ITシステム原因調査のフルスクラッチ・オーダーメイド開発について

ITシステム原因調査とは、システム障害や不具合が発生した際に、ログやメトリクスを分析して根本原因(RCA:Root Cause Analysis)を突き止め、なぜなぜ分析やポストモーテムといった手法を用いて再発防止策を策定するまでの一連の実務です。市販の監視ツールやインシデント管理SaaSを使えば一定水準の原因調査体制は構築できますが、企業によっては「自社の複雑なシステム構成に合わせて完全にカスタマイズしたい」「既存の社内ツールやワークフローと隙間なく連携させたい」といった理由から、フルスクラッチ・オーダーメイドでの原因調査基盤の構築を検討するケースがあります。とはいえ、ゼロからすべてを自社開発することには相応のコストとリスクが伴うため、実際に先進企業がどのようなアプローチで独自の原因調査基盤を構築しているのかを理解したうえで、自社にとって最適な開発方式を選ぶことが重要です。

「監視ツールをそのまま導入するだけでは自社の運用フローに馴染まない」「原因調査から再発防止策の実行までを自動化して、エンジニアの工数を削減したい」と考える企業担当者にとって、フルスクラッチ開発とSaaS活用のどちらを選ぶべきかは悩ましい判断です。本記事では、ITシステム原因調査のフルスクラッチ・オーダーメイド開発について、OSSによる自社構築とSaaS型ツールの比較、自社独自の原因調査・自動化基盤を内製した実際の事例、フルスクラッチ開発のメリット・デメリット、そして発注判断のポイントまでを解説します。

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フルスクラッチ開発を検討する背景

フルスクラッチ開発を検討する背景

市販の監視ツールやインシデント管理SaaSは、多くの企業に共通する一般的なニーズをカバーするように設計されています。しかし、原因調査のプロセスは企業ごとに蓄積してきた運用の癖や、既存の社内ツール(チケット管理システム、社内Wiki、独自の連絡フローなど)との連携方法が大きく異なるため、SaaSをそのまま導入するだけでは「痒いところに手が届かない」という状況が生まれがちです。特に、システムの構造が複雑でブラックボックス化が進んでいる企業や、業種特有の厳格なセキュリティ要件・データ保管要件を抱える企業では、汎用的なSaaSの標準機能だけでは対応しきれない場面が出てきます。こうした背景から、原因調査の一部または全部を自社の要件に合わせてカスタマイズする、フルスクラッチ・オーダーメイド開発が検討されることになります。

システムの複雑化・属人化への対応

長年にわたり運用・改修が繰り返されてきたシステムでは、構造が複雑化しブラックボックス化が進むことで、障害発生時の切り分け速度が著しく低下し、原因特定にかかる時間が長期化する傾向があります。また、システムの構造や依存関係の把握が特定の担当者に偏る属人化のリスクも高まります。汎用的な監視ツールでは、こうした自社固有の複雑な依存関係やシステム構成を前提とした原因調査の自動化までは実現しづらいため、自社のシステム構成を熟知したエンジニアが独自の調査ロジックやダッシュボードを構築する動機になります。

既存の社内ツール・ワークフローとの連携ニーズ

もう一つの背景が、既存の社内ツールやワークフローとの連携ニーズです。長年蓄積してきたチケット管理システムでの障害記録の習慣や、独自のエスカレーションルール、報告書のフォーマットが社内に根付いている場合、SaaSツールの標準的な機能や画面構成に業務側を合わせるのではなく、既存の運用に違和感なく溶け込む形でツールを組み込みたいというニーズが生まれます。このニーズに応えるアプローチとして、ゼロからすべてを自社開発するのではなく、優れたSaaSツールをベースにAPI連携でカスタマイズを加える「ハイブリッド型」の開発が、近年の実務では主流になりつつあります。次章では、このOSS自社構築とSaaS型ツールの違い、そして実際の内製化事例について詳しく見ていきます。

OSS自社構築とSaaS型ツールの比較

OSS自社構築とSaaS型ツールの比較

原因調査・監視基盤をどのように構築するかを考える際、OSS(オープンソースソフトウェア)を用いたフルスクラッチ構築と、SaaS型ツールの導入という2つの選択肢を比較検討することになります。

OSS(ELKスタック、Prometheus+Grafana等)による自社構築

Elasticsearch・Logstash・Kibanaを組み合わせたELKスタックや、Prometheus+Grafanaといったオープンソースソフトウェアを用いて、ログ収集・分析基盤を自社構築する方式です。自社の複雑なシステム構成や特殊なログフォーマットに合わせて、ダッシュボードや分析ロジックを自由にカスタマイズできる点が最大のメリットです。ライセンス費用そのものは無料に抑えられ、ログなどのデータが自社の管理下から外部クラウドに出ないため、厳格なセキュリティ要件やデータ保管要件を持つ業種にも対応しやすいという利点もあります。一方でデメリットとして、監視基盤そのもののサーバー構築・運用保守(インフラ管理)を自社で担う必要があり、いわば「監視システム自体の障害」に対応するコストも背負うことになります。また、構築・運用にあたる技術スタックが特定のエンジニアに属人化しやすく、開発・維持に多大な工数(人件費)を継続的に消費する点も無視できません。

SaaS型ツール(Datadog、PagerDuty等)の活用

DatadogやPagerDutyといったSaaS型ツールを導入する方式では、インフラの構築・保守が不要で、サインアップ後すぐに利用を開始できる点が大きなメリットです。クラウドベンダーがシステムの可用性を担保しており、機械学習を用いた異常検知(AIOps)などの高度な機能や、Slack・Jiraといった他ツールとの連携機能が標準で備わっている点も魅力です。一方でデメリットとして、ログの取り込み量やホスト数に応じた従量課金となるため、大規模な環境ではランニングコストが月額数十万円〜数百万円規模に膨らむ場合があります。また、あくまでツールの標準仕様に自社の運用プロセスを合わせる(標準化する)必要があり、自社独自の細かい運用習慣までは反映しきれないことがあります。フルスクラッチでゼロから作るか、SaaSをそのまま使うかという二者択一ではなく、次章で紹介する事例のように「SaaSをベースにしつつ、API連携で自社固有の要件を満たす」という第三の選択肢が、実際には多くの先進企業で採用されています。

自社独自の原因調査・自動化基盤を内製した事例

自社独自の原因調査・自動化基盤を内製した事例

先進的な企業では、監視・原因調査基盤をゼロからフルスクラッチ開発するのではなく、優れたSaaSツールや生成AIをベースに、API連携によって自社固有のプロセスに適合させる「コンポーザブルな開発」へとシフトしている実例が見られます。

API連携による自社運用フローへの適合

ある大手インターネットサービス企業の事例では、アラート監視業務において、外部委託による一次切り分けと、自社エンジニアによる高度なトリアージをバランスよく組み合わせた体制を構築しています。この企業では、PagerDuty等のSaaS型インシデント管理ツールをそのまま標準機能だけで導入するのではなく、自社が長年蓄積してきた運用プロセスやドキュメント作成の習慣に適合するよう、独自にAPI連携やカスタマイズを実施しました。その結果、インフラエンジニアの日常的な作業フローに違和感なく溶け込む、自社専用のインシデント管理基盤の構築に成功しています。この事例が示すのは、ゼロからすべてを作るのではなく、SaaSの土台の上に自社らしさを積み上げるアプローチの有効性です。

生成AIを活用したポストモーテム自動化構想

あるSREチームでは、障害の振り返りと原因究明(ポストモーテム)の質を高めるための取り組みとして、Amazon BedrockのようなAI環境を活用し、「障害票からのポストモーテムの自動生成」や「ログ・チャットのやり取りからのタイムライン作成の自動化」を、中長期的に自社で内製構築していくビジョンを描いています。原因調査における報告書作成やタイムラインの整理は、これまで人手による地道な作業が中心でしたが、生成AIを組み込むことでこの部分を自動化し、エンジニアが本質的な原因分析や再発防止策の検討により多くの時間を割けるようにする狙いがあります。

AIサブエージェントによるカオスエンジニアリング自動化基盤

さらに先進的な事例として、障害対応を「起きてから対応するリアクティブなもの」から「事前に弱点を特定するプロアクティブなもの」へと変革するための自動化基盤の構築事例があります。Claude 3.5 Sonnetをベースとした自社独自のAIサブエージェント(chaos-engineer)をCI/CDパイプラインに組み込み、コードがデプロイされるたびにAIが自律的にネットワーク遅延などの疑似障害を注入して、システムの脆弱性を調査・検証する仕組みを構築しています。この取り組みの結果、平均復旧時間(MTTR)を65%削減することに成功しており、原因調査基盤を単なる「事後の分析ツール」から「事前の弱点発見エンジン」へと進化させた事例として注目されます。これら3つの事例に共通するのは、既存のSaaSやAIサービスという優れた土台を活用しながら、自社独自の要件を満たす部分だけを内製で組み立てるという、コンポーザブルな開発思想です。

フルスクラッチ開発のメリット・デメリット

フルスクラッチ開発のメリット・デメリット

原因調査基盤を完全にフルスクラッチ・オーダーメイドで開発する場合のメリット・デメリットを、これまでの比較・事例を踏まえて整理します。

メリット:無限のカスタマイズ性と業務への完全統合

フルスクラッチ開発の最大のメリットは、自社の複雑なビジネスロジックや既存の社内ツール(チケット管理システム、社内チャット、電話システムなど)とAPIを駆使して完全に統合した、独自の原因調査ワークフローを構築できる点です。LINE社の事例のように、自社が長年蓄積してきた運用プロセスやドキュメント習慣に一切の妥協なく適合させることができ、エンジニアの日常的な作業フローに違和感なく溶け込む仕組みを実現できます。また、Chaos Engineerサブエージェントの事例のように、自社環境に特化した自動化シナリオを組み込むことで、アラート対応や原因調査の一部を大幅に効率化し、エンジニアを「人間にしかできない高度な原因分析や再発防止策の検討」に集中させることも可能になります。

デメリット:高い技術コストと継続的な保守負担

一方でデメリットとして、ツール選定、基盤の構築、連携スクリプトの開発などに高い技術力を持つエンジニアの確保が必須となり、初期構築や学習に多大な工数がかかる点が挙げられます。原因調査という性質上、平時にはあまり使われないものの、いざ障害が発生した際には確実に機能しなければならないという特性があり、自社製の調査基盤にバグや不具合があった場合、それ自体が新たな障害対応の対象になってしまうリスクもあります。また、OSやミドルウェア、連携先APIのバージョンアップ対応、自社製コードのバグ修正など、継続的な保守コストを自社で払い続ける必要がある点も見過ごせません。フルスクラッチで作り込んだ独自基盤は、構築したエンジニアが異動・退職した際に、その基盤自体がブラックボックス化・属人化してしまうという皮肉な事態にもなりかねず、この点は原因調査の本来の目的である「属人化からの脱却」と矛盾しないよう、設計段階から留意が必要です。

発注判断のポイント

発注判断のポイント

自社にとってどの開発方式が最適かを判断するために、押さえておくべきポイントを整理します。

自社のシステム規模・特殊性に見合っているか

フルスクラッチでの原因調査基盤構築を検討する前に、そもそも自社のシステム規模や業務特性が、それだけの投資に見合うほど特殊なのかを冷静に見極める必要があります。多くの企業にとっては、汎用的なSaaS型ツールの標準機能で十分に要件を満たせるケースが大半であり、ゼロからの完全フルスクラッチが必要になるのは、極めて特殊なシステム構成や、他社に類を見ない厳格なセキュリティ・データ保管要件を抱える一部の企業に限られます。まずはSaaSの標準機能でどこまで対応できるかを見極め、どうしても満たせない要件だけを洗い出したうえで、その部分に限定してカスタマイズ開発を検討するという順序で進めることが、無駄な投資を避けるコツです。

「SaaS+API連携」のハイブリッド型を優先的に検討する

これまで紹介した先進企業の事例が示すとおり、原因調査基盤の開発は「フルスクラッチかSaaSか」という二者択一ではなく、「SaaSをベースにAPI連携で自社固有の要件を満たすハイブリッド型」が現実的な落としどころになるケースが多いといえます。この方式であれば、SaaSが提供するインフラの堅牢性や標準機能の恩恵を受けつつ、自社の運用フローに合わせた独自のカスタマイズを、完全な自社開発よりも少ない工数で実現できます。発注を検討する際は、開発会社に対して「何もかもゼロから作ってほしい」と依頼するのではなく、「既存のSaaSツールをベースに、この部分だけAPI連携でカスタマイズしてほしい」という形で要件を絞り込んで相談することで、コストとカスタマイズ性のバランスが取れた提案を受けやすくなります。将来的な保守のしやすさや、担当エンジニアの異動・退職リスクへの備えも含めて、複数の開発会社に相談し、自社にとって過不足のない開発方式を見極めることをお勧めします。

まとめ

ITシステム原因調査のフルスクラッチ開発まとめ

本記事では、ITシステム原因調査のフルスクラッチ・オーダーメイド開発について、検討される背景、OSS自社構築とSaaS型ツールの比較、自社独自の基盤を内製した実際の事例、フルスクラッチ開発のメリット・デメリット、そして発注判断のポイントまでを解説しました。OSSによる自社構築は柔軟なカスタマイズ性とセキュリティ面の利点がある一方、構築・運用の工数負担が大きく、SaaS型ツールは導入の手軽さと引き換えに大規模環境での従量課金コストや標準仕様への適合が課題になります。実際の先進企業の事例では、ゼロからのフルスクラッチではなく、PagerDuty等のSaaSをベースにAPI連携で自社運用フローに適合させたり、生成AIを活用してポストモーテムの自動生成やタイムライン作成を内製構築したり、AIサブエージェントによるカオスエンジニアリングでMTTRを65%削減したりと、「SaaS・AIをベースにしたコンポーザブルな内製化」が主流のアプローチとなっています。フルスクラッチ開発を検討する際は、自社のシステム規模・特殊性がその投資に見合うかを冷静に見極めたうえで、まずはSaaSの標準機能とハイブリッド型のカスタマイズで対応できないかを検討し、それでも満たせない要件に限定して開発範囲を絞り込むことが、無駄のない投資判断につながります。自社に最適な開発方式を見極めるためにも、複数の開発会社に現状の課題とカスタマイズしたい要件を伝えて相談することから始めることをお勧めします。

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執筆者プロフィール
張田谷凌央
張田谷凌央

株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。