ITシステム障害復旧のフルスクラッチ・オーダーメイド開発について

ITシステム障害復旧とは、サーバーダウンやデータ破損、ランサムウェア被害といった障害が発生した際に、あらかじめ定めた目標時間内・目標時点までシステムを回復させるための一連の仕組みと体制を指します。多くの企業は、AWS Elastic Disaster RecoveryやAzure Site Recoveryといったクラウド型DR(ディザスタリカバリ)サービス、あるいはバックアップSaaSを組み合わせてDR・バックアップ体制を構築しますが、企業によっては「クラウドに出せない機密データを扱っており自社データセンターでの遠隔地DRが必須」「極めて短いRTOを実現するために自社独自の監視基盤や自動復旧スクリプトを作り込みたい」という理由から、DR・バックアップの仕組みそのものをフルスクラッチ・オーダーメイドで開発するという選択肢を検討することがあります。既製のクラウドDRサービスを利用するのと、自社独自の仕組みをゼロから作り込むフルスクラッチ開発とでは、必要な技術力・費用・期間が大きく異なるため、この選択を誤ると過大な投資や運用破綻を招きかねません。

実際に、独立行政法人のインフラ運用代行案件では、5台の専用サーバーをすべて仮想化したうえで、スクリプトを用いてイメージバックアップを自動的に取得する体制を構築し、万が一の障害時にも迅速に復旧できるようにしている事例もあり、フルスクラッチによるバックアップ・DR基盤の構築は、決して絵空事ではなく実務上の選択肢として存在します。しかし、その裏側には高い技術力を持つ専門エンジニアの確保や、継続的な保守コストの負担といった相応のハードルもあります。本記事では、ITシステム障害復旧におけるフルスクラッチ・オーダーメイド開発について、自社構築という選択の位置づけ、フルスクラッチのメリット・デメリット、クラウド型DRサービスとのTCO比較、フルスクラッチが向いているケース・向いていないケース、そして内製化を検討する際の意思決定プロセスまでを体系的に解説します。

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DR・バックアップにおける「フルスクラッチ」という選択とは

DR・バックアップにおける「フルスクラッチ」という選択とは

DR・バックアップ領域におけるフルスクラッチとは、AWS Elastic Disaster RecoveryやAzure Site Recoveryのような既製のクラウド型DRサービスをそのまま利用するのではなく、遠隔地のデータセンターを自前で確保し、レプリケーション・フェイルオーバー・バックアップ自動取得の仕組みを自社の要件に合わせてゼロから独自に構築する開発手法を指します。ここで重要なのは、DR基盤そのものを何もかもゼロから開発するケースは実務上まれで、実際に多いのは「遠隔地オンプレミスでの自社独自DRサイトの構築」と、「バックアップツールと自社独自の自動化スクリプトを組み合わせた復旧自動化システムの開発」という2つのパターンだという点です。どちらのパターンも、既製のクラウドサービスの標準機能では実現できない自社固有の要件(機密データの取り扱い、独自の業務システムとの連携、極端に短いRTOの実現など)への対応を目的としています。

遠隔地オンプレミスでの自社独自DR基盤構築

第一のパターンは、自社で遠隔地のデータセンターを借り、本番環境と同等のハードウェアを自前で構築・保守する従来型の手法です。クラウドに出せない厳格な機密データを扱う場合や、業界特有の規制でオンプレミスでの遠隔地保管が求められる場合に向いていますが、初期投資は数千万〜数億円規模と非常に大きく、待機用のインフラを平時も自社で保守・運用し続ける膨大なランニングコストが発生します。ハードウェアの調達、ネットワーク回線の敷設、データレプリケーションの仕組み構築、そして継続的な保守まで、すべてを自社の責任範囲で担う必要がある点が、クラウドサービス利用との最大の違いです。

バックアップ・復旧自動化スクリプトの独自開発

第二のパターンは、バックアップツールや監視ツールと自社独自のスクリプトを組み合わせ、復旧作業の一部を自動化する仕組みを開発するものです。前述の独立行政法人の事例のように、専用サーバーを仮想化したうえでスクリプトによってイメージバックアップを自動取得する体制を構築すれば、障害発生時に手動でバックアップを探し出す手間を省き、迅速な復旧につなげられます。このパターンは、DR基盤全体をゼロから作るのではなく、既存のバックアップ・監視の仕組みに対して自社固有の自動化ロジックを追加する形で実現されることが多く、遠隔地オンプレミスでの全面的な自社構築に比べると、着手のハードルは相対的に低くなります。

フルスクラッチ(独自構築・内製)のメリット・デメリット

フルスクラッチ(独自構築・内製)のメリット・デメリット

自社独自のDR・バックアップ基盤を内製・構築する場合、既製サービスを利用するだけでは得られないメリットがある一方、相応のデメリットも抱えることになります。両者を正しく理解した上で、自社にとって現実的な選択かどうかを判断する必要があります。

メリット—セキュリティ統制と独自要件への完全対応

フルスクラッチによるDR・バックアップ基盤構築の最大のメリットは、既存システムとの連携や独自のカスタマイズが容易であることと、セキュリティを自社の統制下に置ける点です。自社で全てを管理するため、機密データの取り扱いポリシーや業界固有の規制要件に合わせて、情報漏洩リスクを自社の責任範囲でコントロールできます。また、極めて短いRTOを実現するために、自社の複雑な業務システムやチケット管理システム、社内の緊急連絡網とAPIを駆使して完全に統合した独自の復旧ワークフローを構築できる点も、既製のクラウドDRサービスの標準機能だけでは代替できない価値です。自社の運用フローに完全に一致した復旧手順を構築できることは、既製品では実現しきれない、フルスクラッチならではの強みといえます。

デメリット—高額な初期投資と継続的な保守負担

一方でデメリットも明確です。第一に、極めて高い初期投資が必要です。遠隔地データセンターの確保、本番同等のハードウェア購入、ネットワーク回線の敷設などにより、初期投資として数千万〜数億円規模の設備投資が必要になるケースがあります。第二に、高度専門知識を持つエンジニアの自社採用・育成に時間と人的コストが大きくかかります。データレプリケーションの設計、フェイルオーバーの自動化スクリプトの開発、そして継続的な保守までを担える専門人材を社内に確保し続けることは、多くの企業にとって容易ではありません。第三に、保守・メンテナンスの負担が継続的に発生します。既製のクラウドDRサービスであればベンダー側が担ってくれるインフラのアップデート対応やセキュリティパッチ適用も、フルスクラッチでは自社の責任範囲になる点は、意思決定の際に見落とされがちな重要なポイントです。24時間365日の監視体制などが必要な場合は、自社構築よりもクラウドサービスや外部のアウトソーシング(MSPなど)を利用する方が効果的とされています。

クラウド型DRサービスとのTCO比較

クラウド型DRサービスとのTCO比較

フルスクラッチによる自社構築を検討する際は、クラウド型DRサービスとのTCO(総所有コスト)比較が欠かせない視点になります。ここでは両者の違いを整理します。

クラウド型DRサービスの特徴とコスト構造

AWS Elastic Disaster RecoveryやAzure Site Recoveryといったクラウド型DRサービスは、平時はクラウド上の安価なストレージ領域にデータを同期しておき、災害が発生した時のみクラウド上で仮想サーバーを自動的に立ち上げる手法です。自社でデータセンターやハードウェア資産を保持する必要がないため、初期費用を大幅に抑えられます。また、平時は「保管しているデータ容量分」の安価な従量課金のみとなるため、自社構築に比べてTCOを劇的に最適化できるのが最大の特徴です。オンプレミスでのフルスクラッチ構築が数千万〜数億円規模の初期投資を要するのに対し、クラウド型DRサービスは初期投資をほぼゼロに抑えつつ、月々の従量課金という形でコストを平準化できる点で、多くの企業にとって現実的な選択肢になっています。

TCOで比較するという意思決定の視点

フルスクラッチとクラウド型DRサービスのどちらを選ぶべきかは、初期費用の安さだけでなく、構築・運用にかかる人的コストまで含めたTCOで比較検討することが後悔しない意思決定につながります。情シスのリソースが限られている企業の場合、フルスクラッチの構築・運用に時間を奪われるよりも、クラウド型DRサービスで「時間と安心」を買う方がトータルコストは安くなる傾向があります。一方で、ミッションクリティカルなシステム向けに極めて短いRTOを実現するための独自の監視基盤や自動復旧スクリプトの構築が必要になるケースでは、初期費用が数百万円〜数千万円、保守費用が高騰するとの見方もあります。ただしこれは特定の実測データというより、フルスクラッチ開発の一般的な費用感と、複雑な独自要件に対応するための運用設計全般の考え方を組み合わせた目安であり、実際の投資判断にあたっては個別の要件に基づいた見積もりを取ることが不可欠です。

フルスクラッチが向いているケース・向いていないケース

フルスクラッチが向いているケース・向いていないケース

フルスクラッチによるDR・バックアップ基盤の構築は万能の選択肢ではありません。自社の状況に照らして、向いているケースと向いていないケースを見極める必要があります。

向いているケース

フルスクラッチが向いているのは、クラウドに出せない厳格な機密データを扱う業界規制のある企業や、高度な技術力を持つ専門エンジニアを社内に維持できる企業です。データレプリケーションの設計、ネットワーク構築、そして復旧自動化のためのプログラミング(API連携やスクリプト作成)に精通した専門エンジニアチームを内製で維持できる企業に適しています。また、極めて短いRTOを求めるミッションクリティカルなシステムを持ち、既製のクラウドDRサービスの標準機能では自社の複雑な業務要件を満たせない企業にとって、フルスクラッチは有力な選択肢になります。既存の大規模なオンプレミス資産をすでに保有しており、それを活かした遠隔地DRサイトを構築したほうが合理的な企業も、検討に値するケースといえます。

向いていないケース

逆に、「ひとり情シス」のようにIT人材が不足している中堅・中小企業が無理にオンプレミスでのフルスクラッチ構築に手を出すと、構築・保守に時間を取られて本来の業務が回らなくなるため、クラウド型DRサービスの導入や外部へのアウトソーシングが推奨されます。また、対象システムの規模が小さく、コールドスタンバイ程度の標準的な復旧目標で十分な要件であれば、フルスクラッチによる開発コストと保守負担に見合うメリットは得られません。専任のインフラ・運用エンジニアを継続的に確保できる見込みがない企業も、フルスクラッチには不向きです。構築時点では優秀なエンジニアがいても、その担当者が退職・異動した場合に、後任がブラックボックス化した独自システムを引き継げなくなるリスクは、DR・バックアップという「止まったら困る」領域においてとくに深刻な問題となります。フルスクラッチを選ぶ前に、構築後何年にもわたって保守できる体制を維持できるかどうかを、冷静に自問する必要があります。

内製化を検討する際の意思決定プロセス

内製化を検討する際の意思決定プロセス

フルスクラッチによるDR・バックアップ基盤の構築は、「作るか、作らないか」の二択でいきなり判断するのではなく、段階を踏んだ意思決定プロセスを経ることでリスクを抑えられます。ここでは、実務で有効な検討の進め方を紹介します。

機密性要件・技術力・保有人材の棚卸し

最初のステップは、自社が扱うデータの機密性要件と、保有する技術力・人材を客観的に棚卸しすることです。業界規制や契約上、本当にクラウドに出せないデータなのか、それとも慣習的に「クラウドは不安」と考えているだけなのかを切り分けて確認することが重要です。そのうえで、データレプリケーションの設計やネットワーク構築、API連携のプログラミングに精通したエンジニアが何名在籍しているか、そのメンバーがDR・バックアップ基盤の内製化に継続的に稼働時間を割けるか、そして万が一その担当者が離脱した場合に後任を確保できる見込みがあるかを具体的に洗い出します。とくにDR・バックアップは「止まったら困る」システムであるため、属人化のリスクを許容できるかどうかは、他の内製開発プロジェクト以上にシビアに評価する必要があります。この棚卸しの結果、必要な技術力・人員が明らかに不足していると判断される場合は、無理にフルスクラッチを追求せず、クラウド型DRサービスとアウトソーシングの組み合わせに方針転換する判断も重要です。

「まずクラウドDRサービス、徐々に自動化領域を内製化」という段階的ロードマップ

第二のステップは、最初から全体をフルスクラッチで作ろうとせず、段階的なロードマップを描くことです。前述の独立行政法人の事例が示すように、DRの「基盤」部分は実績のあるクラウドサービスやバックアップツールにまず任せ、運用を回しながら「どの復旧作業を自動化すれば最も効果が大きいか」を見極めます。そのうえで、投資対効果の高い復旧シナリオから優先的に自社開発の自動化スクリプトを組み込んでいくという順序を踏むことで、いきなり大規模な自社開発に着手するリスクを回避できます。この段階的なアプローチは、本テーマの「PoC・プロトタイプ・モックアップ開発」編で解説したスモールスタートの考え方とも一貫しており、DR・バックアップ基盤の内製化を成功させるうえで共通する原則だといえます。既製サービスと自社開発の役割分担を明確にしたうえで、少しずつ内製領域を広げていくことが、フルスクラッチによるDR・バックアップ基盤構築を現実的に進める最も手堅い方法です。

まとめ

ITシステム障害復旧のフルスクラッチ・オーダーメイド開発まとめ

本記事では、ITシステム障害復旧(DR・バックアップ体制)におけるフルスクラッチ・オーダーメイド開発について、自社構築という選択の位置づけ、フルスクラッチのメリット・デメリット、クラウド型DRサービスとのTCO比較、フルスクラッチが向いているケース・向いていないケース、そして内製化を検討する際の意思決定プロセスまでを体系的に解説しました。DR・バックアップ領域のフルスクラッチは、基盤全体をゼロから作るケースはまれで、実務上は「遠隔地オンプレミスでの自社独自DR基盤構築」と「バックアップツールと連携する自社独自の自動化スクリプト開発」という2つのパターンが中心です。独立行政法人の事例のように、既製のバックアップツールと自社開発の自動化スクリプトを組み合わせることで、迅速な復旧体制を実現できる一方、その裏には高い技術力を持つエンジニアの確保と、継続的な保守コストの負担というハードルがあります。フルスクラッチは、クラウドに出せない機密データを扱う企業や高度な専門エンジニアを内製で維持できる企業には有力な選択肢である一方、IT人材が不足する企業や、標準的な復旧目標で十分な企業にとっては、クラウド型DRサービスの導入やアウトソーシングの方がTCOの観点でも現実的な選択です。自社がどちらに該当するかを冷静に見極めたうえで、まずは自社の機密性要件・技術力・保有人材を棚卸しし、既製サービスと自社開発の役割分担を明確にしながら段階的に内製化領域を広げていくロードマップを描くことが、フルスクラッチによるDR・バックアップ基盤構築を成功に導く現実的な進め方です。複数の開発会社に相談しながら最適なDR・バックアップの実現方法を検討することをお勧めします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。