリスクが年々高まっていきます。また、旧世代の機器はエネルギー効率が悪く、稼働させ続けるための電力コストもかさみます。さらに、自行でデータセンターを保有している場合には、その建物や電源・空調設備の老朽化に伴う維持・更新コストも継続的に発生します。これらは新しい機能を生み出すわけではない「守りのコスト」でありながら、勘定系を止められない以上は払い続けざるを得ない固定費として、金融機関の収益を圧迫していきます。
24時間365日無停止運用を支える運用体制のコスト

勘定系の保守・運用費用が一般的なシステムと大きく異なるもう一つの理由が、要求される運用体制の厳格さです。少しの不具合でも決済制度全体に波及しかねないため、平時からの手厚い監視体制と、有事の迅速な復旧体制の両方を維持し続ける必要があります。
システミック・リスクに備える監視・バックアップ体制
勘定系システムの停止や誤作動は、その金融機関だけの問題にとどまらず、決済制度全体に連鎖的な混乱を引き起こす「システミック・リスク」に発展する危険性をはらんでいます。このため、運用体制は一般的なシステムをはるかに上回る手厚さが求められます。具体的には、24時間365日の監視やヘルプデスク体制の構築に加え、本番稼働後も開発を担当したエンジニアが即座にバックアップに入れる待機体制、そしてSLA(サービスレベル合意)に基づいた厳格な復旧対応体制が不可欠です。障害発生時に定められた時間内に初動対応を開始し、暫定復旧・恒久対策までを確実に遂行できる人員を常に確保しておく必要があるため、これらの人件費相当の運用コストが、勘定系のランニングコストを大きく押し上げる要因となります。「平時には何も起きないのが当たり前」だからこそ、その安定を支える体制の維持には相応の費用がかかるのです。
金融庁のシステムリスク管理態勢・法令対応の保守負荷
勘定系の運用コストには、外部環境の変化に継続的に対応し続けるための負荷も含まれます。金融機関は、金融庁が求めるシステムリスク管理態勢に沿った運用を常時維持しなければならず、加えて、日本版SOX法や個人情報保護法などの法令順守、新たな決済制度への適合といった対応が、システムの改修・保守として継続的に発生します。これらは制度改正のたびに避けて通れない作業であり、自前でシステムを保有している金融機関にとっては、その都度、改修の設計・開発・テストの費用が上乗せされることになります。法令対応は「やらない」という選択肢がない領域であるため、外部環境が変わるたびに一定のコストが必ず発生する構造になっており、この継続的な法令対応・監督対応の負荷が、勘定系の保守費用を恒常的に高い水準に保つ一因となっています。中長期のコスト計画を立てる際には、こうした制度対応の費用をあらかじめ織り込んでおくことが欠かせません。
地銀・信金の経営を圧迫する勘定系維持費の実態

勘定系の維持コストは、単にシステム部門の予算の問題ではなく、金融機関全体の経営戦略を左右する論点になっています。特に地方銀行や信用金庫では、収益環境の厳しさとシステム固定費の重さが相まって、深刻なジレンマを生んでいます。
超低金利下で固定費が「攻めのIT投資」を阻害する構造
地方銀行は、長引く超低金利やマイナス金利政策の影響で、預金と貸出の利ざやだけで利益を上げる従来の経営モデルが成り立ちにくくなっています。収益が細るなかで、メインフレームの巨額な固定費や保守費用を維持し続けることは、経営に二重の負担を強います。すなわち、限られたIT予算の大半が既存システムの「守り」に消えてしまい、FinTechサービスの開発やデータ活用、顧客チャネルの強化といった「攻めのIT投資」に振り向ける余力が残らないという構造的な問題です。守りのコストが攻めの投資機会を奪うこの悪循環は、地銀・信金が中長期的な競争力を保つうえで避けて通れない課題となっており、勘定系の維持費をいかに圧縮して攻めの原資を生み出すかが、経営戦略そのものと直結するテーマになっています。
初期費用ではなくTCO(総所有コスト)で捉える重要性
こうした構造を踏まえると、勘定系のコストは刷新時の初期投資額だけで判断してはならず、稼働後の保守・運用まで含めた総所有コスト(TCO)で捉える必要があります。刷新の初期投資が大きく見えても、その後の維持費が下がる方式を選べば、数年単位で見れば有利になることは珍しくありません。逆に、初期費用を抑えても、老朽化した基盤をだましだまし使い続けると、部品調達難や技術者不足で保守費が年々膨らみ、トータルでは高くつくこともあります。勘定系は10年、20年という長期にわたって使い続けるシステムであるため、経営判断としては「今いくらかかるか」だけでなく「この先の数年間で合計いくら払い続けるのか」という視点が欠かせません。次章以降で見る共同化やクラウド移行は、まさにこのTCOを下げるための有力な選択肢として、多くの金融機関が検討を進めている方向性です。
システム共同化による大幅なコスト削減効果

維持コストの負担感と技術者不足を背景に、地方銀行や信用金庫では、自前でシステムを保有する形から、複数の金融機関で共通の基盤を使う「システムの共同化」へのシフトが進んでいます。共同化は、勘定系のランニングコストを構造的に引き下げる代表的な手段です。
日銀調査に見る共同化のコスト削減効果
システム共同化によるコスト削減効果は、日本銀行の調査でも具体的な数値として示されています。共同化による「年間総システム経費の削減効果(勘定系以外も含む)」について、回答した金融機関のうち53%が「30〜50%の削減」を実現したと答えており、「5〜30%の削減」が15%、「50%以上の削減」も4%に上ります。つまり過半数の金融機関が、共同化によって年間のシステム経費を3割から5割も圧縮できたということになります。この削減効果は、システムの運用・管理を共同センターに一元化することで、各行がそれぞれ抱えていた固定費を分散・共有できるようになること、そして自行のシステム要員をスリム化(適正化)できることによって生まれます。単独では負担しきれない高度な運用体制を、複数行で費用を持ち寄って維持できる点が、共同化の大きな経済的メリットです。
しんきん共同システムに見る共同利用の広がり
共同化の広がりを象徴するのが、信用金庫業界の取り組みです。全国の信用金庫の9割以上(235から236金庫)が参加する「しんきん共同システム」は、業界全体で一つの共通基盤を共同利用する代表的な事例です。これほど多くの金庫が同じ基盤を使うことで、システム投資と運用コストを業界全体で分かち合い、単独では実現できない規模の効率化を達成しています。共同化には、コスト削減だけでなく、法改正対応や新たな決済制度への接続といった改修負荷を共同センター側でまとめて対応できるという利点もあります。一方で、共同利用である以上、自行だけの独自要件を柔軟に反映しにくくなる、システムの企画・開発の主導権が共同センターやベンダー側に移りやすくなるといった側面もあり、コスト削減の効果と自行の裁量のバランスをどう取るかが、共同化を検討する際の判断ポイントになります。
レガシー維持とオープン化・クラウド移行のコスト比較

メインフレームの維持コスト削減と脱ベンダーロックインを目的に、勘定系をLinux/UNIXなどのオープン基盤や、AWS・Azureといったパブリッククラウドへ移行する動きが加速しています。実際の移行事例からは、ランニングコストがどれだけ変わり得るかが具体的に見えてきます。
オープン基盤移行による年間経費削減の事例(MEJAR)
横浜銀行など5行が参加する共同利用システム「MEJAR(メジャー)」は、銀行業界で初めてマルチバンク勘定系システムをオープン基盤「PITON」に移行させた事例として知られています。この移行により、コンコルディア・フィナンシャルグループ(横浜銀行など)単体で、年間約6億円ものシステム関連経費の削減を実現したとされています。加えて、ITインフラの最適化によって消費電力を約2割削減し、CO2削減という「グリーンIT」の観点でも効果を上げています。メインフレームからオープン基盤へ移すことで、高価な専用ハードウェアや特定ベンダーへの依存から脱却し、運用コストとエネルギーコストの両面で大きな改善が得られることを示す好例です。年間数億円規模の削減は、前述した「攻めのIT投資」の原資を生み出すという観点からも、経営に対して大きなインパクトを持ちます。
パブリッククラウド移行によるTCO最適化と新たな運用設計
オープン基盤化からさらに進み、パブリッククラウド上で勘定系を稼働させる動きも広がっています。北國銀行が「BankVision on Azure」を採用したのをはじめ、静岡銀行やSBI新生銀行などがパブリッククラウドへの移行を進めています。クラウド化の大きなメリットは、ハードウェアの保守期限(通常5〜6年)に縛られて数年ごとに機器を更新するという従来のパラダイムから脱却できる点にあります。必要なリソースを柔軟に拡張・縮小できるため、TCO(総所有コスト)の最適化が図りやすくなります。ただし、クラウドに移せば運用コストが自動的にゼロに近づくわけではありません。クラウド固有の定期メンテナンス(仮想マシンの再起動など)に対応するための運用監視の自動化といった、新たな運用設計が求められます。レガシー維持で膨らむコストと、クラウド移行に伴う初期投資および新たな運用設計のコストを、TCOの視点で総合的に比較して判断することが重要です。
まとめ

勘定系システムの保守・運用費用は、メインフレームという高信頼な基盤の特性に起因して、他業界とは異なる重い構造を持っています。ベンダー撤退やCOBOL技術者の減少によるロックイン、ハードウェアの老朽化と部品調達難、24時間365日の無停止運用を支える手厚い監視・復旧体制、そして金融庁のシステムリスク管理態勢や法令改正への継続的な対応が、ランニングコストを恒常的に高い水準に保ちます。特に地方銀行や信用金庫では、超低金利下でこの固定費が攻めのIT投資を阻害する構造が課題となっており、システム共同化による年間3割から5割のコスト削減や、MEJARのオープン基盤移行で実現した年間約6億円の削減といった事例が、解決の方向性を示しています。勘定系のコストは初期費用ではなくTCO(総所有コスト)で捉え、共同化やクラウド移行を含めて中長期の最適解を選ぶことが、金融機関の経営体力を守る鍵となります。本記事が、勘定系システムのコスト構造を見通す一助となれば幸いです。
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株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。
