勘定系システム開発のPoC・プロトタイプ・モックアップ開発について

勘定系システムは、銀行・信用金庫・証券会社などの金融機関において、預金・為替・融資といった中核業務を24時間365日止めることなく処理し続ける、金融機関の心臓部ともいえるシステムです。この「絶対に止められない」という特性ゆえに、新しい技術やアーキテクチャを勘定系に取り入れる際には、いきなり本番に組み込むわけにはいかず、事前の検証、すなわちPoC(概念実証)やプロトタイプ、モックアップによる確認が極めて重要な意味を持ちます。一方で、一般的なWebサービスのように気軽に試作して試すことが難しいのも勘定系の特徴であり、「ミッションクリティカルな勘定系でPoCはどう位置づければよいのか」「クラウド移行や新技術の導入をどう段階的に検証すればよいのか」「PoCがうまくいっても本番移行でつまずくのはなぜか」といった疑問を持つ金融機関のシステム担当者は少なくありません。

本記事では、勘定系システム開発におけるPoC・プロトタイプ・モックアップ開発について、ミッションクリティカル領域ならではの検証の位置づけ、API基盤やBaaSを介した新技術の検証アプローチ、クラウド移行判断のための段階的検証、検証で担保すべき非機能要件の重さ、そしてPoC倒れや本番移行の壁とその乗り越え方まで、金融機関特有の事例を交えて体系的に解説します。勘定系の刷新や新技術導入、クラウド移行を検討している金融機関のシステム部門の方が、リスクを抑えながら着実に検証を進めるための判断軸として活用できる内容です。

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勘定系におけるPoC・検証の特殊な位置づけ

勘定系におけるPoC・検証の特殊な位置づけ

一般的なシステム開発では、PoCやプロトタイプは「まず作って試し、うまくいけば広げる」という前向きな試行の手段として使われます。しかし勘定系システムでは、その前提が大きく異なります。決済制度の根幹を担うシステムであるがゆえに、検証のあり方そのものが、リスクをいかに封じ込めるかという発想に基づいて設計される点が特徴です。

「絶対に止まらない」勘定系で新技術を直接試せない理由

勘定系システムは、決済制度そのものの存続に関わるため、「絶対に止まらないこと(高可用性・高信頼性)」が至上命題です。少しの不具合でも預金の引き出しや振込ができなくなり、金融機関の信用を損なうだけでなく、決済制度全体に波及する「システミック・リスク」に発展しかねません。このため、新しい技術やアーキテクチャをいきなり勘定系本体で検証・実装することは、多大なリスクを伴います。一般的なWebサービスであれば、本番環境の一部でこっそり新機能を試す「カナリアリリース」のような手法も取れますが、勘定系ではそうした試行そのものが許容されにくいのです。この「試したいが、本体では試せない」というジレンマこそが、勘定系のPoC・検証を特殊なものにしている根本的な理由であり、金融機関はこの制約のなかで、いかに安全に新技術を検証するかという工夫を積み重ねてきました。

「守り」と「攻め」を分離して検証するアプローチ

このジレンマを解決するために、金融機関が採用しているのが、「守りの領域」と「攻めの領域」を明確に分離するアプローチです。すなわち、預金・為替・融資といった中核処理を担う「勘定系本体(守り)」には極力手を加えず、新しいデジタルサービスや新技術の検証は、勘定系とは切り離した「攻めの領域」で行い、両者を連携基盤を介してつなぐという考え方です。この分離によって、新技術の検証で万一問題が起きても、その影響が勘定系本体に及ばないよう遮断でき、勘定系の安定稼働を守りながら新しい取り組みを進められます。PoCやプロトタイプは、この「攻めの領域」で行われることになり、検証の成果が固まってから、慎重に本体との連携や本番反映へと進んでいきます。勘定系の検証は「本体を守りながら、その周辺で試す」という構図で捉えると理解しやすく、この分離の設計こそが、ミッションクリティカルな領域で新技術を扱う際の基本戦略となります。

API基盤・BaaSを介した新技術の検証アプローチ

API基盤・BaaSを介した新技術の検証アプローチ

「守り」と「攻め」を分離する具体的な仕組みとして、金融機関はAPI基盤やBaaS(Banking as a Service)を活用しています。これらは、勘定系本体を直接触ることなく、その機能を安全に外部へ開放し、新技術やフィンテックサービスとの連携を検証するための橋渡し役を担います。

オンラインデータ連携基盤・API基盤による安全な検証

レガシー化した勘定系システム本体には直接手を加えず、その周辺に「オンラインデータ連携基盤」や「API基盤」を構築することで、外部サービスや新技術との連携を安全に行うアーキテクチャが広く採用されています。この連携基盤を介することで、新しいスマートフォンアプリやデータ分析サービス、フィンテック企業のサービスなどを、勘定系本体のリスクを高めることなく接続・検証できます。PoCの観点では、この連携基盤が「試すための安全な窓口」として機能します。新しいサービスを連携基盤経由で接続し、想定通りにデータのやり取りができるか、性能やセキュリティに問題がないかを確認したうえで、問題がなければ本格展開へ進むという流れです。勘定系本体をブラックボックスのまま温存しつつ、その外側に検証と拡張のための層を設けるこの設計は、老朽化した基幹システムを抱えながらも新しい取り組みを進めたい金融機関にとって、現実的かつ有効な検証アプローチとなっています。

BaaS・オープンAPIによる組込型金融の検証環境

連携基盤の考え方をさらに推し進めたのが、勘定系の機能をAPIとして外部に開放するBaaS(Banking as a Service)です。たとえばNTTデータが提供する「Open Service Architecture」や「BeSTA-BaaS」のような仕組みでは、勘定系システムをAPIを介してオープン化し、非金融業のプレイヤーやスタートアップ企業が、自社ブランドのデジタルバンクサービスを立ち上げられるような環境(組込型金融基盤)が整備されています。こうした基盤は、新しい金融サービスのアイデアを比較的短期間で試作・検証できるサンドボックス的な役割を果たします。事業者はAPIを通じて口座開設や決済といった銀行機能を呼び出し、自社のサービスに組み込んで検証できるため、勘定系をゼロから作らずとも、新しいビジネスモデルのプロトタイプを構築できます。勘定系の検証は、もはや自行内部の閉じた話ではなく、APIを介して外部のプレイヤーと共創しながら新サービスを試す時代へと広がっており、BaaSはその中核的な検証環境となっています。

クラウド移行判断のための段階的検証

クラウド移行判断のための段階的検証

勘定系のクラウド移行という大きな判断においても、いきなり本体を移すのではなく、リスクの低い領域から順に検証しながら知見を積み上げるという、実質的なPoC的アプローチが取られています。段階を踏むことで、クラウドという新しい基盤が勘定系に求められる水準を満たせるかを、確実に見極めていきます。

周辺システムから本体へ進む4ステップの検証(MEJAR)

横浜銀行など5行の共同利用システム「MEJAR」では、将来的な勘定系本体のクラウド化を見据え、システム基盤を4つのステップで段階的に検証・移行する計画が取られています。第1ステップは、人事総務系システムやイントラネットといった「非結合システム」のクラウド化です。ここは勘定系との結びつきが弱く、リスクが低いため、まずここでクラウドの運用ノウハウを蓄積します。第2ステップは各種業務系システムという「疎結合システム」、第3ステップはCRM(顧客管理)やSFA、融資審査システム、統合データベースといった「密結合システム」へと、勘定系との結合度を段階的に上げながらクラウド適用を広げていきます。そして第4ステップとして、オープン基盤化の成功を前提に、次期更改(2030年度予定)で勘定系本体の本格的なクラウド化を検討するという計画です。リスクの低い外側から内側へ、実績を確認しながら一段ずつ進むこの設計は、勘定系のクラウド移行検証の典型的な進め方を示しています。

段階的に非機能要件を確認する意義

この段階的な検証プロセスの目的は、単に少しずつ移すこと自体ではなく、金融機関が満たすべき「非機能要件」がクラウド環境でも確実に担保できるかを、一段ごとに確認していくことにあります。ここでいう非機能要件とは、セキュリティ、24時間365日の無停止運用、障害時の迅速な復旧体制などを指します。リスクの低い非結合システムでクラウドの運用に慣れ、その環境でも求められるセキュリティや可用性が確保できることを確認できて初めて、より勘定系に近い密結合システムへと進む判断ができます。逆に、いずれかの段階でクラウドの非機能特性に懸念が見つかれば、そこで立ち止まって対策を講じたり、計画を見直したりできます。この「段階ごとに非機能要件の充足を確認するゲート」を設けることが、勘定系という失敗の許されない領域でクラウドという新しい技術を採用する際の、リスク管理の要となります。PoCの本質が「本番投入前に不確実性を潰すこと」にあるとすれば、この段階的検証はまさに勘定系版のPoCそのものといえます。

検証で担保すべき非機能要件の重さ

検証で担保すべき非機能要件の重さ

勘定系の検証(テスト)工程は、一般的なシステム開発をはるかに凌駕する重みを持っています。機能が動くかどうかだけでなく、金融機関に求められる厳しい非機能要件をクリアできるかを確かめることが、検証の中心的な役割となります。

テスト工程30%超と外部接続検証・移行リハーサル

一般的なシステム開発におけるテスト工程の比率が15%から30%程度であるのに対し、勘定系システムではプロジェクト全体の30%以上の工数が品質確保のために投じられます。その中心を占めるのが、二つの重い検証です。一つは、全銀システム、CAFIS、日銀ネットといった外部システムとの膨大な相互接続検証です。これらの社会インフラ級のシステムと確実に連携できることを、あらゆるパターンで確かめなければなりません。もう一つは、現行の勘定元帳から新システムのデータベースへ「誤差ゼロ」でデータを移すための移行リハーサルです。一円の狂いも許されないため、本番と同じ条件で移行を通しで試すリハーサルを繰り返します。PoCやプロトタイプの段階で機能面の目処が立ったとしても、これらの外部接続検証と移行リハーサルという重い非機能検証をやり切らなければ、本番には進めません。勘定系の検証は、機能検証よりもむしろ、この非機能検証にこそ膨大な時間を要するという点を理解しておく必要があります。

金融特有の複雑処理とセキュリティ標準の検証

非機能要件の検証では、金融分野ならではの二つの観点が特に重視されます。一つはセキュリティです。勘定系は多額の資金と膨大な個人情報を扱うため、最新のセキュリティ標準への準拠が求められ、検証段階でその要件を満たしていることを確実に確かめる必要があります。もう一つは、金融特有の複雑な処理ロジックの正確性です。利息計算や日付をまたぐ処理といった、金融ならではの緻密な算術処理が、あらゆる条件下で正しく動くことを検証しなければなりません。うるう年や月末、年度替わりといった境界条件で計算が狂わないか、といった細部まで確認する必要があります。PoCやプロトタイプの段階では、新しいアーキテクチャの技術的な実現可能性に目が向きがちですが、勘定系では「このアーキテクチャで、金融特有の複雑処理を正確に、かつ安全に処理できるか」までを検証範囲に含めておかないと、本番移行の段階で想定外の問題に直面することになります。技術的に動くことと、金融システムとして正しく安全に動くことは別物であり、その両方を検証で担保することが求められます。

PoC倒れ・本番移行の壁とその乗り越え方

PoC倒れ・本番移行の壁とその乗り越え方

新しいアーキテクチャや技術の検証が済んでも、それを本番環境で実際に稼働させる「本番移行」との間には、大きな壁が存在します。PoCが成功しても本番移行でつまずくケースは、勘定系においても例外ではなく、その壁の正体を理解しておくことが重要です。

事務品質(現場の習熟度)の壁

本番移行における第一の壁が、「事務品質」すなわち現場の習熟度の問題です。日本銀行の調査報告でも指摘されているように、システム自体が技術的に正常に動作したとしても、現場の銀行員が新システムを用いた事務処理に習熟できているとは限りません。特に、月末の繁忙期やイレギュラーな取引といった「異例時の事務処理」に、新システムで正しく対応できるかどうかは、システムの動作確認とは別の次元の課題です。問題なのは、この事務習熟のレベルを客観的に評価する指標がないまま本番移行の日を迎えてしまい、稼働直後に現場が混乱するケースが少なくないことです。乗り越え方としては、システムの検証と並行して、現場の事務担当者を巻き込んだ操作訓練やリハーサルを繰り返し行い、異例時の対応まで含めて現場が習熟できているかを、移行判断の基準に明示的に組み込むことが挙げられます。PoCで技術を検証するのと同じ熱量で、「人と業務の準備」を検証することが、本番移行の成否を分けます。

コンティンジェンシープラン・切り戻し計画の壁

第二の壁が、コンティンジェンシープラン(緊急事態対応計画)の未整備です。日本銀行の調査でも、テストが想定通りであったか、網羅的であったかの検証が不十分なまま移行日を迎えてしまうリスクが指摘されています。特に致命的なのが、トラブル発生時に旧システムへ戻すための「フォールバックプラン(切り戻し計画)」が用意されていなかったり、外部の接続先との整合が取れていなかったりして、移行当日にトラブルが起きても身動きが取れなくなる事態です。限られた移行の窓の中でこうした状況に陥れば、サービス停止が長期化し、大きな社会的影響を招きかねません。乗り越え方としては、PoCや検証の段階から「うまくいかなかった場合にどう安全に戻すか」を必ずセットで設計しておくこと、そして切り戻しの判断基準・手順・タイムリミットを明文化し、リハーサルで実際に切り戻せることまで確認しておくことが不可欠です。勘定系の検証は「成功のシナリオ」だけでなく「失敗した時に安全に撤退するシナリオ」まで含めて初めて完結する、という視点を持つことが、本番移行の壁を越える鍵となります。

まとめ

勘定系システム開発のPoC・プロトタイプ・モックアップ開発のまとめ

勘定系システムにおけるPoC・プロトタイプ・モックアップ開発は、「絶対に止められない」というミッションクリティカルな特性ゆえに、一般的なシステム開発とは異なる特殊な位置づけを持ちます。新技術を勘定系本体で直接試すことはできないため、「守り」と「攻め」を分離し、オンラインデータ連携基盤やAPI基盤、BaaSを介して安全に検証するアプローチが基本となります。クラウド移行の判断では、MEJARの4ステップに見られるように、リスクの低い周辺システムから本体へと段階的に非機能要件を確認していく実質的なPoCが行われます。検証では、テスト工程の30%超を占める外部接続検証や誤差ゼロの移行リハーサル、金融特有の複雑処理とセキュリティの確認が求められます。そして、技術検証が済んでも、事務品質(現場の習熟度)の壁とコンティンジェンシープラン(切り戻し計画)の壁を越えなければ本番移行は成功しません。「攻めの領域で安全に試し、守りの領域を確実に守る」という発想と、失敗時の撤退まで含めた検証設計こそが、勘定系の新技術導入を成功に導く鍵となります。本記事が、勘定系システムの検証の進め方を考える一助となれば幸いです。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。