ICTシステム開発の保守・運用費用・ランニングコストについて

ICTシステム開発では、初期の構築費用に注目が集まりがちですが、実際に予算計画を左右するのは導入後に発生し続ける保守・運用費用とランニングコストです。教育機関の校務システム、自治体の基幹システム、企業内で統合した情報インフラのいずれも、構築して終わりではなく、法制度の改正対応やセキュリティ水準の維持、日々の運用体制の確保に継続的な費用がかかり続けます。特に近年は、自治体のガバメントクラウド移行後に運用経費が想定を大きく超えて膨張する事例が相次いで報告されており、中核市の調査では移行前後で運用経費が平均2.3倍に増加したというデータもあります。ICTという情報通信技術全般を扱う広い概念のシステムだからこそ、法改正・セキュリティ強化・為替や人件費といったマクロ要因まで含めた複合的な費用構造を理解しておくことが、教育機関・自治体・企業のいずれにとっても予算計画の出発点になります。

本記事では、ICTシステム導入後にかかる保守・運用費用・ランニングコストに焦点を当て、初期費用と保守・運用費用の違い、教育機関・自治体・企業それぞれの規模別の費用の目安、保守・運用費用が膨張する構造要因(法制度対応・標準仕様の肥大化、セキュリティ・BCP対策の高度化)、為替や人材不足といったマクロ経済環境が及ぼす影響、内製と外部委託それぞれの運用体制コスト、そしてランニングコストを抑えるための契約・発注上の工夫までを体系的に解説します。単なるシステム開発の費用相場にとどまらず、情報インフラ統合というスケールならではの費用構造を理解し、予算超過を防ぐための判断軸が身に付く内容です。

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ICTシステム導入後にかかる費用の全体像

ICTシステム導入後にかかる費用の全体像

ICTシステムを運用していく際にかかる費用は、大きく「初期費用」と「保守・運用費用(ランニングコスト)」の二つに分けて捉えると全体像がつかみやすくなります。教育機関・自治体・企業のいずれも、初期投資の大きさばかりに目を向けがちですが、システムを稼働させ続ける限り保守・運用費用は毎年発生し、その総額が長期的には初期費用を上回ることも珍しくありません。ここではまず、初期費用と保守・運用費用の違いと、教育機関・自治体・企業それぞれの規模別の費用の目安を整理します。

初期費用と保守・運用費用の違い

初期費用は、要件定義・設計・開発・データ移行・研修といった、本稼働までに一度だけ発生する構築コストです。一方の保守・運用費用は、システムを安定稼働させ続けるために継続的に発生する費用で、サポート費用、バージョンアップ費用、障害対応費用、インフラ利用料、法改正対応の追加改修費用などが含まれます。ICTシステム開発の場合、この二つの区分に加えて、教育機関や自治体では法制度の改正への対応、企業では既存システムとの連携維持といった、性質の異なる追加費用が発生し続ける点に注意が必要です。発注時には、見積書に含まれるのが初期費用なのか保守・運用費用なのか、法改正対応が保守費用に含まれるのか別途請求されるのかを明確に切り分けて確認することが、後年の予算見通しを誤らないための第一歩になります。

教育機関・自治体・企業の規模別費用の目安

小規模な教育機関(小・中・高校向けSaaSや小規模専門学校)では、初期費用は0円〜数十万円が目安で、フルカスタマイズや小規模なオーダーメイドの場合は500万〜1,500万円程度となります。運用・保守費用は月額数万円〜数十万円が目安で、たとえばクラウド型のシステムでは生徒1人あたり月額330円という料金体系のサービスもあり、生徒600名規模であれば5年間の総額は約1,188万円という試算になります。中規模の中堅大学や複数業務のパッケージ統合では、初期費用がオーダーメイド開発で2,000万〜8,000万円、運用・保守費用は年額で初期費用の10〜20%(パッケージ型であれば10〜15%)が相場です。大規模な総合大学や自治体の基幹システムになると、初期費用は1億〜数億円規模に達し、ガバメントクラウド移行後の運用経費が想定を超えて膨張する事例も報告されています。中核市62市(59市回答)の調査では、移行前の運用経費平均3億3,800万円から移行後は6億8,400万円へと平均2.3倍に跳ね上がり、最大で5.7倍になった自治体もあります。企業の情シス主導のシステム統合でも、対象範囲の広さに応じてこれらの中規模〜大規模の費用感に準じることが多くなります。

保守・運用費用が膨張する構造要因

保守・運用費用が膨張する構造要因

ICTシステムの保守・運用費用は、単純な物価上昇だけでなく、法制度の改正や求められるセキュリティ水準の高度化という構造的な要因によって膨張していきます。これらはいずれも教育機関・自治体・企業を問わず影響を及ぼす要因であり、あらかじめ理解しておくことで、契約段階での対策が可能になります。

法制度対応・標準仕様の肥大化によるコスト増

自治体や教育機関のICTシステムでは、国が定める制度改正への対応が保守費用を継続的に押し上げます。「異次元の少子化対策」や「ふりがな法制化」といった大規模な法・制度改正への対応により、システムの要件が追加され開発・保守経費が増加しており、ベンダーヒアリングによると標準仕様書の要件数が平均1.2倍、一部では3倍以上に増え、これがソフトウェア借料の高騰を招いているとされています。この対策として有効なのが、契約段階で法改正対応の費用負担を明確にしておくことです。えびの市の調達では、「国の法改正等による機能改修は、標準仕様として追加経費の請求無く提供すること」と仕様書に明記し、追加コストをベンダー側で吸収させる契約としています。国も制度所管省庁ごとに改修補助金を措置して自治体の負担軽減を図っており、こうした公的な支援策の有無を確認することも予算計画上重要です。

セキュリティ・BCP対策の高度化に伴うインフラ費用の純増

システムを堅牢なクラウド(ガバメントクラウドなど)へ移行することで、災害時のデータ保全(BCP対策)やセキュリティレベルは向上しますが、これまでかかっていなかった「専用のクラウド接続回線費」や「運用管理補助委託費」が新設され、大幅なコスト増に直結しています。ある自治体(A市)の事例では、年間のシステム運用経費が2億800万円から7億8,400万円へと約3.8倍に増加しており、既存システムがクラウドに最適化されていないままAWS等の利用料が高止まりしていることが一因とされています。企業の情シス部門でも、シャドーIT対策として社員の非公式なツール利用を防ぐための公式インフラを整備する場合、閉域網環境の構築費用が追加でかかることがあります。セキュリティ・BCP水準を高めること自体は必要な投資ですが、その水準に見合ったインフラ設計を行わないと、想定以上のコスト増を招く点に留意が必要です。

マクロ経済環境・データ整備が及ぼすランニングコストへの影響

マクロ経済環境・データ整備が及ぼすランニングコストへの影響

ICTシステムのランニングコストは、法制度やセキュリティ要因だけでなく、為替や人件費といったマクロ経済環境、そして日々の運用を支えるデータ整備の負荷によっても左右されます。ここでは、これらの見落とされがちな要因と、企業の情シス部門における保守運用の実態を解説します。

為替・IT人材不足による運用コストの上昇

クラウドサービスの利用料は為替の影響を直接受けます。海外クラウドサービスの利用料は、2018年〜2020年には1ドル100〜110円程度で推移していましたが、直近では130〜160円で推移しており、これがクラウド利用料を押し上げる要因になっています。また、国内のIT人材不足による賃上げ(1人平均賃金改定率3.2〜4.1%増)や物価上昇も、システム運用作業員の単価高騰という形でランニングコストに跳ね返っています。ICTシステムは長期にわたって運用が続くものであるため、契約時点の為替・人件費水準だけで将来のコストを固定的に見積もるのではなく、数年単位でのコスト変動リスクをあらかじめ織り込んで予算計画を立てておくことが望ましいといえます。

データ整備の保守負荷と企業情シスのROI試算

企業の情シス部門が主導するICTシステム統合では、保守運用費がIT予算の約7〜8割を占めるケースが多いとされ、「導入して終わり」を防ぐには専任または兼任の運用担当者を配置し、定期的にデータの検証やマニュアルの更新を行う仕組みが必須となります。既存のシステムやナレッジを新しいシステムに移行する前には、表記ゆれの統一、古い情報の整理、重複コンテンツの削除などのデータ整備が必要で、これらの負荷が導入後の保守コストと精度を左右します。一方で、統合によるコスト削減効果を定量化した試算も存在します。ある大企業において、月間4,000件の問い合わせ対応をAIエージェントとRPAの連携によって70%自動化したと仮定した試算では、初期構築費用600万円、年間運用コスト400万円、1件あたりの対応コスト1,200円という条件のもとで、年間約4,032万円のコスト削減効果が見込め、初年度のROI(投資対効果)は363.2%という水準になると算出されています。統合投資の保守運用コストを正しく見積もりつつ、こうした削減効果の試算を初期段階で行っておくことが、経営層への説明や予算獲得の説得力を高めます。

保守運用体制の費用(内製 vs 外部委託)

保守運用体制の費用(内製 vs 外部委託)

ICTシステムの保守運用にかかる人的費用は、その体制を組織内で内製するか、外部の保守・運用サービスに委託するかで大きく変わります。教育機関・自治体・企業のいずれも、専門人材の確保状況や求められる可用性によって最適な選択は異なります。ここでは、内製運用と外部委託それぞれの費用構造と、選択の際に注意すべきポイントを整理します。

内製運用のメリットと専任担当者配置の必要性

保守運用を内製する最大のメリットは、組織固有の業務知識やシステム構成を熟知した担当者が対応できるため、障害対応や仕様変更への機動力が高い点です。教育機関の校務システムや自治体の基幹システムでは、内部の担当者が制度改正の内容を先取りして把握しやすく、法改正対応のタイミングを見誤りにくいという利点もあります。しかし内製には課題も伴います。ICTシステムを安全かつ効率的に運用するには、ネットワーク・セキュリティ・データ管理といった幅広い知識を持つ人材が必要であり、教育機関や中小規模の自治体・企業では、こうした専門人材を専任で確保すること自体が難しい場合があります。「導入して終わり」を防ぐためには、専任または兼任であっても運用担当者を明確に配置し、定期的なデータ検証・マニュアル更新の仕組みを制度として組み込むことが欠かせません。人員体制が薄いまま運用を始めると、属人化が進み、担当者の異動・退職とともにノウハウが失われるリスクが高まります。

外部委託・運用代行のメリットと注意点

保守運用を外部の専門事業者に委託する方式は、専門人材の採用・育成の負担を自組織で抱え込まずに済む点が大きなメリットです。特にセキュリティ監視や法改正対応のキャッチアップを専門の事業者に任せられれば、限られた人員体制でも一定の運用水準を維持できます。一方で注意すべき点もあります。第一に、運用を外部に任せきりにすると、システムの構成や運用ノウハウが組織内に蓄積されず、将来的に内製化や委託先の変更を検討する際に困難が生じます。第二に、契約に含まれる対応範囲を事前に精緻に確認しておかないと、想定していた障害対応や法改正対応が「範囲外」として追加費用になったり、対応が営業時間内に限られていたりするギャップが生じます。委託先を選ぶ際は、法制度対応を標準仕様として無償で提供するかどうか、監視・障害対応の範囲と応答時間、そして同種のICTシステム統合の実績があるかどうかを確認することが重要です。

ランニングコストを抑えるための契約・発注上の工夫

ランニングコストを抑えるための契約・発注上の工夫

ICTシステムのランニングコストを適正な水準に抑えるには、技術的な最適化だけでなく、契約段階での取り決めと発注時のパートナー選定が大きな効果を持ちます。ここでは、契約時に盛り込むべき費用吸収の条項と、段階的なコスト最適化・パートナー選定のポイントを解説します。

契約時の費用吸収条項(法改正対応の明記など)

法制度改正のたびに追加費用が発生する構造を放置すると、長期的な保守費用は青天井に膨らんでいきます。えびの市の調達事例のように、契約・仕様書の段階で「国の法改正等による機能改修は、標準仕様として追加経費の請求無く提供すること」と明記し、追加コストをベンダー側で吸収させる契約とすることは、教育機関や企業のICTシステム調達においても参考になる工夫です。契約時には、法改正対応の範囲、バージョンアップの頻度と費用負担、セキュリティパッチ適用の対応範囲についても具体的に取り決めておくことで、想定外の追加請求を防ぐことができます。また、国や自治体向けには制度所管省庁による改修補助金が措置されるケースもあるため、こうした公的支援策の活用可否を事前に確認しておくことも、実質的なランニングコストの抑制につながります。

段階的なクラウド最適化・パートナー選定のポイント

クラウド移行後のインフラ費用が高止まりする背景には、既存システムをそのままクラウドに持ち上げただけで、クラウド特有の課金体系に最適化されていないという事情があります。段階的にリソースの利用状況を見直し、不要な過剰スペックを削減していくことで、インフラ費用の高騰を抑えられる余地は少なくありません。パートナー選定にあたっては、単に初期の開発費用の安さだけで選ぶのではなく、保守・運用フェーズでの費用構造を丁寧に説明できるか、法改正対応やセキュリティ対応の範囲を契約時に明確化してくれるか、そして同種のICTシステム統合・保守の実績を持っているかを確認することが重要です。教育機関・自治体・企業のいずれにおいても、初期費用だけでなく5年・10年単位のトータルコストで比較検討する視点を持つことが、長期的なランニングコストの適正化につながります。

まとめ

ICTシステム開発の保守・運用費用・ランニングコストについてのまとめ

本記事では、ICTシステム開発の保守・運用費用・ランニングコストについて、初期費用と保守・運用費用の違い、教育機関・自治体・企業それぞれの規模別の費用の目安、保守・運用費用が膨張する構造要因、為替や人材不足といったマクロ経済環境の影響、内製と外部委託それぞれの運用体制コスト、そしてランニングコストを抑えるための契約・発注上の工夫までを体系的に解説しました。ICTシステムの年間保守費用は初期費用の10〜20%程度が目安とされる一方、ガバメントクラウド移行後に運用経費が平均2.3倍に膨張した事例が示すように、法制度対応・セキュリティ高度化・為替や人件費といった複合的な要因によって想定を超えるコスト増が起こり得ます。これを防ぐ鍵は、契約段階で法改正対応の費用負担を明確化し、内製と外部委託の役割分担を組織の実情に合わせて設計し、初期費用だけでなく5年・10年単位のトータルコストで判断することにあります。教育機関・自治体・企業のいずれにおいても、導入前から運用フェーズの費用まで見通した予算計画を立てることが、安定稼働と適正なコストを両立させる鍵となります。まずは自組織の現行システムの保守費用を棚卸しし、複数のパートナーに相談してみることをお勧めします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。