ITシステムのOS・ミドルウェア・ライブラリのバージョンアップやセキュリティパッチの適用は、システムの作り方によって難易度も費用も大きく変わります。パッケージ製品やSaaSを利用しているシステムであれば、アップデート対応の多くはベンダー側の責任範囲でカバーされますが、独自の要件に合わせてフルスクラッチ(オーダーメイド)で開発したシステムや、パッケージに独自のカスタマイズを加え込んだシステムでは、アップデート対応の負担をすべて自社(または開発パートナー)が背負うことになります。「フルスクラッチで作ったシステムは、なぜアップデートのたびにこんなに費用がかかるのか」「独自カスタマイズを加えると、将来のバージョンアップにどう影響するのか」といった疑問は、システムの作り方そのものと密接に関わっています。
本記事では、OS・ミドルウェア・ライブラリのバージョンアップ作業、セキュリティパッチの適用、脆弱性対応、EOL(サポート終了)対応という「ソフトウェア更新作業そのもの」に焦点を当て、パッケージ・SaaSとフルスクラッチ・独自カスタマイズにおけるアップデート対応の違い、独自改修がアップデートを困難・高コストにする理由、将来のアップデート対応をしやすくする設計上の工夫、そしてフルスクラッチ開発におけるアップデート対応の向き合い方までを体系的に解説します。ゼロから作るからこそ生じるアップデート対応の負担と、その負担を軽減するための設計思想を理解することで、長期的に運用しやすいシステムを構築するための判断軸が身に付くはずです。
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・ITシステムアップデート対応の完全ガイド
パッケージ・SaaSとフルスクラッチにおけるアップデート対応の違い

ITシステムのアップデート対応の難易度は、そのシステムがどのように構築されているかによって大きく異なります。パッケージ製品やSaaSを標準機能のまま利用している場合、OSやミドルウェアのバージョンアップはベンダー側の責任で行われ、利用者はベンダーが提供する新しいバージョンに追従するだけで済むことがほとんどです。一方、要件に合わせてゼロから設計・開発するフルスクラッチ開発や、パッケージに独自の改修を加えたシステムでは、アップデート対応の計画立案から影響調査、パッチ適用、リグレッションテスト、本番反映までのすべての工程を、自社または開発パートナーが主体的に担う必要があります。この違いは、単に「手間がかかるかどうか」という話にとどまらず、システムのライフサイクル全体における保守コストの構造そのものを左右する重要な論点です。フルスクラッチを選ぶ際には、自由度の高さと引き換えに、アップデート対応の責任を長期にわたって自社で負い続けるという前提を理解しておく必要があります。
ベンダー任せのパッケージ・SaaSと自社責任のフルスクラッチ
SaaSを利用している場合、OSやミドルウェアのアップデート、セキュリティパッチの適用は、ほぼすべてサービス提供元のベンダーが実施し、利用者側で作業が発生することはまれです。これはSaaSの大きな利点であり、アップデート対応にかかる工数やコスト、そして対応漏れによる脆弱性リスクを、契約している月額利用料の中でベンダーに肩代わりしてもらえることを意味します。一方、フルスクラッチで独自に開発したシステムでは、OSやミドルウェア、利用しているすべてのライブラリについて、いつ、どのバージョンへアップデートするかの判断から、影響調査、テスト、本番反映までのすべてを自社の責任で計画し、実行しなければなりません。フルスクラッチはビジネス要件に完全に合致したシステムを作れる自由度の高さが魅力ですが、その裏側では、稼働し続ける限り継続的に発生するアップデート対応の工数とコストを、自社が主体となって負担し続けるという事実を、開発前の意思決定の段階で十分に理解しておく必要があります。
IPAによるバージョンアップ容易度の3分類
パッケージ製品を利用する場合でも、どの程度カスタマイズを加えるかによってアップデート対応の難易度は大きく変わります。IPA(情報処理推進機構)のガイドラインでは、パッケージ製品のカスタマイズ度合いに応じたバージョンアップの容易度を3つに分類しています。第一に「分類I(パラメータ設定のみ)」は、プログラムの改修を行わず、標準機能とパラメータ設定の範囲だけで利用する手法で、提供ベンダーによるバージョンアップに追従しやすく、バージョンアップ容易度は「○」とされています。将来的に頻繁なバージョンアップが見込まれる場合は、この手法での利用が強く推奨されます。第二に「分類II(アドオン開発)」は、パッケージ本体には手を加えず、外部プログラムとして独自の機能を追加する手法です。このアドオンがパッケージ本体のテーブルなどに直接アクセスする「密結合」の状態になっていると、容易度は「△」に低下します。第三に「分類III(モディファイ)」は、パッケージ本体のソースコードを直接改変してユーザー独自の仕様に変更する手法で、容易度は「×」となり、アップデート作業は極めて困難になります。この分類は、フルスクラッチで新規にシステムを構築する際にも参考になる考え方であり、システムのどの部分をどれだけ独自仕様に作り込むかという設計判断が、将来のアップデート対応の難易度を決定づけることを示しています。
独自改修・カスタマイズがアップデートを困難・高コストにする理由

フルスクラッチや独自カスタマイズを加えたシステムほど、なぜOSやミドルウェアのメジャーバージョンアップやEOL対応が困難・高コストになりやすいのか、その具体的な理由を掘り下げます。
密結合による影響範囲とテスト規模の膨張
独自にカスタマイズを重ねたシステムでは、モジュール間の結合度が高くなりやすい傾向があります。データベースを複数のプログラムが直接参照していたり、共通ライブラリを多数の機能が密接に利用していたりする「密結合」の状態では、OSやミドルウェアのインフラ側の更新であっても、その影響がアプリケーション側の広範囲に波及します。この結果、本来であれば限定的な範囲で済むはずの調査・分析作業の効率が著しく悪化し、対応にかかる時間とコストが膨らみます。さらに、独自改修がシステムのあちこちに分散している場合、一部分のアップデートであっても、既存機能への悪影響(非互換)がないかを確認するリグレッションテストの対象範囲、いわゆる「テスト巻き込み規模」が膨大になります。標準機能のみで構成されたパッケージ製品であれば限定的な範囲で済むはずの検証が、独自改修を重ねたフルスクラッチシステムでは、システム全体を対象とした大規模なテストにならざるを得ないケースが少なくありません。
ドキュメントとソースコードの乖離による調査コストの増大
フルスクラッチ開発において、独自の改修や機能追加を繰り返していくうちに、実際のソースコードと設計ドキュメントの整合性が取れなくなっていくケースは珍しくありません。この乖離が進むと、アップデート対応における「調査・分析フェーズ」の工数が劇的に増加します。一般的な保守作業において、既存システムへの影響を特定するための調査・分析は、保守作業全体の約3割を占める中心的な作業とされていますが、システムの理解容易性が低く、ドキュメントとソースコードの整合性が取れていない、いわゆるブラックボックス化したシステムでは、このコストがさらに跳ね上がります。担当者がソースコードを一から読み解いて影響範囲を特定しなければならず、時間もコストも大幅に増大します。特に、開発を担当したエンジニアが離職・異動してしまった後にアップデート対応を行う場合、このドキュメントの不備が致命的なボトルネックになることもあり、属人化した知識に依存した運用の危うさが浮き彫りになります。
将来のアップデート対応をしやすくする設計上の工夫

フルスクラッチでシステムを構築する際、最初の設計段階で将来のアップデート対応を見据えた工夫を組み込んでおくことで、長期的な保守コストを大きく圧縮できます。ここでは、疎結合設計と、保守性を維持するための標準化投資という2つのアプローチを解説します。
疎結合設計によるインフラとアプリロジックの分離
将来のアップデート対応を見据えるうえで有効な設計方針が、変化が速く専門的なノウハウを要するOSやミドルウェアの部分を、業務アプリケーションのロジックから切り離して設計する「疎結合化」です。インフラ層とアプリケーション層の境界を明確にし、両者が直接的に密接な依存関係を持たないように設計しておけば、OSやミドルウェアのバージョンアップの際にアプリケーションロジック側への影響を最小限に抑えられます。また、過去の保守経験から「改修が集中しやすい部分」をあらかじめ特定し、その部分を独立したモジュールとして部品化しておくことも有効です。こうしてモジュール性を高めておくことで、アップデートのたびにシステム全体を巻き込むのではなく、影響範囲を特定のモジュール内に限定でき、調査・テストの工数を大幅に削減できます。フルスクラッチ開発の自由度を活かし、こうした将来の運用フェーズを見据えたアーキテクチャ設計を初期段階から組み込んでおくことが、長期的な保守コストの差につながります。
保守性を維持する5つの標準化投資
システムの保守性を高く保ち続けるためには、開発段階から継続的に投資すべき5つの標準化領域があるとされています。具体的には、(1)ドキュメントに関する標準の適用、(2)コーディング作法の適用、(3)構成管理の徹底、(4)コードの再構成(リファクタリング)、(5)データの再構成、の5点です。これらはいずれも、アップデート対応そのものとは直接関係ないように見えますが、実際には調査・分析フェーズの工数を大きく左右する土台になります。あわせて、ソースコードと変更履歴を一元的に電子管理し、ある変更がどこに影響を及ぼすかを検索できる波及分析・関連資源検索ツールを整備しておくことも有効です。こうした仕組みがあれば、アップデート時の影響調査の精度が上がり、工数を大幅に削減できます。フルスクラッチで開発したシステムは、パッケージ製品と違ってベンダーによる保守性の担保が存在しないため、こうした標準化への投資を自社の責任で継続的に行うという意識を、開発チームとユーザー企業の双方が共有しておくことが欠かせません。
フルスクラッチの中でアップデート負担を減らすハイブリッド構成

「フルスクラッチか、パッケージ・SaaSか」という選択は、必ずしも二者択一である必要はありません。システムの中でも「独自性が競争力に直結する部分」と「他社と差別化する必要がない汎用的な部分」を切り分け、後者については積極的に外部のOSSコンポーネントやSaaSを組み合わせるハイブリッドな構成を取ることで、フルスクラッチ開発のアップデート対応負担そのものを軽減できます。
汎用性の高い機能はOSS・SaaSコンポーネントを活用
認証基盤、決済処理、メール配信、ファイルストレージ、監視・ログ収集といった、どの企業のシステムにもほぼ共通して必要となる汎用的な機能は、フルスクラッチで一から作り込むのではなく、実績のあるOSSライブラリや専門のSaaSを組み合わせて構築するのが合理的です。こうした汎用機能は、自社で保守する場合、OSやミドルウェアの更新に加えて、その機能固有のセキュリティパッチやバージョンアップにも継続的に追従する必要がありますが、専門のSaaSベンダーやアクティブに保守されているOSSプロジェクトに任せておけば、その部分のアップデート対応工数を実質的に外部化できます。特にセキュリティ要件が厳しい認証・決済まわりは、自社でゼロから実装・保守し続けるリスクとコストが大きいため、信頼できる専門サービスに任せる判断が、結果的にシステム全体のアップデート対応負担を大きく軽減することにつながります。フルスクラッチの自由度を活かすべき領域と、外部サービスに任せるべき領域を見極める設計判断そのものが、長期的な保守コストを左右する重要な意思決定です。
独自性が価値を生む部分だけをフルスクラッチで作り込む
一方で、自社の競争優位性に直結する独自の業務ロジックやユーザー体験は、既製のパッケージやテンプレートでは実現できないため、フルスクラッチで丁寧に作り込む価値があります。重要なのは、この「作り込むべき領域」を必要最小限に絞り込むことです。開発対象を絞り込むほど、独自コードの分量が減り、将来アップデート対応が必要になった際の調査・テスト範囲も相対的に小さく抑えられます。逆に、汎用的な機能まで含めてすべてをフルスクラッチで作り込んでしまうと、アップデート対応の対象範囲が不必要に広がり、保守コストが際限なく膨らんでいきます。設計段階で「この機能は本当に自社で作り込むべきか、それとも外部サービスに任せるべきか」を機能単位で問い直す文化をチームに根付かせておくことが、フルスクラッチ開発を長期的に持続可能なコスト構造で運用するための実践的なアプローチです。この判断軸は、開発初期だけでなく、機能追加のたびに継続的に見直すべき指針として運用していくことが望まれます。
フルスクラッチ開発におけるアップデート対応の向き合い方

設計上の工夫だけでなく、組織としてアップデート対応にどう向き合うかという体制・ガバナンスの観点も、フルスクラッチ開発では重要になります。ここでは、自社が全責任を負う体制の構築と、短期的なコスト削減の誘惑を避けるガバナンスについて解説します。
自社が全責任を負う体制の構築
フルスクラッチでシステムを構築するということは、OSやミドルウェアのEOL監視から、影響調査、パッチ適用、リグレッションテスト、本番反映までのすべての工程について、いつ・誰が・どのように対応するのかを、自社(または契約している開発パートナー)があらかじめ体制として整えておく必要があることを意味します。パッケージ製品やSaaSであれば意識せずに済んでいた「アップデートの計画・実行主体」という役割を、フルスクラッチでは自ら引き受けなければなりません。具体的には、利用しているOS・ミドルウェア・主要ライブラリのバージョンとEOLスケジュールを一覧化して定期的に確認する体制、脆弱性情報を継続的に収集する仕組み、そして実際にアップデートを実行できる技術力を持つ保守体制(自社エンジニアか、信頼できる開発パートナーか)を、開発が完了する前の段階から準備しておくことが重要です。この体制が整っていないままフルスクラッチでシステムを作ってしまうと、稼働後にアップデートが必要になった際に対応できる担当者がいない、という深刻な事態に陥りかねません。
短期的コスト削減の誘惑を避けるガバナンス
開発予算やスケジュールが逼迫する中で、目先のコストを下げるために「場当たり的なパッチ当て」や、システム構造を複雑化させるような回避策を選んでしまうケースは少なくありません。しかし、こうした短期的な判断は、必ずと言っていいほど将来のアップデート対応時に高いコスト(技術的負債)となって返ってきます。密結合や場当たり的な修正が積み重なったシステムは、次のメジャーバージョンアップやEOL対応の際に、調査・テストの工数が跳ね上がり、致命的な高コストを招くリスクを抱えます。この悪循環を避けるためには、「短期的にはコストが増えても、長期的にはコスト削減につながる」という認識を、発注者であるユーザー企業と開発パートナーの間であらかじめ合意しておくことが重要です。保守の標準ルール(前述の5つの標準化投資など)を遵守し続けるというガバナンスを、開発の初期段階から組織として敷いておくことこそが、フルスクラッチ開発を長期にわたって持続可能な形で運用し続けるための鍵となります。
まとめ

ITシステムアップデート対応の難易度と費用は、システムの構築方法によって大きく変わります。パッケージ製品やSaaSであればベンダーが対応してくれる作業の多くを、フルスクラッチ開発では自社が主体となって計画・実行しなければなりません。IPAのバージョンアップ容易度3分類(パラメータ設定のみ/アドオン開発/モディファイ)が示すとおり、独自のカスタマイズや改修を加えるほど、モジュール間の密結合による影響範囲の膨張や、ドキュメントとソースコードの乖離による調査コストの増大が起こり、アップデートは困難・高コストになっていきます。この負担を軽減するには、開発段階からOSやミドルウェアをアプリケーションロジックから疎結合化する設計、そしてドキュメント標準化・コーディング作法・構成管理・リファクタリングといった保守性を維持する継続的な投資が欠かせません。さらに、フルスクラッチで構築する以上、アップデート対応の全責任を自社が負う体制をあらかじめ整え、短期的なコスト削減の誘惑を避けるガバナンスを組織として敷いておくことが、長期的に持続可能なシステム運用の実現につながります。
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株式会社ripla 代表取締役CEOとして、システムパッケージ活用、システム開発、データ分析、生成AI活用、SaaS開発、アプリ開発、EC構築など、幅広い領域で企業のDX推進と事業成長を支援している。IT事業会社出身のプロフェッショナルが集う株式会社riplaにおいて、「Impact-Driven型支援」を掲げ、単なるシステム納品にとどまらず、クライアントと同じ目線で事業成果の実現に向けた伴走支援を行う。早稲田大学卒業後、ラクスル株式会社、LINEヤフー株式会社にて事業開発やDX推進などに従事した後、株式会社riplaを創業。
